第176話 創立され始めたクランについて語る

 嵐で折角のドロップアイテムがどこかに飛んで行ってしまうのがストレスなので、ネットでその対策を調べてみた。だけど、「指定の範囲のドロップアイテムを引き寄せる魔法」は空間属性魔法にあったけど、中級から使用可能になるものだった。

 そして、「レベルに応じて一定の範囲のドロップアイテムを先に指定しておいた場所に自動的に空間転移で送る」というスキルも存在はしたけど、上級からしか使えない代物だった。

 俺が今すぐ覚えられるスキルや魔法は、残念ながらないようである。また、他に目ぼしい対策も見つけられなかった。

 とりあえず、ダチョウとの戦いそのものには苦戦していないので、一刻も早く階段を見つけて、次のフィールドに移るしかなさそうだ。


 そうして急かされた気持ちで探索を続ける日々の中、「シーカーはくれぐれも全力を出すな、レクリエーションとして交流を楽しめ」と先生から断言された体育祭が行われた。

 高校ともなれば、身体能力の値が人外に差し掛かるようなレベルになっている生徒もおり、体育祭で全力なんか出されたら、どんな惨事になるかわからない。

 その注意の際の雑談で、うちの高校ではダンジョンに一度でも潜った事がある生徒は9割にも上ると知った。途中で潜るのを辞めた生徒や、先に進めず一定層で留まっている生徒もいるが、全体的に6割くらいは基礎レベルの上昇で、ダンジョン未経験者を圧倒するまでに至っているのだという。

 だからこそ、悪戯にその力を使って人に怪我をさせたり、悪い事をしてはいけないと、重々注意を受けた。ダンジョンで得た力は犯罪を犯すと取り上げられるというダンジョンシステムが設けているルールについても詳しく言及された。

 また、過去に生徒同士で起こった乱闘でどれだけの被害が出たか、警察沙汰になった事もあるといった教訓話もされた。

 実際問題として、殆どの生徒がシーカー活動経験がある状態となると、先生方も教導するのが大変なのだろう。体育祭という催しの意義からすると、そういった手加減が必須なのは微妙かもしれないけど。



 そんなある日のお昼休み、波鳥羽くんがとある話題を出した。

「なんかここ最近、立て続けにシーカーのクランが設立されてるんだってさ」

 話題を出した本人も、スマホでネットニュースを眺めながら、不思議そうに首を傾げている。

 どうも、ワールドラビリンスの30層に到達したパーティが中心となって、次々とダンジョン内部に土地や建物を確保して、クランと呼ばれる組織を設立しているとの事らしい。

(クランって、ゲームで良く聞く相互互助組織の事だよな。パーティの枠組みを超えた人の集まりっていうか、交流の懸け橋みたいな役割だっけ。……俺は元々人付き合いが苦手だったし、キャラクターを操作しながら、同時進行でチャットにまで意識を回すのが難しかったから、前世ではちょっと試してみてすぐに、向いてない、無理ってなったけど)

 前世でゲームしている際、MMOにおいてクランはよく見かけた。ただ、現実においてとなると、クランに一体何の役割を求めているのかがよくわからない。人と交流して仲良くなりたいなら、別にクランなんて作らなくても、他に手段がありそうなものだ。

 そもそも、ゲームと違って現実での組織運営となると、どうしても運営費が絡んでくるので、気軽に設立しにくいイメージがある。

「クランって、何の為に?」

 俺は不思議に思った。ダンジョン攻略を協力してやる為の集まりとか? でも、そうやって一緒に協力できるくらい連携が取れる状態なら、最初から一緒にパーティを組めばいいんじゃないだろうか。この世界のダンジョンは、別に一度に何人までしか入場できないといった人数制限はないのだし。


「30層まで到達した有名なパーティを中心にして、バラバラなレベルのパーティが何組か集まってクランを設立するという例が多いようだが、一体それで何が出来るんだろうな」

 早渡海くんも不審気な面持ちだ。

「結局は承認欲求を満たす為の行動じゃないかな? 「自分達はこんなにも強い戦力を揃えているんだぞ」って世間に見せつける為に」

 わりと辛辣な意見を述べたのは雪乃崎くんだ。

「世間に強さを認められてチヤホヤされたいからクランを創ったって事か? そういうヤツラが集団になると、そのうち増長して、一般人に暴力振るったりしないか? あ、でももし実際にそうなったら、ダンジョンシステムが犯罪者としてダンジョンから弾いて、レベルも剥奪されるか」

 波鳥羽くんが微妙に表情を引き攣らせながら過激な想像をしている。彼の頭の中のイメージが、アポカリプスとか世紀末劇場みたいな物騒な物になっていそうだ。


「……あれ、でも、意外とちゃんとしたクランもあるみたいだよ? 交渉人に弁護士を雇ったり、事務員や会計員を雇ったりして、それをクランの売り文句にしてるトコもあるみたい」

 更科くんがスマホであれこれ調べながらそうコメントした。彼は俺達の話を聞きながら、同時にネットでも情報収集している。器用だな。

「交渉人? それって誰と交渉するの?」

 俺は首を傾げた。シーカーに代理での交渉が必要になる場面が、咄嗟に思いつかなかったのだ。クラン同士で交流戦でもやるとか? いやでも、その為だけにわざわざ弁護士を雇う必要はないよな。

「大体は企業や役所のような組織相手の交渉かな? ほら、ワールドラビリンスの30層まで到達すると、ダンジョン内部で商売が出来るようになるじゃない? あの権利を使って土地を抑えて、実際の開発や運営を他に任せれば、本人が働かなくても大金が入ってくるようになるからさ。最近はそういうビジネスが流行ってきてるんだって」

 更科くんが俺の疑問に答えをくれる。

「なるほど。不動産売買か」

「この場合は土地だけじゃなくて、商売を代行する権利も合わせてって事じゃない?」

 早渡海くんが納得して頷き、それを雪乃崎くんが補足した。


「そっか、商売の権利が得られてないから、これまでは地球企業がダンジョン街に進出できなかったんだよね。30層に到達した相手から権利を貸してもらえば、それが解消するんだ」

 俺もその理由に納得する。となれば、これからは地球の企業がどんどんとダンジョンに進出していくのだろうか。今はまだ30層到達者の数が少ないから、すごい勧誘合戦になってそうだな。

「そういう事。……でもさ、下手に企業と不利な契約を交わして、その企業がダンジョン内で何かやらかしたら、その責任が権利持ちのシーカーに降りかかってくるでしょ?」

 更科くんが俺達を見渡して、ゆっくりと噛み含めるように言う。

 それで、もし簡単に他者に権利を渡してしまうと、いざという時、相手のやらかしの責任が降りかかってくるのに気づいた。

 ダンジョンでの権利は、商売だけでなく、レベルやダンジョン攻略そのものに直結するとても重大なものだ。いくら大金を渡されたって、そう簡単に貸し与えられる物じゃなかった。

「そっか。自分で商売しないで、代わりに人にやらせるなら楽かと思ったけど、責任は結局、自分に掛かってくるもんな」

「確かにな。企業と契約した場合、その企業がダンジョン内で妙な事しないように、自分の責任で監督しないといけなくなるな」

 波鳥羽くんと早渡海くんも、代理商売がそううまい話ではないと気づいて、顔を顰めた。


「企業所属のシーカーならそういった事も端から織り込み済みだろうけど、フリーのシーカーにとっては、お互いにプラスになる契約がどういうものなのか、わからない人も多いんじゃない?」

 更科くんにそう言われて、俺は大きく頷いた。

「それはそうだろうね。俺も、企業から何か取引を持ち掛けられても、絶対まともに交渉なんか出来ないだろうし」

 前に買取所で企業のスカウトに遭遇した時だって、ただスカウトを断るだけでも緊張したし、気疲れしたのだ。契約において自分に不利がないよう、内容を精査して交渉するなんて、どう考えても無理だと思う。

「うん、普通はそうだよね。それにフリーでやってる人はそもそも、そういうのが面倒だからこそフリーで活動してるんだろうしさ。……だからクランがそういう面倒を代わりに受け持つって言うのは、人集めの材料になるんじゃないかな。クラン専属で、契約や法律に詳しい専門家を雇ったり、事務職員を雇ったりして、戦闘員の代わりに手続き出来るように手配してるみたいだよ」

 更科くんがネットで調べた情報を、そんなふうに纏めて教えてくれた。


「ああ、それなら契約時の煩わしさが減るから、クランに入るメリットもあるかもな」

「あとは、税理士なんかを雇って、税金の申告とかを代わりにやってもらったりとかね」

 高位シーカーは大金が手に入りやすいから、税金関係だけでもかなり煩わしそうだ。それを代わりに処理して手続きくれる人員を用意してくれるとなれば、クランに入るメリットは確かにあるだろう。別に個人でそういう人を雇っても問題ないのだけど、信頼できる相手を見定めて雇用するって行為そのものが、意外と面倒だったりするんだよな。

 けれどだからといって、シーカーは誰しもクランに入るのが正解だとは、一概には言えないな。

 クランの運営方針が合う合わないとかもあるだろうし、クラン内部での人付き合いだって必要になってくるだろう。そういうのに煩わしさを感じるなら、フリーを続けた方が気楽だろう。

「そっか。クランって運営資金が必要になるけど、その資金を使って専門家を組織の身内として雇ったりもできるんだ」

「まあ、実際にクランに入るかどうかは、それが自分に必要かどうかで、判断が分かれるだろうけど。今後はもっと、クランの数が増えていくかもね」

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転生してもぼっちなので、人形使いになる方向で アリカ @alikasupika

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