第8話
「だれじゃな」
薄暗い室内から、耳ざわりな合成音声が漂ってきた。
部屋に入るための扉は、中央銀行の大金庫くらいの厚さがあった。
ぼくたちが入ると、かすかな圧搾音を立てて自動的に閉まった。
オプチカル機器が作動するときに発生する、きな臭いオゾン臭。
脳天までガツンとくる刺激が周囲に充満している。
目が暗さに順応する。
すると……。
ここが常識はずれの規模を誇る実験室だということがわかり始めた。
部屋は全体が丸天井のホールになっている。
周囲からせり上がるように、複雑な機械の群れが積み重なっている。
ホールの直径は、50メートルを越えている。
天井の中心は、部屋の中央に鎮座する巨大な制御塔の頂上部に連結され、全体を心棒の入った篭状の構造物に仕上げていた。
「だれじゃな。許可なく入ってきたのは」
もう一度、身体を締めつけるような金属音が鳴り響く。
古臭い人工音声装置の声だ。
こんなもの、よりによって中央研究所で聞くとは思わなかった。
現在では、音を作るには大気振動を超音波で波形制御するのが一般的。
スピーカー振動によるデジタル波形音なんて……。
3歳の子供でもそっぽをむく代物に違いない。
ぼくたちは身を固くして声の主を探した。
返事をしなかったのは、相手がコンピュータの可能性もあると考えたからだ。
わざわざ余分なデータを与えてやる必要なんて、どこにもない。
「人間の男が2人、それに妙齢の女性がひとり。直接、人間を見るのは久しぶりじゃ」
人間……。
たしかにぼくらは人間だけど、その言い方は古い。
宇宙空間ではサイボーグ化した肉体でないと不便だ。
エィジアは宇宙港だから、サイボーグは腐るほどいる。
そのため、サイボーグと無改造の人間を分け隔てしないのが慣例になっている。
さらに……。
男と女を分けるなんて、20世紀末の文化じゃないのか?
まあ、よくは知らないけど。
声の主は怒った様子もなく、ただ淡々としゃべり続けている。
やがて中央の制御塔の一部が動きはじめ、そこの機械が分離した。
「ウー、わぅ!」
ポン太が、間抜けな鳴き声を発した。
どうでもいい時だけ、番犬機能を思いだすらしい。
「現在、エィジア全層のデータを検索しておるが……見たところ研究者の格好をしておるが、ここに勤務する者に該当者はおらぬ。ふむ、なるほど」
分離した機械は、かろうじて人間らしき姿をしていた。
身体の各部は、人工皮膚にすら覆われていないむき出しの金属。
いたるところにオプチカル・コネクタから延びる光コードが連結されている。
それを引きずる姿は、まるで三流半の醜悪な立体ホラー映画。
古臭いイメージの悪玉ロボットそのものだ。
コードを引きずる?
電磁誘導でもなく無線やレーザー、赤外線連結でもない。
宇宙港内では廃止された無線通信ですらない。
まるで過去の遺産を身にまとった幽霊みたいだ。
「あなたが八雲老人?」
美希が我慢できなくなって口火を切った。
「いかにも美希さん。わしはエィジア長老会議名誉顧問の八雲ミノルだ」
「どうして私の名前を!?」
「わしは好きなときに好きなだけ、エィジアにあるすべてのコンピュータを使えるのだよ。大は中央コンピュータから小は船外活動用の携帯コンピュータまでな。おお、そこにおるのは便利屋マーフィ殿か。どうじゃな近ごろの密輸の景気は?」
ぼくの隣で、マーフィがうぐぐと息を詰まらせる。
「それじゃあ、私たちがやってきた理由も知ってるでしょう?」
「ああ、多少の推論は必要じゃったがな。それにしても、ムーマが手荒いことをしでかしてしもうて、えらい申しわけなかった。
わしはあのような指示なぞ出しておらぬ。功を焦ったのか勘違いしたのか……ともかく済まなかった。許しておくれ」
「おれら……勘違いで殺されるところだったのかよ!」
ようやくたち直ったマーフィ。
ここぞとばかりに反撃を開始した。
「どうでもいいけどよ。おれたちゃ、じじいの道楽のせいで、若い身空で死にたかねーんだよ。おまけに……冥土のみやげに大勢の人間を巻き添えにしようなんて、ちと酷すぎやしねえか?」
「はて。何の事やら」
ギギッときしみをあげて、機械の顔が笑いを形作った。
「レーザー砲のことよ。私たちに制御システムを作らせておいて、いまさらしらばっくれるつもり?」
「ああ、あのことか。それなら、もうすぐ計画が実行されるころだ。これでわしの果たせなかった約束を、やっと果たすことができる。これが終わらぬうちは、死んでも死にきれぬ」
八雲老人の言葉が終わらぬうちに、部屋の機器全体が浮上しはじめた。
中央の塔に膨大なエネルギーが注ぎこまれ、それは頭上で連結されている周囲の機械へと小刻みに分配されていく。
やがてドームを形成している天井のカバーが、ぱっくりと割れた。
無数のきらめく星々。
いきなり目に飛び込んでくる。
そこはエィジア外殻のさらに外側。
茸状の本体の頂上部に突出した、レーザー砲台のかたわらだった。
三次元曲面を描くプレキシ・ドーム。
それが電磁波防禦スクリーンによって、うっすらと光っている。
青光りするチタン合金の照りかえしを受けた、巨大なテラワット級レーザー砲。
すでに稼動状態だ。
砲身の中途まで突き出た導光管の中では、すさまじいまでに高められたコヒーレント光が、いつでも照射できる状態で往復をくりかえしている。
「くそっ!」
ぼくは衝動的にレーザーの発射を止めようと思った。
中央の制御塔さえコントロールできれば、それは可能だ。
そう思った時には走りだしていた。
「シュウ!」
美希の叫び声が追いかけてくる。
だが、ぼくの足は止まらない。
塔に近づくにつれて、奇妙な感覚がぼくを襲った。
突進するスピードがみるみる減弱していく。
坂道をかけ登る時のように、前屈みの状態になった。
足が重い。
目から入ってくる情報と、他の感覚器官の受け取っている情報。
それに、あきらかな差異が感じられる。
まるで部屋の床全体が斜めにかしいでいるようだった。
「おれたちゃ、なんて間抜けなんだ!」
うしろで、マーフィがつぶやいた。
「シュウ、無駄だぜ。絶対に、あそこにはたどり着けない。重力制御だよ、これは!」
「ほほう。マーフィ殿は、なかなかの慧眼をお持ちだのう。いかにもこの研究所は、重力を制御する装置を備えておる。まだ実験段階ではあるが……ところで、なぜわかったのだ?」
「馬鹿でもわかるさ。ここはメインシャフトの中だぜ。エィジアの人工重力は、シャフトの回転によって発生する遠心力を利用している。そしてこの部屋は、そのシャフトに添って上昇した場所にある。
つまり床面に対しては、金輪際、重力はかからないはずだ。にもかかわらず、おれらはさっきから立ってるじゃねえか」
「御明察、御明察」
八雲老人は、金属音まじりのぶきみな笑い声をあげた。
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