第10話 嵐山にて

秋。

 秋といえば、紅葉だよね。

「そして紅葉といえば、嵐山だ」

 公任さんの旅の許可が下りて、私達は今、都から少し離れた所にある嵐山という所に来ている。

「わ~、キレイですね~」

 赤や橙色に色付いた紅葉が美しい。

「向こうに見えるのが小倉山、目の前を流れている川が大堰川だ」

 公任さんが指で示して教えてくれる。

「景色のステキな場所ですねっ! この景色が見たかったから、ここに来たんですか?」

「まあ、それもあるが……。昔の思い出に浸りたかったのかもしれんな」

 公任さんが遠くを見るような、少し物憂げな表情で言った。

「昔の思い出?」

「まあ、昔のことではないが……。四年程前のことだ。ここで道長が船遊びを開いたのだ」

 今ここにその藤原道長はいないから、堂々と呼び捨てにする公任さん。

 遊びっていうのは、和歌や漢詩を詠んだり管弦(笛とか)を演奏したりすることだ。

「漢詩の船、和歌の船、管弦の船と三艘に分けて、それぞれに優れた人物を乗せた。さて、天才の私はどの船に乗ったと思う?」

「えっと……。あっ、これが『三船の才』の由来? どれも優れてるから、どの船に乗るか迷っちゃうってことですね?」

「ああ、そうだ」

 公任さんが満足そうに頷く。

「じゃあ、公任さんは漢詩の船に乗ったんじゃないですか? 漢詩好きでしょ?」

 漢詩は真名、和歌は仮名。この時代は漢詩の方が格上だから、公任さんの性格的には漢詩だ。

「いや、私は和歌の船を選んだ」

「そうなんですか。気分もありますからねぇ。……で、どんな歌を詠んだんですか?」

「天才の歌が聞きたいか。特別に詠んでやろう」

 公任さんはすごく嬉しそうに言った。

 そして、歌を詠んだ。


  小倉山

  嵐の風の寒ければ

  もみぢの錦 着ぬ人ぞなき


(小倉山と嵐山から吹き下ろす山風が寒いので、紅葉の落ち葉が、船遊びをしている人々に降り注いで、皆が錦の衣を着ているように見えるよ)


「……ほへ~」

 正直、歌の意味はよく分からないけど、思わず感嘆の声を上げてしまう。

「どうだ?」

「なんかスゴイですね。五七五七七の三十一文字だけで、思いを伝えるなんて。この時代の人は、これが普通にできたんですよね。私なんか、ついつい長文メールを送っちゃって『何が言いたいのか全然わからない』って返されちゃうんですよ」

 説明苦手だし、文章力も無いし。

「……めえるというのは、文のようなものか?」

「文……。あっ、手紙のことですね。確かにメールは、この時代でいうと手紙みたいなものです。すぐに返事を返すことができて便利ですよ~」

「すぐに?」

「はい、もう一瞬で返ってくる時もあります。私はそんなに打つの速くないんですけど」

「そうか……。しかし、そう頻繁にやり取りが出来てしまっては、文の大切さが損なわれてしまうのではないか?」

 公任さんは少し考えてから言った。

 確かに、その指摘は間違ってないと思う。

「で、でも、すぐに伝えたい連絡事項とかは便利だと思いますよ。時間割変更とか……」

 って、公任さんに言っても通じないんだっけ。

「お前達の時代では、大切なこと、例えば恋心を伝える時もめえるを使うのか?」

「告白の時ですか……。えっと、友達の中にはメールで告白して彼氏を作った人もいます」

「そうか……」

 公任さんは少し悲しそうだ。

「私は歌を詠む時、かなり考えているのだ。枕詞や掛詞、縁語、序詞、歌枕、音の響きなどに気を配っている。私の歌が後世に残ったときに『ああ、やはり公任は天才だ』と思ってもらえるようにな。……それに、私は自分がその時々に感じた心、思いを大切にしたいのだ。お前の時代の者たちにも、自分の思いを大切にしてほしい、軽く扱って欲しくはないと思っている」

 普段は憎まれ口ばかりの公任さん……。

 でも、それはただ素直じゃないだけなんだ。

 本当は、こんなに人のことを考えてくれる、優しい人なんだ……。

「公任さん……。私、あのっ……。告白は絶対に直で行きますっ! って、何宣言してんの、私っ……。それに、ラブレターとかも、すっごくロマンチックだと思います。 公任さんみたいに上手な歌は作れないけど、頑張って自分なりに、自分の言葉で、思いを伝えます。……公任さんの歌も伝えます、ちゃんと。だから、これからも宜しくお願いしますっ!」

 毎度ながら、自分の言いたいことがまとまらない。

「ぷっ、くくく……。お前は面白いな」

 公任さんが吹き出した。

 いつもの意地悪な笑いじゃなく、本当に面白くて笑っているみたい。


 紅葉の景色の中、私達の笑い声が風に乗って聞こえていた。


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