あたしはリリに憧れている

石狩なべ

番外編

番外編 ゴキブリ・クエスト


 あたしはリリに憧れている。


 なぜならリリは、あたしの悲鳴を聞いたら倉庫から飛んできてくれるから。


「どうしたの!?」

「ご……ご……!」


 あたしはリリに泣きついた。


「ゴキブリぃいいいいい!!!」


 リリがスリッパを構えた。

 あたしはゴキブリ冷凍スプレーを構えた。


「気をつけて! リリ! 奴、結構大きかったから!!」

「ココを泣かせるなんて、奴、絶対許さない!」

「こういう時はね、音を聞くんだよ。静かにしてれば、きっと奴の動く音が聞こえてくるはず!」

「ココ、しー」


 あたしとリリが耳をすませた。

 部屋がとても静かになる。

 あたしはスプレーを構える。


 ……カサカサ。


「ぎゃーーーー!!」


 あたしが情けない声を上げると、リリが意を決めてキッチンの収納棚を開けた。はっ! 奴め、飛んできやがった!


「リリ! 危ない!」

「ココっ……!」


 リリを突き飛ばすと、飛んできたゴキブリがあたしの鼻に着地した。

 途端に――あたしは凄まじい悲鳴をあげた。

 ゴキブリが飛んでいった。

 あたしはその場に倒れた。

 リリが駆け寄ってきた。


「ココ!!」

「リリ……逃げて……奴……結構大きくて……油っこかっ……」


 あたしの意識が遠くに旅立った。


「ココぉおおおおおお!!」


 リリがスリッパとあたしの持ってた冷凍スプレーを持った。


「奴……絶対に……許さない……!」


 壁に貼り付いたゴキブリに、リリが立ち向かった。あたしは手を伸ばす。


「リリ……逃げて……」

「ココの仇……!」


 リリの目が光った。


「くたばれ!! G!!!」


 ゴキブリがリリの顔に飛んできた。リリのスリッパ攻撃が空振った。リリが息を呑んだ。ゴキブリがリリの額に止まった。リリが固まった。そして、膝から崩れ落ちた。ゴキブリが壁に飛んでいった。倒れたリリを見て、あたしは悲しみに叫んだ。


「リリぃいいいいいいい!!!」


 ゴキブリは、開いてた窓から外へと逃げていった。



(*'ω'*)



「あー、もうやだ。絶対もうあの姿見たくない」

「ホウ素団子置いておくね……。嫌な思いさせてごめんね。リリ……」


 通販サイトでホウ素団子を大量買いするリリの髪の毛をブラシで整える。


「どうしよう。リリ、あたしにしてほしいことある?」

「(1に抱きしめる。2にキスする。3にエッチする)……私……すごく怖かったから……」

「こ、怖かったよね! ごめんね! リリ! でも、もういないから! もう大丈夫だからね!」

(きゃっ! ココにぎゅってしてもらっちゃった!! ……大好き……。ココ……)

「あたし、こういう時にリリを守れるように、強くなるから……!」

(ココはこのままでいいよ……。愛してる……)

「あたし、決めた! ゴキブリについて勉強する!!」


 ――リリが冷ややかな目になった。


「あたし! 頑張るから!」

「……あ、うん。頑張って」

「よーし! そうと決まれば!」


 翌日、あたしは早速、ゴキブリの生態についての本を買った。ゴキブリについて、詳しいことが書かれている。


「ココ、そんな本より私と遊ぼう?」

「リリ! あたし、リリを守るために勉強してるの! 今だけの辛抱だから、ごめんね!!」

「あ、うん。わかった」

「ごめんね!!」


 その翌日、あたしはゴキブリについて研究している大学の教授にアポイントを取り、本を持って会いに行った。


 教授は、あたしにこんなことを訊いてきた。


「チミは……なぜゴキブリについて、調べ始めたのかな?」

「大切な人を……守るためです!」

「ほう……。大切な人か……。私も……そう言っていた時代があった」


 教授の眼鏡が光った。


「よろしい!!!」

「まぶしっ!」

「チミに、ゴキブリの全てを教えてやろう!」

「よろしくお願いします! 教授!」


 そしてあたしは、教授から様々なことを学んだ。ゴキブリについて、知らなかった知識をあたしの脳内に叩き込んだ。


 ゴキブリは怖くない。

 奴らは、所詮虫なのだ。

 この世界に君臨する人間がいる限り、ゴキブリは何ら小さな生き物と変わらないのだ。

 奴らは確かに、とてもしつこい!

 だが、それも命あるからこそ!

 奴らは虫! 小さな虫!


 圧倒的、無視しても構わない虫なのだ!!


「ココ? 今夜一緒に大人な映画でも……」

「リリ」


 あたしはリリの手を両手で握りしめる。


「あたしが、必ずリリを守るから」

「え、まだやってるの?」

「絶対守ってみせるから!」

「あっ、ちょっと、ココー!」


 部屋のドアを閉めて、気合を入れる。あたし、ゴキブリに強くなって、リリを守るんだから!


「それでは!!」


 強くなるためには、実食あるのみ! 虫は食べ物! 怖くない!!

 というわけで目の前には、ゴキブリの唐揚げ。


「いただきます!」


 あたしは思い切り食べた。そして――はっとした。


(……あれ……美味しい……)


 本当にお肉を揚げてるみたい。


(意外と……クリーミー……)


 ゴキブリを食べ終えたあたしは、きちんと手を合わせた。


「ご馳走様でした……」


 教授から教えてもらったこと、そして、ゴキブリについて調べた結果、あたしは、その境地に辿り着いた。


「ゴキブリは、食べれる!」


 リリがパソコンで検索した。

 幼馴染にゴキブリの研究をやめさせる方法。


「リリ、あのね、このゴキブリと、このゴキブリが食べても問題ないゴキブリでね」

「いや、いい。私、本当に知らなくていい」

「こっちがクリーミーでね、こっちは歯ごたえが良くて」

「ココ、もう大丈夫。ホウ素団子も置いたし、もう二度と出てこないと思うから。ね、そんなことより、私とベッド……」

「今度、カレーに入れてあげるね!」

「入れなくていいから!!!」


 リリがホウ素団子を置いてくれたおかげで、ゴキブリは我が家に一切出なくなった。


「すごいね。リリ……! 流石だね!」

「もう二度と出てこないだろうから、ゴキブリの研究はこれでおしまいね。ほら、ココ、そろそろ寝る時間だよ?」

「あ、本当だ。待って。トイレ行ってくる」

「うん。……倉庫で待ってるね……」


 リリが頬を赤らめて倉庫へ歩いていく。あたしはトイレのドアを開けた。




 ゴキブリが壁に止まっていた。





 それは真夜中のこと。


 あたしの凄まじい悲鳴が――部屋中に響いたのであった。

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