虹雪の降る夜
羅門祐人
第1話
★初出……コンプティークBBS『小説処』
30年以上前に書いた作品を、ネット小説用に改稿したものです。
一部分、時代に合わせて表現を修正しました。
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いつも通り……。
その日もぼくは、西12番街の路地裏で店を開いていた。
腐蝕したスチールパイプから漏れる蒸気の煙。
毛の抜けかかったアンドロイド犬が、青白いチタン合金の肌を舐めている。
かつては愛玩用として持てはやされたのに……。
ブームが去ると同時に速やかに忘れ去られた。
ことごとく廃棄シューターの中へと消えていった。
見るからに薄汚ないポンコツ犬――ポン太。
こいつも、ぼくが見つけてやらなかったら、今ごろは再処理工場でプレス機械にかけられ、四角い金属塊になっていたはずだ。
第4層西12番街。
ここはエィジア中央政府によって指定された開発調整区域だ。
太平洋のはるか上空に浮かぶ直径3000メートルの巨大宇宙港。
それが【エィジア】。
エィジアが建設されて80年あまりが経過した。
建設当時こそエリートたちの別天地って言われてたけど。
それも長くは続かなかった。
やがて宇宙開拓のメッカが、ラグランジュ・ポイントの定点コロニーに移ったからだ。
その後のエィジアは、軍事基地のイメージばかりが先行してしまい、いまや凋落の一途をたどっている。
ともかく……。
エィジアの最下層に位置するここは、10年以上も放置されたままの廃棄区画ということになってる。
スクラップ&ビルドとか聞こえはいいけど、つまるところ、行政の失敗によって修復する予算がつかず、スクラップ段階で凍結された場所だ。
そこに、最低レベルのスラムが形成されただけにすぎない。
ここに住む人間ときたら、誰からも忌み嫌われる第一級犯罪者と不法就労者。
それに極秘の研究を行う違法学者と傭兵たちだけだ。
そんな路地裏で、ぼくは店を開いている。
見るからに怪しげな骨董品屋、それがぼくの店。
環境維持ブロックから引っぺがしてきた、ぼこぼこのチタンハニカムの薄板で店の外殻を作った。
もちろん無断拝借。
でも軍警察は最下層になんか来ないからノープロブレム。
ぼくは、もともと第3層の精密機器修理職人だった。
ちょっとした手違いと誤解と偏見。
それが積み重なって、みごとに職を失っただけ。
でも神にかけて誓うけど、ぼくの腕が悪かったからじゃない。
今だって腕だけは自信がある。
故障した精密機械だったら、ありあわせの部品と道具さえあれば、ちょちょいと簡単に直すことができる。
それに……。
ここのシューターは、第1層から4層まで、まっすぐに貫通している。
4層の問屋から部品を仕入れるよりも、ゴミ漁りをしていたほうが、ずっと高級品が手に入る。ここに限っては、タダより安いものはない。
たまに、とてつもない掘り出し物が見つかることもある。
だから都落ち――(下層に行くことを、ぼくたちはそう呼ぶ)するのも、まんざら悪いことばかりじゃない。
「す……すすだ、くんだ……サン」
愛玩犬のポン太が、ぼくの名前を呼んだ。
壊れかけた人工声帯を無理に動かしてるから、とても聞き取りづらい。
ポン太も、ぼくの見つけた骨董品のひとつだ。
ポン太は見事に壊されていた。
子供の悪戯か心無い大人の仕業なんだろうけど、酷いことをするもんだ。
四本の足はすべて、工具か何かで強引にへし折られてた。
高価な人工蛋白質で造られた体毛には、あちこちに焼け焦げや縮れができていた。
ぼくはそんなポン太を、商売抜きで修理した。
「すすだじゃなくて
「ハイ、すすだサン……ワカ、ワカ、ワカリュイ、マスタ!」
「………」
まあ、しかたがないか。
この型の人工声帯は、とっくに生産中止になってるからね。
何度かジャンク屋をあさってみたけど部品は手に入らなかった。
それに……。
耳ざわりなのは困ったもんだけど、我慢できないほどじゃない。
話が通じるだけでも、もうけものだし。
もうすぐ深夜区分に時間がきり変わる。
そろそろ店じまいする頃合いだ。
ぼくは足もとにすりよるポン太を遠ざける。
店にならべている商品を、特大の搬送パックに詰めた。
深夜区分になる前にねぐらに戻らないと……。
ここでは、なにが起こっても文句は言えない。
いや、物理的に、文句を言えなくなる。
思わぬ不幸ってやつが襲ってきて、「助けてくれーっ」って叫んでも、絶対に軍警察どころか、ただの階層警察官さえ来てくれない。
もちろん用がないときに限っては、大挙して乗り込んでくるけど。
そしてその男が現われたのは……。
ぼくが2200年式の古臭いホログラム・ポケコン(もちろん、真っ赤な偽物だけど)を、なんとかパックの隙間にむりやり押し込もうとしていたときだった。
男は、ぼろぼろの中折帽とコートを羽織り、本物の革靴を履いていた。
今時、正真正銘の革靴だって!
ぼくは呆気にとられつつも、必要な行動にうつる。
すかさず胸ポケットに忍ばせていた粒子スタンガンを取り出す。
これは初顔の客に対する、ここの礼儀みたいなものだ。
「もう店は終わりだよ」
「オワ、ワリュイダヨ」
ポン太が調子っぱずれの声で真似をする。
男はスタンガンなど眼中にないといった目つきで、擦り切れたコートの襟を立てている。
そして、ゆっくりと声を出した。
焦げついた気密扉が、ギイギイときしみながら開く時にそっくりの声。
かなり粗悪な人工声帯を使ってるようだ。
「これを見てくれないか」
そう言うと、手に持っていた鞄を開く。
ぼくは男から目を放さなかった。
不用心に鞄をのぞいた途端……。
隠し持った武器で殺された知人や友人は、手の指の数じゃ足りないほど知っている。
そんなこと、ここでは日常茶飯事。
無事に明日の朝を迎えるには、それなりの心構えが必要なんだ。
「用心深いな。ほら、なにも持ってないよ」
男は両手を鞄の蓋にのせて、敵意のないことを示した。
ぼくは男の手と鞄の中身が両方見える位置に移動して、ようやく品定めに入った。
「これは!」
ひとめ見るなり、ぼくの心臓は猛烈に高鳴り始めた。
鞄の中身は1台の光学式投影機だった。
大昔……。
まだ20世紀が終わるか終わらないころ。
2次元映像を銀幕に投影して鑑賞する、いわゆるレーザー・ホロビジョンが登場した。
そんなもの、もう地球のどこを探しても、博物館以外では見ることができない。
「私の名前は、とりあえずムーマとでも呼んでもらおう。もちろん偽名だが、ここでは当り前のことだ」
ムーマと名乗る男は、40歳くらいに見えた。
目尻に皺をよせて、柔和な微笑みを浮かべている。
奇麗に剃刀をあてた口もとには、両端がキュッとつり上がった独特の唇が張りついていた。
だけど今どき。
外観なんて人工皮膚と自己増殖型の筋肉細胞で、どうとでも変えられる。
見た目の年齢もそう。
つまり、自分の目を信用するやつは大馬鹿ってこと。
「むまサンムマさんむまサン……」
「すこし黙ってろ」
ぼくは、うるさく鳴きつづけるポン太を叱った。
ムーマが持ってきたものは、途方もない宝物だ。
地球の物好き連中に見せれば、捨て値で売りさばいても別荘つきの島が買える。
いきおいぼくの口は、価値に応じて慎重になった。
「お売りになるんですか?」
男はますます目を細め、ちいさく顔を左右にふった。
「いや、修理して欲しいのだよ。ミスター楠田」
自己紹介した覚えはないのに、名前を呼ばれた。
最初からぼくを特定した上で来たってことだ。
「修理って……」
こんな大昔の遺物なんて、エセ古物商のぼくに修理できるはずがない。
地球の州立博物館付属の研究所でも、はたして要求に答えられるかどうか。
200年以上も昔の科学技術なんか、あの大戦のせいで消滅してる。
いま残ってるのは、焼け残った3Dプリンタ用のプログラムと、物好きな学者が発掘した製造元の雑多なデータベースくらいのものだ。
だから部品ひとつ取ってみても、レストアするだけで相当な手間と金がいる。
「なにも当時そのものに再生する必要はない。ようは当時の映像そのものの画質が得られればそれでいい。
ともかく直せるかどうか検討して欲しい。修理代はいくらでも要求してくれ。無制限だ」
男は無造作に、プラチナ・カードを鞄の上に放った。
払戻し以外の操作ができないように、眼底認識によるプロテクトをかけてある。
贋作のそれなら何度か見たことはあるけど、これは本物だった。
「あんた、一体……」
「では頼んだよ。受取りは五日後のこの時間。期限はきちんと守ってもらう。わかっているだろうが、すでに君の名前はもちろん、その他のデータも私たちはつかんでいる。修理できると確信しているからこそ頼むのだ。秘密厳守だ、それじゃ」
ムーマはそう言うと背中を見せた。
来たときと同じように、飄々と去っていく。
あっけに取られて見送るぼく。
その頭上から、時間帯が深夜へと変わる耳ざわりなアナウンスが聞こえ始めた。
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