第12話



 リリと手を繋いで始発の電車に乗る。リリはすやすや眠っている。

 あたしはどこに行くんだろうと思って、辺りを見回す。始発に乗ってる乗客は少なかった。


「……」


 久しぶりに目が冴えていて、眠れそうもなくて、スマートフォンの電源を付けてみた。


(……あ)


 アオイちゃんから、沢山のチャットが来ていた。


(アオイちゃん……)


 最後に、と思って、チャットアプリを開いてみた。そこには――アオイちゃんがあたしにではなく、リリに向かって言葉を投げていた。


(……)


 あたしは沢山のアオイちゃんの言葉を見て、返信した。


『アオイちゃん、ココだよ。流石に今、起きてないよね』


 送ってみて、様子を見てみると、既読がついた。


(あ)


 着信が鳴った。あたしは周りに人がいないのを確認して、応答ボタンを押した。


「あ、もしもし」

『ココ?』

「あー、アオイちゃんだ! 良かった! 体、大丈夫?」

『ココ、今どこにいるの?』

「……ここ、どこなんだろう。わかんない」

『宇南山が一緒?』

「……うん。一緒にいる」

『とりあえずそのまま警察行って』

「……」

『宇南山のこと聞いた。誘拐されたって。でも、違うでしょ? ココは利用されてるんでしょ?』

「……ううん。それ本当だよ」

『いや、ココ、一回ちゃんと調べてもらった方がいいよ。宇南山がいなくなった日、ココの様子がおかしかったって、五十嵐が言ってた。それで、宇南山がいなくなったって思われてる玄関を調べたら、血じゃなくて血糊がついてたって、ニュースでも流れてた。見た?』

「……」

『宇南山に何言われてるの。ココ。そいつただのホラ吹きだよ。ココに何かする気だよ!』

「……ありがとう。アオイちゃん」


 アオイちゃんは、いつもあたしの味方だった。


「でもね、もういいんだ」

『ココ』

「元々大切な物なんてなかった。作ろうとしても無駄だった。考えることも感じることも、疲れちゃって、だからね、あたし、もういいんだ」


 手を握りしめる。


「リリがあたしの側にいてくれる限り、あたしはリリの側にいる。リリがもう必要ないって言ったなら、あたしはどこかに行く。あたしは出会った時からリリに憧れてた。リリはお星様みたいに輝いてて、手を伸ばしても全く届かなくて。……でも、今ね、今はね、アオイちゃん、あたしはリリの手を握れるんだ」


 電車が揺れる。


「離したくないんだ」


 この星を手放したくない。

 もう苦しくなりたくない。

 もう痛くなりたくない。

 もう、劣等感なんて、感じたくない。

 

 ずっと、リリに求められる、この優越感に浸っていたい。


「アオイちゃん、仲良くしてくれてありがとう」

『ココ!』

「さようなら」


 お別れを言って、通話を切った。また着信が鳴った。アオイちゃんの優しさを感じた。画面を眺めていると、リリの手があたしの手と重なった。そして、スマートフォンをあたしから取り――思い切り、窓の外に投げた。


 あたしのスマートフォンが遠くに捨てられ、見えなくなった。でもその代わりに、リリがあたしに寄り添った。リリが微笑む。


「ココが必要なくなる時なんてないよ」


 私はココ以外どうでもいい。


「私達、ずっと一緒だよ」

「……うん」


 リリと電車を降りた先は空港だった。リリが既に予約していたらしく、チケットを発行し、あたしに渡し、そのままカナダ行きと書かれた飛行機に乗せられた。作った記憶のないパスポートは鞄の中に入っていたため、何の不備もなかった。お母さんを抱きしめて、あたしはリリと日本から離れた。


 最後まで警察に捕まることはなかった。


(……さようなら)


 日本の地を窓から眺めながら別れを告げる。


(皆、さようなら)


 やがて、地上が雲で隠れた。



 そこから12時間後、トロントというところに着いた。リリが空港を歩いていくと、ひげを伸ばした老人に手を振った。


「おじいちゃーん!」


 老人が手を振り、あたしとリリに笑顔を向けた。


「ココだよ」

「ああ、待ってたよ」

「……日本語喋れるんですか?」

「日本に留学してたことがあるんだ。おいで。準備は整ってるよ」

「行こう! ココ!」


 黒髪のリリが笑顔であたしを引っ張った。


「きっと喜ぶよ!」


 リリのお爺さんの車に乗せてもらい、大きな教会に辿り着いた。中からスタッフが現れ、あたしとリリを別室に案内し、メイクをされ、着替えさせられたドレスを見て、あたしは――鏡から目を離せなくなった。


「お母さん、見て」


 お母さんの骨壺と遺影に見せる。


「ウエディングドレス」


 あたしの幸せを願ってくれていたお母さんを思い出す。


「お母さん」


 骨壺と遺影を抱きしめる。


「あたし、幸せになるから」


 透明な白いベールを被り、リリのお爺さんの腕を掴んで、廊下を進んでいく。両扉が開かれた。その先には、誰も居ない会場。神父様とウエディングドレスを着た、髪の毛が金髪に戻ったリリがいた。レッドカーペットを歩いていき、リリが手を差し伸べる。お爺さんから離れ、あたしはリリの手を握った。


 神父様が誓いの言葉を読み上げた。


 あなたは、目の前にいる相手を妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?


 リリが答えた。


「誓います」


 だからあたしも答えた。


「誓います」


 ここに、新たな夫婦が誕生しました。


 リリと見つめ合う。リリがあたしを見てくれている。

 ココと見つめ合う。ココが私だけを見てくれている。


 もっと見たくてベールを頭の後ろへ。


「ココ」

「リリ」

「これで私達、ずっと一緒だよ」

「リリが願ってくれるなら、あたしはリリの奴隷になったっていい。リリが大好き」

「駄目だよ。ココ。大好きじゃ足りない。もっと愛してくれないと、寂しくて、また怒っちゃうよ」

「怒られたくはないな」

「ココ、私ね、今すごく幸せだよ」

「リリ、あたしも……リリがいてくれて……すごく幸せだよ」

「ずっと一緒にいようね」


 私はココにキスをした。


「ずっと」


 大好きなココが、ようやく心からの笑みを浮かべた。


「幸せになろうね。ココ」


 リリはすごいな。

 リリはいつでも完璧。

 鼻が高くて、青い目で、金髪で、ハーフで、家がお金持ちで、優しくて、可愛くて、友達が多くて、話し上手で、両親からは愛されてて、あたしが欲しいものを全部持ってる。

 いいな。

 羨ましいな。

 あたしとは正反対。


 ココはすごいな。

 ココはいつでも完璧。

 おっとりしていて、黒い目で、黒い髪で、頭が良くて、器用で、お母さん想いで、優しくて、可愛くて、放っておけなくて、私の欲しい言葉を一言一句口から出して、私をいつまでも翻弄する。

 敵わないよ。

 ココ。

 もっと求めて。

 私、ココに求められたい。

 ココのものになりたい。


 でも、もうこれで、


「私はココのもの」

「そして」

「ココは私のもの」


 あたし達は笑い合う。


「リリ」

「ココ」


 幸せで、笑い合う。


「ずっといっしょにいようね。ココ!」

「うん! ココ、リリとずっといっしょにいる!」


 出会った頃から、リリはあたしを照らすお星様だった。

 大好きなリリ。

 永遠に憧れ続ける、あたしの妻。



 あたし達、これからも、ずっと仲良しでいたいな。




 お互いの愛しい妻に、もう一度、愛を誓うキスをしあった。






 あたしはリリに憧れている END

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