第175話 魔物素材ダンジョン1の4層、嵐ダチョウ  後編

 いつもならはっきり点で感じ取れるはずの気配が、モヤが掛かったように朧気なく感じられる。

「隠蔽」を持ったモンスターと敵対するのはこれが初めてだけど、こんなふうに感じられるのか。

 前に公安の人達が俺を尾行していた時は、高レベルの隠蔽持ちだったからか、そもそも気配を察する事もできなかった。マレハさんは即座に俺を尾行している相手がいると気づいて捕まえてきたから、彼にしてみれば稚拙な尾行だったようだけど。

 それらを考えると、今回のダチョウの隠蔽レベルが俺の気配察知のレベルより低いのだろう。けれど完全に無効化する程ではないから、こんな中途半端な気配に感じるんじゃないかな。

 人形達は黒檀が誘導してきた敵をきちんと認識しているようだ。だが騎士達はそれよりも反応が一拍遅れた。気配察知のスキルを持っていないからだろう。

 守護騎士にも「主敵察知」という気配察知に似た専用スキルがあるとネットで見かけたけど、それはまだ入手できてないからな。



 前衛の人形達の槍が素早く動く体躯を捉えた。

 隠密が効いていないと気づいたのだろう。ダチョウ達は「クエーッ!!」と甲高い雄叫びを上げて、いっそう激しく攻撃を仕掛けてくる。

 その全長は俺より大きいが、二メートルはないくらいだろうか。嘴と鋭い鉤爪を武器に攻撃してくる。

 飛びはしないが、羽をバタつかせて槍を払ったりはする。なにより筋肉質で硬そうな脚力から繰り出される蹴りが豪快だ。

 だが、数が少ないのもあるし、大型モンスターの相手にこちらが慣れているのもあって、始終こちらの優位に事は運んでいく。

(よし、このまま押せそうだな)

 問題なく倒せそうだと判断して、俺はみんなに更に攻勢を強めようと指示を出そうとしたが、それよりほんの少しだけ早く、黒檀が大きく音を立てて警告を出した。

 同時に、俺の背後に向かって走り出す。

「黒檀!? っ!! 新手か!!」

 俺の気配察知と俯瞰にも、新たな敵の気配が薄っすらと掛かった。別の群れだろう。いつの間にかこの近くまでやってきていたようだ。

「警戒! 他の群れが乱入してくる!」

 全員に警戒を促し、前線で戦っている三体以外はこちらに戻るように指示を出す。


 黒檀が俺の横をすれ違って背後に向かうのと、柊が背後からの強襲を盾で防ぐのがほぼ同時だった。

 俺はその場から急いで下がって、新たな敵から距離を取った。代わりに木蓮が柊のフォローに駆け付ける。翌檜は俺の守りの為に傍を離れず、敵と俺の間に立ち塞がった。

 黒檀は投げナイフでは風に流れてしまうからか、短剣でダチョウを牽制している。

「新たな敵の数は5! 周囲の警戒も怠るな!」

 雨風に消されないように声を張り上げる。

(隠密持ちで気配察知や俯瞰が効きにくいから、近くに来るまで気づけなかったのか)

 いつもより近くまで接近されるまで、敵の存在に気づけなかった。

 それでも、完全に不意を突かれた訳じゃない。黒檀が真っ先に気づいたし、それまで俺の傍を離れなかった騎士達が、うまく足止めに徹してくれている。


 先の三体を倒した人形達も、やや遅れてこちらに合流した。おかげで戦線が持ち直す。

 ダチョウの個体の強さ自体はそこまでじゃない。新たにやってきた群れも、主力である人形達にとっては苦戦せずに倒せた。




「……黒檀と騎士達がいたおかげで無事に済んだな」

 思えば、騎士達が俺の守りに専念して傍に残ってくれていたおかげで、背後からの強襲にも素早く対処できたのだ。全員を前線に出して近くに戦力がいない状態だったら、背後から一気に畳み込まれて、怪我を負っていたかもしれない。

「次は、もう来ないな? 近くには気配はないし」

 黒檀を見ると頷いている。とりあえずは大丈夫だろう。


「ダチョウ戦の反省もしたいけど、先にドロップアイテムを拾い集めよう。軽いアイテムが風で飛ばされてる」

 俺は周囲を見渡して、強風に飛ばされ行くコアクリスタルの赤い輝きを見て、慌ててそう言った。

 その後にみんなで急いでドロップアイテムを拾い集めたけど、風で遠くまで飛ばされ見つからず、コアクリスタルの数は倒したモンスターの数よりも少なかった。

「コアクリスタルの他にも、唐辛子の入った袋とか魔力回復ポーションとか、この層で出るドロップアイテムは風で飛ばされる軽くて小さいものが多いんだよな。スクロールや銀の塊は多分、飛ばされないと思うけど。……このフィールドは、こういう面でも厄介なのか」

 それぞれが拾ってきたアイテムを受け取ってインベントリに仕舞いながらも、折角ドロップしたのに拾えずにどこぞに飛んでいってしまったアイテムを思って、つい愚痴が零れてしまった。

 その時また、黒檀が警告の音を発する。

 俺の敬拝察知と俯瞰にも、やや遅れて敵の気配が感じられた。

「また来たのか! 全員警戒! 今度の数は4!」

 嵐に紛れて襲ってくるという前ぶりの通り、ダチョウはかなり移動範囲が広く、こちらが探すより先にこちらを見つけて積極的に襲ってくるタイプのようだ。

 一息つく間もなく、次の戦闘に入る羽目になる。

 騎士達は指示するまでもなく、俺の近くに陣取って俺の守りを優先する。人形達は武器を手に敵のやってくる方向に向けて油断なく構えを取った。


(敵の強さそのものはそんなじゃないけど、フィールドの嵐と、相手に先手を取られがちなのが、ちょっと厄介だな)





 ……その後、続けて五戦してから、休憩の為に部屋に戻ってきた。

 だけど、濡れたままの服が気持ち悪い。

 仕方なく一度着替えてからダンジョン街まで行き、スクロール屋で炎珠用に「ドライ」の魔法を買った。これでダンジョンから部屋に戻った際に、すぐに濡れた服を乾かせるようになる。

 けれど、風に飛ばされてどこかに行ってしまうドロップアイテムを拾えないのには変わりないから、この層はあまり美味しくない。

 敵の強さそのものも強くないし、早めに階段を探し出して次へ進みたいところだ。

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