第12話 無くしてから気づくもの

「どうして……?」


 母親が溺れた時に口にしたあの言葉の真意を知る術は、結局のところないのだろうと思う。

 ただ、昔から、母親からはよく理由を問われた。

 菜々美が部屋を散らかしっぱなしの時や、友達を叩いてしまった時や、窓ガラスをバスケットボールで割ったしまった時など。


「もうっ! どうして部屋の中でバスケットボールで遊んだりしたの!?」


 そんな母親の口調や言葉を思い出すのも、随分と久しぶりに感じた。

 そうだ。

 きっと、あの時、母親はこう言いたかったのだ。


「どうして、一人で川に入ったりしたの? お守りも忘れてきて、持ち歩かなきゃ意味ないじゃない! ちゃんと気をつけてよね!」


 そういった小言を耳に入れた日には、両の手で聞こえないふりを決めるのが、菜々美の子供時代の常だったけれど、今では懐かしさとのどかさで笑いが込み上げる。


「子供の頃は、なんて幸せ者だったんだろう……って思う……」


 無くしてから気づくなんて、あまりにありきたりだけど、当たり前にあるものがこんなにも大切なものだと気がつくのは、どうしてこんなに難しいのだろう……。


「…………あのさぁ、それ、デパートのフードコートで友達に振る話?」


 田舎に君臨する商店街クラッシャーことデパートのフードコートに、菜々美と加奈は向かい合わせで座っていた。

 加奈には先ほど菜々美の奢りで買い与えた、アイスクレープを握らせている。

 ハムスターのように頬張る加奈をぼんやり見ながら、菜々美は母親に対する気持ちを語り聞かせていたのが、確かに、デパートで女子中学生がする話としては重すぎたかもしれない。


「そうだぁ、加奈ぁ、タピオカミルクティ飲みたぁい」

「え? まだ奢るの? ほんと、勘弁なんだけど」


 今回の河童騒動の件、菜々美があまりに過剰に加奈に対して感謝した結果、報酬がハーゲンダッツでは済まされず、こうして加奈にしゃぶられるだけしゃぶりつくされようとしている。


「っていうか、今日だけで何キロカロリー胃に流し込んだの? ウシ? ウシなの? 第四胃くらいあるわけ? 別腹にしても多過ぎじゃない?」

「私、いくら食べても太らない体質だから」

「うわ、ウザい! それ、絶対私以外に言ったら嫌われる発言だからね!」

「いいじゃん、別に。あんま下手にキャラ作ったって寒いだけだし」


 そういえばと、最近、加奈の学校での態度が変化していることに、菜々美は気がついていた。

 今までは、良くいうと元気に、悪くいうと騒がしく振る舞っていた加奈だったが、最近は少し暗いというか、分かりやすくいうと、友達に対するノリが悪くなっていた。


 それを嫌って離れて行った友達もいれば、逆に接しやすくなって近づいていった子もいる。

 どういった心境の変化かは、きっといつか、菜々美にも話してくれるだろうと過信していた。


「……そうだね。一人称を自分の名前にしてかわい子ぶられても反応に困るしね」

「それ、私以外に言ったらぶち切れられるからね」

「あれ? キャラ作っても寒いだけじゃなかったっけ?」

「はは。私、菜々美のそういうとこほんと嫌い。罰ゲームとして、タピオカいっとこう」


 大切なことに気がつくのは難しいが、こんな友達が直ぐ近くにいることは、間違いなく大切なことだといえる。

 自分に嘘を吐くことなく接することのできる相手。

 家族以外に、そんな人を身近に作ることができたのは、きっと特別なことだろうから。


「もう、ほんと、タピオカで最後だからね!」


 アイスを口につけた加奈に向かって、菜々美はそう釘を刺した。

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魅える者 中今透 @tooru_nakaima

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