第7話


「どうやって、ここに来れたんだ?」


 ぼくの呼び掛けに、マーフィが立ち止まる。

 ちょうど通路のT字路にさしかかった所だ。


 気絶してたから、ここがどこなのか、さっぱりわからない。

 なのにマーフィは助けに来た。


 そりゃ頭の上に【?】マークが林立しても仕方がないだろ?


 ぼくと美希は、ひどい胸焼けに悩まされている。

 マーフィのくれた胡散臭い解毒剤のせいだ。


 日ごろからそんなもの持ち歩いているなんて、どういう神経をしているのだろう。


 まさかじゃないだろうな。


「シューターだよ。あそこは第1層から第4層まで貫通してるだろうが。そこをよじ登ってきたんだ」


「いや、そうじゃなくて……ここ、どこなんだよ」


「ああ、そっちか。ここは第1層メインシャフト内部。いわゆるエィジア中枢部だ。泣く子も黙る中央研究所。正真正銘のプラチナカード・エリアってわけ」


「ここが!?」


「俺たちあこがれの中央研究所だよ。おまえら自分がどこにいるのかさえ、ぜんぜん知らなかったのか?」


 マーフィがあきれて言った。


「知らないって……中央研究所っていえば最重要軍機密エリアじゃないか! ここ軍事機密の塊だぞ?」


「わあ、わたしたち、まるで犯罪人みたい!」


 美希がトンチンカンなことを口走った。


「みたい、じゃなくて、まんま犯罪人。専門的には、まだ送検されてないから被疑者だけどね。もっとも、この件が裁判になる可能性はほとんどないけど」


 マーフィも呆れてる。


「問答無用で処刑される?」


「わからない。だから、とにかく助けにきた」


「うー。じゃ、話を戻すけど、シュータの壁って登れるのか?」


「うまい具合に、外壁補修作業用の吸着アタッチメントの中古があってね。それより早く逃げようぜ。監視装置一式は、論理バイパスを仕掛けておいたから大丈夫だろうけど、好んでコマンドポリスと渡りあうつもりはねえ」


「まって!」


 シューターのある区画のほうへ曲がろうとしたマーフィの背に、美希が声をかけた。


 マーフィーはふたたび足をとめる。


「時間がないわ。ムーマは計画を実行するつもりよ。大殺戮が目の前に迫ってるっていうのに、のうのうと自分のねぐらで尻尾を巻いているつもり?」


「だけど美希。ぼくたちに何ができるっていうんだよ」


「シュウ、できるんじゃなくて、なんとかしなきゃいけないの。あなた……、できるかって考えた?」


 美希の途方もない比喩に、ぼくはうろたえた。


「この女ったらしが。もう手をつけたのか!?」


「シ、しゅウ、スケすけスケベベベ、うぉん!」


 ポン太までぼくを責める。


 美希も、やっと自分の口走ったことがとても羞ずかしいことだと気づいたらしい。


 顔を赤らめて、小さく「きゃっ」って言った。


 遠くから靴音が聞こえてきた。


「とりあえず隠れるぞ」


 マーフィは胸のポケットから、偽造したプラチナカードを取り出した。

 改竄されたカードの威力で、扉はパスなしで開く。


「これは……」


 部屋の中は高度な実験装置で埋まっていた。

 ぼくや美希の装置など、ふた世代昔のポンコツに思えてしまうほどすごい。


「おまえ、よく入り込めたな」


「高貴な方々は、ゴミためをよじ登ってくる下賎な人間がいるなんざ、夢にも思ってなかったったんだろ」


「でも、そうとなると脱出は難しい……」


 シャフトを降りるのは、マーフィの道具を用いなければ不可能だ。


 しかし……。

 ただでさえ品薄の吸着アタッチメントが、そうそう2個も3個も転がっているとは思えない。


「登るのは大変だが、降りるのは簡単さ。落ちればいい」


「こんなとき冗談いわないで」


 美希の声には、あせりが混ざっている。


「冗談なんか言ってねえよ。4層のシューター基底部に、でっかいエア・クッションを膨らませておいた。死にゃしねえさ。まあ、ゴミだらけにはなるけど」


「あら、そう。それじゃ脱出路は確保できてるわけだから、


「あんた……本気でムーマと戦うつもりか? おまえ何とか言えよ!」


 美希の一途さに呆れ果てたマーフィは、ぼくに美希を説得させようとした。


 でも……。

 ぼくもまた、美希と同意見だとマーフィに告げる。


 ムーマの影に長老がいることや、これから起こる未曾有の殺戮をかいつまんで説明した。


「……ふうむ。そりゃ、いくらなんでもほっとけねえな。アルテミスやコロンビアには、おれの客がいっぱいいるんだ」


 マーフィは顎に指をあてて考え込んだ。

 この悪徳商人、宇宙港間の密輸にも手を出しているらしい。


 まったく……。

 とんでもない野郎だ。


「地図がないかしら」


 先ほどから部屋を物色していた美希が、なんの収穫もないのにうんざりしている。


「地図? そんなもん、すぐに手に入る」


 マーフィは、何だそんなことといった顔になった。


 そして部屋の片隅にあるコンピュータ端末まで歩いていく。

 偽造カードをつかって、パネルをターミナルモードに設定しなおした。


「ちょいと借りるぜ」


 ポン太を抱きかかえ、センサー・コネクタになっている鼻をつまむ。


 クイッとひねると黒い鼻先が外れる。

 それを引っぱると、ずるずるとオプチカル・コードがのびた。


「こいつは学習型アンドロイド犬だから、情報検索は得意だろ? せっかくのお宝を、ただのペットとして腐らせとくの、もったいないぜ」


 コードの先端には、可変式アタッチメントがついている。

 マーフィはそれをエィジア標準コネクタに切り替え、コンピュータ端末に接続した。


「ジ、ジョウほう、ケンシゅアくもーど。どどどどーぞ」


「見事に発音機能がイカレてるな。ディスプレイ・モードに切り替えてくれ」


 マーフィがそう告げると、ポン太の目からレーザー光が放射された。


 たちまち壁面に文字が描かれ始める。

 マーフィはやっと満足して、地図の検索に入った。


「あったぞ」


 ものの数分で、マーフィは中央研究所の三次元マップを探し当てた。


 これが外部からのアクセスだと、こうはうまくいかない。

 ここが内部だからこそできる芸当だった。


「さあ、地図検索のデータを入れてくれ」


「八雲老人の居所を知りたい。エィジア創設関係者だ」


 ぼくの問いかけに、ポン太は数秒で答を返した。


 めまぐるしく壁面の地図が拡大されていき、中心区画の一箇所に光点がともる。


「あれが居所なの?」


「ああ。データに偽りがないかぎりはね」


 ぼくはポン太に、追跡モードになるように命令した。


 見知らぬ場所を訪れた時。

 アンドロイド犬に案内させるため、ポン太にはナビゲート機能【忠犬モード】がついている。


「りャうくワい!」


 ポン太は鼻を床にこすりつけ、クンクンと匂いを嗅ぐ格好になった。

 これが追跡モードに入った時のポーズだ。


 ぼくたちは怪しまれないように、部屋の中に掛けてあった実験衣を羽織る。

 ふたたび扉を抜けた。


 隔離室の扉を吹っ飛ばしたというのに、いまもって警報ひとつ鳴っていない。


 ポン太の誘導で移動していくうちに、おぼろげながらその理由がわかってきた。


「完全自動化も善し悪しだね」


「まったくだ。すれ違うやつらは研究員だけだし、あいつら研究バカだから、目の前でストリップしても、きっと無視する。まあ、こっちにしてみれば願ったりだけどよ」


 マーフィがいつもの調子で、皮肉たっぷりに吐き捨てる。


 その言葉の正しさは、すぐ証明された。

 ぼくたちは、まったく抵抗らしい抵抗にもあわないまま、めざす扉の前にたどりついてしまったのだ。


 さすがに扉には、最高度のプロテクトがかかっていた。


 マーフィが美希に指示する。


「ポン太のコネクタを、俺の持ってる光波位相アナライザと接続してくれ。コンピュータ同士で交互にデータを参照しあい、合致したデータだけをプラチナカードに入力する。これでプラチナカードを、八雲老人のカードに化けさせられる」


 中央政府レベルのプロテクトがかけられているデータも、それらを個別に収集するかぎりは秘密でもなんでもない。


 だからこそ研究所のメイン・コンピュータに記憶されている、八雲老人についての雑多なデータを、のこらずポン太にぶち込めるのだ。


 肝心の組みあわせ情報は、プラチナカードから拝借する。

 このふたつさえあれば、老人のデータをでっち上げることなど簡単なことだ。


 スロットにカードを入れると、音もなく分厚い扉が開いた。



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