最終話 天狐の軌跡

 キンッという金属音が響き、火花を瞳に映した真兎が弾かれた刀を引いて視線を巡らせる。その先には、頼もしい幼馴染の背中がある。


「虎政、そっちだ!」

「おう」


 虎政も心得たもので、振り返りざまに刀を振るい、相手の伸ばしてきた腕を両断してしまう。敵はけたたましい断末魔を上げ、引き千切られるように姿を消した。

 ここは、都から遠く離れた北の大地。最近見慣れない黒い化け物が出る、それに子どもを攫われたという話を聞いて討伐に訪れたのだ。案の定三人を迎えたのは、黒に染まった神の成れの果てだった。

 ふっと息をつき、真兎は頬の汗を拭う。切り傷と汗が触れ、小さな痛みが走った。


「お疲れ様、二人共」

「ありがとう、藍。子どもたちの様子は?」

「幸い、大きな怪我はないみたいだよ。ただ、怯え切ってしまっているけれど」

「……なら、藍と虎政が村まで送り届けてあげてくれ。おれは、村外れで待ってるから」

「わかった」


 心得たとばかりに、虎政と藍は子どもたちが囚われていた洞穴へと歩いて行く。その後ろ姿を眺めてから、真兎は神の消えた場所を一瞥した。


(堕ちた神の最期の地は浄めなければ、また何かが生まれてしまう)


 それは、この旅に出た直後に知った事実。

 初めに訪れた地は、都からほど近い村だった。そこでは都へ行く前に旅人が休む宿が幾つもあり、その一つに身を寄せたのだ。

 その村において、妙な影を見かけたという噂が何度も聞こえて来た。腕に覚えがある者が夜見回ったが、返り討ちにあったとか。盗賊の類かと言われていたが、その夜に真兎たちが向かうと妖しい影が姿を見せた。

 無事討伐に成功するも、数日後に別の村で同じ場所で人が殺されているという話を耳にした。急いで戻ると、死んだ神の神気を糧とした神が暴れていたのだった。

 その悔いがあり、真兎たちは神を倒した後は必ずその場を浄化することにしている。浄化の役割を担うのは、藍か真兎だ。

 藍は清姫になるために禊祓を続けた経験が生き、祝詞を唱えることで場を清らかにする力を持つ。そして真兎は、その身に宿る天狐の力を持って浄める。


「――っ」


 一人になり、真兎は気持ちを静めるために深く息を吸い込んで目を閉じた。一つ一つの息を意識し、少しずつ気持ちを高めていく。


(どうか、神々の思いが浄められますように)


 一度は人々と関わった神々が、何かのきっかけで闇に堕ちる。その成れの果てである化け物と対峙する度、真兎の心は痛んでいた。

 性別が違えど、身分が違えど、心を繋げることが出来る。全ての人とそうなることは不可能だが、一つでもそんな繋がりが結ばれれば良い。真兎は女房として後宮に入ったことで、弘徽殿の女御や女郎花の君など、多くの人に助けられた。だからこそ、居場所を追われた今でも信じていたい。


「……」


 刀を抜き、ゆっくりと動作する。月夜に刃が閃き、舞う。

 それは神々しい儀式の如く、空気を凛と一本の糸が張るような緊張感をはらむ。

 だから真兎は気付かなかった。集中する彼の背後で、新たな影が生じていることに。

 それは機を見て飛び出し、真兎の胸を己の刃で刺すつもりだった。神の力を持つとはいえ、所詮は子ども。三人が取り逃がした神は、そう考えたのかもしれない。

 しかし、それは誤っていた。


「――真兎!」

「とら、まさ?」


 清らかに何かを斬る音が響いたかと思うと、虎政が急いだ顔で真兎の前へと躍り出た。それに驚く暇もなく、別の神が地面から姿を見せる。

 二人は背合わせになり、視線を交わす。


「何が……」

「どうやら、一柱仕留め損なっていたらしい」

「藍と子どもたちは?」

「無事に送った。藍は向こうで待ってる」

「じゃあ、さっさと終わらせよう」


 神気を帯びた刀を構え、真兎が微笑む。それに頷き返した虎政と共に、同時に地を蹴った。


 後に、人々に語り伝えられることになる『天狐の軌跡』。その始まりは、一人の少年の大切な人を取り戻したいという無謀に近い願いから始まった。


 ――了

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龍弧国後宮女装女房物語 長月そら葉 @so25r-a

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