恐ろしいほどに楽しくて完全で不完全な世界
- ★★★ Excellent!!!
冒頭からおかしい。
語り手の主人公に対し、
いや、お前は何を言っているんだ、頭がおかしいのかと言いたくなる。
だが恐ろしいことに、徐々に「おかしくない、当たり前だろう」と思えてきてしまうのだ。
やがて、おかしいと思ってしまった自分がおかしく、
語り手の主人公に対して大変失礼な態度をとってしまった気持ちになる。
第五段落を読むあたりでは、姿勢を正し「なるほど、そうなんですね」とお仕事インタビューでも行っているような感覚に至る。
主人公は決して、「プロフェッショナル」や「情熱大陸」に出演する人物ではなく、
日々、真面目に、コツコツと、淡々と、職務を遂行し続ける一職人である。
そしてこの世界をものすごくリアルに仕立てているのは、
彼による、非常に生真面目な語り口である。
彼になり切った作者の見事な描写力により、記憶やら手の感覚やら、脳内の世界の理までも操作されてしまう。
いや、ごめんなさい。本当は三行くらい毎に吹き出して笑ってる。
(役人が口にしたセリフで私は撃沈しました。)
読者に試されるのは、どれだけこの世界に没頭できる想像力を持っているかだ。
あー、楽しい。
こんなに恐ろしいほどに楽しくて完全で不完全な世界を、私は他に知らない。