本編
第1話
あたしはリリに憧れている。
あたしだけじゃない。
リリは皆の【星】だった。
SNSに顔写真を出せば、フォロワーはあっという間に増える。SNSに踊ってみた姿を出せば、たちまちバズる。ミスコン企画に参加すれば、圧倒的な票で優勝する。
だから皆、リリを好きになった。
男の子なんて、ちょっと優しくされたらすぐにリリを好きになった。
リリが優しいのは、多分、幼少期に虐められていたからだと思う。金髪だったし、青い目だったし、一人だけ異質だった。だから成長して、美しくなったリリは誰にもでも優しくなったのだと思う。
でも、あたしが優しくしたところで誰も何も思わない。
リリが優しくすれば皆は喜ぶ。
あたしが優しくしても誰も喜ばない。
だって、それが当たり前。
リリが笑顔を浮かべれば男の子はリリを好きになる。
あたしが笑顔を浮かべれば男の子は何とも思わない。
リリはクラスの人気者。
あたしはただのクラスメイト。
リリは皆の憧れ。
あたしはただの人間。
リリが笑顔を見せた。
それはあたしに向けられていた。
それが、全ての引き金だった。
一人でいるところを狙った。
あたし、野球のバッドを盗んだの。
リリが委員会の仕事で残ってたから。
暗い道に誰もいなかったから。
リリが靴を履き替えていたから。
だから、
あたし、
だから――。
「ありがとう」
リリが言ったの。
「誘拐してくれて」
鈍い音が響いた。
真っ赤な血が、玄関を濡らす。
(*'ω'*)
頭に包帯を巻いたリリは、先ほどからパソコンを弄っている。
一方、あたしは膝を抱きしめ、倉庫の隅でガタガタと震えている。
「これで良し」
リリがあたしに振り向いた。
「これで大丈夫だよ」
「……何が……?」
「IPアドレス隠して、アンチウイルスソフトも入れたから……これでどこ触ってもばれないと思う」
「え……何それ……」
「IPアドレス辿られたら居場所ばれちゃうの。そうなったら、ここに警察がやってきて、私を見つけちゃうかもしれないでしょ? だから、ね、今隠したから、もう大丈夫」
「……」
「うーん、ニュースになってるね」
女子高生行方不明。誘拐の可能性。
「早く飽きてくれたらいいんだけど」
>おまわりさん、犯人ここです!
>今頃レイプされてるんだろうな。
>この子めちゃくちゃ可愛い。
>絶対性格悪い。
「あ、それは正解」
リリが掲示板を閉じ、またあたしに振り向いた。
「今朝作ってもらった通帳貸して」
「つ、通帳……あ……えっと……」
あたしは急いで鞄の中を覗き、新品の通帳をリリに渡した。
「これ」
「ありがとう」
リリが何かのHPにあたしの名前を入れて登録し、通帳に書かれた口座の番号を登録し始めた。何をやっているのかはわからない。それを詮索する余裕もない。あたしの頭にあるのは一つだけ。
(どうしよう)
あたしの家の地下倉庫。
(どうしよう)
行方不明となったリリ。
(どうしよう)
あたしが連れてきた。頭を思い切り殴って、キャリーケースに入れて、倉庫に運んで、死んだと思ってベッドに運んだら、普通に生きてた。あたしの血の気が引いて、通報されると思って、だからどうしようと思ってパニックになって。
でも、リリは優しく言ったの。
「大丈夫だよ」
あたしを優しく抱きしめて、囁いた。
「絶対ばれないようにしようね」
天使のような笑みをあたしに浮かべて、あたしがするべきことをリリが1から10までメモに書いた。今朝はそれをあたしが行って、帰ってきたらリリが10から100のことを始めた。あたしはどうしていいかわからず、ただ壁の隅で震えているだけ。どうしようと頭を抱えているだけ。馬鹿なことをしたと自分を責めるだけ。
(なんであんなことしちゃったんだろう……!)
「これで良し」
(どうしよう……! 警察、どうしよう、医者に、えっと、どうしよう……。どうしよう……!)
「ごめんね! お待たせ!」
リリが笑顔で部屋の隅にいるあたしの側に駆け寄ってきた。あたしは小さく悲鳴を上げ、さらに膝を抱きしめて、縮こまった。そんなあたしを――リリが優しく抱きしめた。
「寂しかったよね。ごめんね。ほっといちゃって」
「……」
「でもね、もう大丈夫。絶対にばれないから」
「……」
「怖かったよね。でもね、もう大丈夫だから安心して?」
リリが優しい声で囁いて、あたしの背中を優しい手で撫でた。その感触が、とろけるくらいに気持ちよくて、あたしは――少しだけ――安心した。けど、やっぱりまだ胸がざわついている。どうしよう、でも、どうしよう。
「ちゃんとアルバイト辞めること言った?」
「言った……」
「それなら良かった! 生活費のことは心配ないからね!」
「リリ、やっぱり……やっぱり……」
「どうしたの?」
優しい声で言ってくる。
「誘拐犯がそんな顔してちゃ駄目だよ」
あたしは俯いた。やっぱり、
「自首する……」
「んー」
「あたし、本当に馬鹿なことしたって、思ってるから」
「大丈夫」
「なっ……殴るなんてっ……! 本当に……あたし……どうかしてた! 馬鹿だった!」
リリがパニックになって泣きじゃくるあたしの頭を撫でる。
「ごめん、リリ! 本当に、ごめん!」
「私なら大丈夫。きっと神様がね、誰も罪人にしたくなかったんだよ」
「でもっ、血、あのっ、……怪我が!」
「包帯巻いてくれたから、もう平気!」
リリは優しい笑顔を浮かべる。
「大丈夫だから!」
「ごめん……、リリ、ごめんね……!」
「怒ってないし、私、恨んでないよ。ね、安心して。泣き止んで?」
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」
「うん。そうだね。……聞いてもいい? ココ」
リリが笑顔のままあたしの顔を覗いてきた。
「どうして私を殴ったの?」
あたしは――黙った。
けれどリリは、とても真っ直ぐあたしを見つめてくる。その瞳は純粋な子供のように綺麗で――そんなクラスメイトを――あたしは、後ろから、
「ごめんなさい」
「謝ってほしいわけじゃないの」
「ごめんなさい」
「ココ、私聞いてるよね?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝ってほしいなんて言ってないんだけど」
「ごめっ」
――リリに頬を叩かれた。
「聞いてるよね?」
あたしは叩かれた頬に触れ、リリを見た。リリは――やはり、笑顔だった。
「どうして、後ろから、バッドで、殴ったの?」
「……」
「答えて」
「……、……、……その……、……、……」
「……」
「……………………………………」
「……うん。わかった」
リリの口角が下がった。
「出ていく」
「えっ」
「だって答えてくれないんだもん」
「え、まっ、待って……」
「無理無理。気持ち悪い」
「やだ、り、リリ……」
「じゃあね。ココ。ばいばい」
「まっ……!」
ドアを開けようとしたリリを、後ろから強くしがみついた。
「待ってリリぃいいいいい!!!!」
リリの手がドアノブを掴む直前で止まった。
「ごめんなさい! ごめんなさいっっ! 答えるっ、答えるから出て行かないで!! お願い、ここにいて!! お願いします!! ごめんなさい!! ごめんなさいぃいいいいいいい!!」
必死に叫ぶが、リリはドアノブを掴んだ。
「ごめっ、リリっ、待って! 待って!! だから! ああっ! だからっ、あたし、リリが、すごかったから、リリがいつも光ってたから、だから、リリが、リリが目立ってたから、リリがいつもクラスで、くら、クラスで……!」
リリがドアノブをひねった。その手を掴み、押さえつける。
「あたしはっ……憧れてたから……っ……リリを殴ったの!!!」
「えー?」
リリがあたしに振り返った。
「憧れてて、どうして殴ったの?」
「だ、だって、だってそれ、なんでって、あたし、だっ、あっ、ふっ……ぅうっ……」
「もー。ココは泣き虫なんだから」
リリがあたしを優しく抱きしめ返した。その瞬間、パニックだった頭の中に安心が生まれて、あたしの目から大量の涙が溢れ、リリの服に落ちていく。リリが優しく優しく――あたしの頭を撫でた。
「ね、どうして憧れてて、殴ったの?」
「……ひっ……ひとり、じめ……したかった……」
「どうして独り占めしたかったの?」
「どうして……?」
「どうして?」
「どうして……」
「どうしてココは、私を独り占めしたかったの?」
「それは……」
あたしの手とリリの手が触れた。あたしの体とリリの体が触れている。リリがあたしの額と自分の額を重ねて、あたしの手を握りしめ、あたしを見つめた。
「どうして? ココ」
それは、悪魔の囁きのよう。
「教えて? ココ」
あたしはリリに近づき、
柔らかい唇にキスをした。
「……リリは、憧れだった」
「あたしは、リリみたいになりたかった」
「リリは、お金持ちで、おじさんとおばさんから愛されてて」
「可愛くて、美人で、明るくて」
「みんなの人気者で」
「だから」
「昔みたいに」
「ただ、リリの隣にいたくて」
「それで」
「あたし」
「……やっちゃいけないこと、した」
あたしは俯く。
「自首する」
「……ココ」
「自首して、あたし、おじさんとおばさんに謝ってくる」
「ココ、それで本当にいいの?」
「え?」
「自首したら」
リリが眉を下げて、あたしの手を握りしめ、可愛い顔であたしを見つめた。
「私と、もう二度と会えなくなるよ?」
あたしは――口が動かなくなった。
「だって、ココは誘拐犯だもん! 当然だよね!」
「……」
「もう独り占めも出来なくなるよ? 私とこうやってお喋りも出来なくなる。ねえ、ココ、本当にいいの?」
「だって……でも……リリが……でも……」
「そっか。ココは私のこと、その程度にしか思ってなかったんだね」
「そ、そんなこと……!」
「じゃあ自首したら? うん。自首していいと思う。私は……ココに捕まってほしくないから、頭が痛いの我慢して、やる事リスト書いてあげたのに」
「え、い、痛い……?」
「すごく痛いよ。ココが殴ったから!」
リリの言葉が、あたしの胸を突き刺す。
「でも、ココに捕まってほしくないから、私、我慢して書いて、パソコンも使えるようにしてあげたのに!」
リリの言葉が、あたしに重くのし掛かる。
「ココは、私の努力を全部無駄にしちゃうんだね! だから人に嫌われるんだよ!」
「……っ……」
「ココのこと、守ってあげたかっただけなのに……そんなことするんだ?」
あーあ。
「ココのこと、嫌いになりそう」
「……、……そんな……つもりじゃ……」
「じゃあどうするの?」
「お医者……さん……」
「自首したら私の努力が全部無駄。ココのこと嫌いになるから。ココと、もう二度と口利かないから!」
「……、……。……、……、……。………………………………」
「つまりね、正反対の事すればいいの。わかる?」
「……あ、そっか……正反対の……こと……」
「そう。私に嫌われたくなかったら、ココがしようとしてることの反対のことをすればいいの」
「そっか。反対のこと……だから、えっと、自首しないで……ここに、リリを……隠して……」
「うん」
「でも、頭は……ど、どうしよう……痛い?」
「ううん!」
リリが笑顔で首を振った。
「もう全然痛くないよ!」
当たり前だよね。
バッド、当たってないもん。
「い、痛くない……? 大丈夫……?」
「大丈夫だよ。本当に痛くないの」
当たり前だよね。
怪我なんて、してないもん。
「血、あの、傷……」
「ココが手当してくれたから、もう大丈夫だってば!」
あれ、私の血じゃないもん。
血糊だもん。
(*'ω'*)
ココ。
私の可愛いココ。
ずっと一緒にいると思ってたのに。
ずっと側にいてくれると思ってたのに。
その男だれ?
手を繋いで、幸せそうな顔して、その愛しい笑顔を私以外の他人に向ける。
小さかったココは大人になっていく。
小さかった私は成長していく。
私達の距離が開いた。
いつの間にか、喋る関係性じゃなくなった。
(許さない)
ここは私よりも男を選んだ。
だから私はココから男を奪った。
男はココじゃなくて、私を選んだ。
(許さない)
ココが恋した相手は全員私が奪った。
全員私を選んだ。そして、私は男を捨てた。
(許さない)
ココの全てを奪ってやった。
だって、ココが求めていいのは、私だけだから。
(ココが私を求めてくれたら全て終わる。そうすれば全部解決する)
胸のモヤモヤも、イライラも、不安も、発狂も、全部、ココのせい。
ココが私を求めないから悪いの。
だから私はココを突き落とす。
何度も何度も突き落としては、突き落としては、突き落として、また突き落として、何度も、何度も――。
ココの失敗は私の成功。
ココの涙は私の笑顔。
ココが自己肯定感を低くすればするほど、私の自己肯定感が上がっていく。
ココ。
私のココ。
私のここはココだけのもの。
私のもの。
誰にも譲らない。
誰にもあげない。
誰にも渡さない。
ココは私だけのもの。
だから、私もココだけのものになりたかった。
「ココ」
私は優しくココを抱きしめるの。
「大丈夫だよ。私、ココのこと、嫌いになったりしないから」
「……っ……っ……!」
「また昔みたいに、仲良くしよう?」
ここで。
「ずっと」
ココと、
「私、側にいるから」
だからね、ココ。
「私を離さないでね?」
「離したら」
「嫌いになるから」
ココの弱々しい手が、私を抱きしめた。だから私も……可愛いココをとても優しく、抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます