第6話 内裏での公任

 夢が覚めずに、数日が過ぎた。

 おかしな話だが、こっちで寝たらあっちの私が目を覚ますと思っていた。

 しかし起きてみると、公園ではなく平安時代の家の中なのだ。

 日が経つにつれて、だんだん不安になってくる。

 もしかして、もう戻れないのではないか……。

「うぅ、どうしよう……」

 私は半泣きになっていた。

「いっそもう、ここで暮らすことを決めたらどうだ?」

 橙色の着物を着た平安貴族が意地悪く言う。

 そう、私が今いるのは平安時代。約千年前の日本。

 この貴族のオジサンの名前は「藤原 公任」。

 自称天才の貴族。貴族っていうのは、今の官僚みたいなものだと思う。

 数日の間に、この時代のことを公任さんから聞いた。

 私の姿が見えるのも公任さんだけだから、この人に頼るしかない。

「では、私は仕事に行くから、お前はそこにある『源氏物語』でも読んで待っていろ。新しい巻が手に入ったのでな。お前にも特別に読ませてやろう」

「そんなこと言われても、私には平安時代の文字なんて読めませんっ!」

 ミミズみたいにくねくねした字。見分けが付かない。たとえ読めたとしても、古文じゃ理解できないだろう。

「ああ、そうだったな。だったら惰眠でも貪っていろ。暇人は良いな、天才の私は仕事に追われる多忙な日々だというのに……」

 そう嫌味を言って、公任さんは出て行った。

 本っ当、あの人、ウザッ!

 人をからかうのが趣味って、どうなのっ!?

 もしかして、貴族ってみんな、あんななの?

「てゆーか、ヒマ過ぎ……」

 私は床の上で大の字になった。

 しばらく、ぼうっと天井を見つめていると、ふとある考えが浮かんだ。

「私の姿は公任さんにしか見えないんだよね。だったら……」

 私は、公任さんほどじゃないけど意地の悪い笑みを浮かべて、むくりと起き上がった。


 私は今、公任さんの仕事場に来ている。内裏っていうらしい。

 少し迷ったが、途中で牛車(牛が引く車みたいなの)にタダ乗りさせてもらい到着することが出来た。

 私の姿は見られないから、勝手に内裏の中に入っちゃっても怒られないもんね~。

「公任さんはドコかな~」

 適当に歩き回って公任さんを探す。

「あっ、いた~」

 見覚えのある後ろ姿を発見し、私は気付かれないように近付いた。

 話している内容が聞こえてくるところでストップ。

「……いやぁ、道長様。今日もまた清々しいまでの晴天ですなぁ。まるで、摂関家の栄華に曇り一つないことを表しているようです。そういえば、先日お詠まれになっ

た和歌。道長様の器の大きさが並々でなられないことを感じさせますなぁ。流石、摂関家の本流。大納言如きの私めにはとても詠むことが出来ませんよ」

「『三船の才』のお前に、そう言われるとは。下手な世辞はよせ、公任」

「滅相も御座いません。『三船の才』など、道長様に比べたら、どうということはありませんよ」

 き、公任さん? いつもと様子が違い過ぎる。

 変な猫なで声だし、人を褒めてるし。

 あの、人をバカにした態度はドコに行ったの?

 ナルシストで、自分のこと「天才」って言ってたし、人をからかうのが趣味なんでしょ?

 これじゃ、ゴマすりじゃん……。

 公任さんが可哀想に思えて、私は内裏を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る