第6話

 ぼくは、やわらかいなにかの上で目をさました。


 そして……。

 それが美希のふくよかな太股だと気づくまでに、もうしばらくの時間が必要だった。


「シュウ、大丈夫?」


 美希の心配そうな顔が、目に飛び込んでくる。

 ぼくは痛む首を撫でながら、ふらふらと立ちあがった。


「くそっ。えらいめにあった。首の筋肉が鉄板みたいに腫れてる……」


「でも骨が折れてたら、それじゃすまなかったわよ」


 あたりまえだ。

 そんなことになっていたら、愚痴さえ吐けなくなってしまう。


 首を動かさないように用心して、ゆっくりと周囲を見渡した。


「なんだ、この部屋?」


 そこは奇妙な部屋だった。


 壁の全面に超伸展性ラテックスが張り巡らされている。

 扉とおぼしき区切りには、把手ひとつついていなかった。


 目立つものといえば……。

 壁の一画にもうけられたホロ・ビジョンのディスプレィだけ。


 そのディスプレィが、いきなり画像を吐き出した。


「お2人とも、お目覚めのようだな」


 陰気な顔がそこにあった。


 ムーマだ。

 うすら笑いを浮かべながら、じっとこちらを見つめている。


 前から気に入らない顔だったけど……。

 まばたきもせずに見つめられると、ますます腹が立ってくる。


「この野郎! コマンド・ポリスまで使いやがって!!」


「作業を妨害する者は、最優先で排除の対象になるのですよ。あなたたち以外は、非常に協力的だったのに……まことに残念です」


「ほかって……それじゃ装置はどうなったの? わたしたちのぶんは?」


「美希さん。残念ながら、あなたたちのぶんもすべて、ホー・チャン技師が完成させてくれました。すでにすべての器材は集められ、最終的な調整が始まっています。これで我々は予定通り、目的が果たせるようになりました」


 ふぁふぁっと空気の抜けるような笑いが響く。


 無傷に腹がたった。

 何か言わないと気が済まない。


「ムーマ。おまえは老人に何を約束させたんだ!?」


「よく調べましたね。でも教えるわけにはいきません。たしかに我々は、老人の依頼で働いています。だからそれなりの報酬……まあ、そういうわけです」


「おかしくなった老人と、欲にボケた悪党か。えらく、ぴったしの組み合わせだな!」


「なんとでも言ってなさい。私は、これから忙しくなります。もう2度と会うこともないでしょう。ではお元気で」


 部屋に置かれている椅子を、おもいっきりディスプレィに投げつける。

 ボンとくぐもった音。


 ちいさな火花が巻きおこる。

 そしてそれっきり、なにも映らなくなった。


「どうする、シュウ?」


 美希がそばに擦り寄ってきた。

 今の美希は怜悧な科学者じゃなく、ただの女の子らしい。


「どうしようもないだろ。ここって……どっかの監禁室だぞ」


 病院か研究所か、はたまた軍警察か。

 いずれにせよ、最悪な状況には違いない。


「作業が終わったら、私たちを開放してくれるかしら」


「甘いな、考えるだけ無駄だ。きっと口封じのために殺される。やつら宇宙港のひとつやふたつ、ふっ飛ばしても気にしない連中なんだぞ!?」


「じゃ、逃げなきゃ」


「もちろん逃げるさ。試してみる?」


「うん」


 ぼくと美希は、机や椅子の残骸をところ構わずぶつけてみた。


 だが……。

 ラテックスの強力な衝撃吸収能力は、ぼくたちの筋力のほとんどを吸いとってしまう。


 シューッ……。


 荒い息を吐いていたぼくの耳に、かすかに空気漏れのような音が聞こえてきた。


 音源をたどるため、目と耳を総動員させる。


「ガスだ!」


 部屋の四隅から、霧のようなものが噴出している。

 すぐに無色透明な気体に変化して、ゆっくりと部屋中に充満していく。


 ぴりぴりと目がしびれてきた。

 嗅覚も感じなくなってくる。


「神経ガスだ。くそッ……」


 シャツを脱ぎ、美希の顔にあてがった。

 そんなことをしても気安めにしかならない。


 でも、そうせずにはいられなかった。


「死んじゃうの?」


 美希の脅えきった声。

 その声も、いまは妙にいびつに聞こえる。


 どうやら聴覚まで犯され始めたようだった。


 その時……。


 ――ドウッ!


 扉が盛大な火花を散らして内側にふっ飛んだ。


「よう、シュウ。仲のいいこったな!」


「シュ、シュウウ、キミュさん、ダイジャウビ?」


 万屋よろずやマーフィとポン太が飛び込んできた。

 背中に大型のレーザー溶断器を背負っている。


 えらいもんを持ちこんだもんだ。

 時間とエネルギーボンベさえ惜しまなければ、エィジアのチタン・ハニカム製の外殻ですら、すっぱりと切り落とすという大層な代物なのだ。


「遅いぞ、チャイナ・カウボーイ!」


 ぼくはふらつく頭で、やっと冗談を言った。


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