ほろ苦チョコレート

三咲みき

ほろ苦チョコレート

「クラスのみんなにチョコを渡す文化、あんまり好きじゃないんだよね」


 真愛まなは部室にくるなり、後輩の悠介に話しかけた。


「昼休みに珍しく来たと思ったら、いきなり何です?」


 悠介は筆をとる手は止めずに答えた。


「今日、バレンタインじゃん?去年もそうだったんだけど、クラスの女子はみんな、全員分のチョコ作ってくるの。それで配りっこするの」


「別にいいじゃないですか。仲がよくて」


「そうなんだけどさ。別に仲のいい人たちだけに配ればよくない?クラス全員でやらなくても。なんかさ、想いが分散される気がして、嫌なんだよね」


「想いが分散される?」


 悠介は今日初めて、真愛の方を見た。


「そう。チョコ作るときって、渡す人のことを考えながら作るの。なんかその想いって、無限に湧き出るものじゃなくて、決まっている気がするの。今ここで使っちゃったら、本当に好きな人ができても、想いが充分に込もってないチョコになっちゃいそうな気がするの。だから、本当に好きな人ができたときのために、あんまりいっぱい作りたくないの」


 悠介は真愛の言うことの半分も意味がわからなかった。


「じゃあ、今日は逃げきてきたわけですか?そのチョコを配りっこする文化から」


「ううん。そうじゃない。ちゃんとみんなの分、作ってきたよ。だって、私だけ作らないと、空気壊しちゃうでしょ?今日はね。これを渡しにきたの」


 真愛は持ってきた手提げの中から、包みを取り出した。


「はい。悠介の分のチョコ。いつもありがとう。男子一人なのに、美術部に入ってきてくれて。入部してくれて、うれしかったよ」


 悠介は渡された包みをまじまじと見た。


「えっ、あの………」

「じゃあ私、もう行くね」


 悠介が何か言葉を発する前に、真愛は部室から出て行った。まるで、悠介の口からそのチョコについて触れられるのが恥ずかしいみたいに。


 一人部室に残された悠介は、その包みを見て、小さくため息をもらした。


 真愛先輩は残酷だ。


 いつか好きな人ができたときのために想いをとっておきたいなんて。


 そうだとすると、このチョコは”好きな人”のためのチョコではない。きっと自分のことなんて眼中にない。


 透明の包みにピンクのリボンをかけた、シンプルなラッピング。中にはチョコが5個入っていた。


 包みを開けて、ひとつ口に入れると、ほろ苦いチョコの味が広がった。


 それはまるで今の悠介の気持ちを映しているかのようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほろ苦チョコレート 三咲みき @misakimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ