第5話 タイムスリップ⁉

 ユキナリさんが帰った後、私もキントーさんも訳が分からないと言った風に、ポカーンとしていた。

 どういうこと? 何で、ユキナリさんには私が見えないの?

「……あの、公任様」

 部屋の隅に居た女の人の一人が、怯えた声でキントーさんに話しかける。

「……なあ、お前はこいつが見えるか?」

 キントーさんが私を指差す。

「えっと……。何も見えません」

「……そうか。……今日はもうよい、帰れ。私を一人にしてくれ」

 覇気のない声だ。さっき、言い合いをしていた人とはとても思えない。

「……お前、まさか本当に物の怪ではあるまいな?」

 キントーさんが私を見て、尋ねる。

「違いますっ!」

「そうだな。お前みたいなのが物の怪とは、物の怪に失礼だな」

「その言葉の方が失礼ですっ!」

 また言い合いになる前に、ここで少し考えてみよう。

 本当にここはドコなのか?

 何故、みんな着物を着ているのか?

 着物……。

「……嘘。私も……」

 なんと、私も着物を着ていた。さっきの女の人達と同じものだ。

 今まで気付かなかった。これじゃ、本当に阿呆だ。

 着物、変な言葉遣い、キントーという変な名前。

 これ、時代劇なんかじゃない……。

 私の頭が、ある結論を導き出した。

 それは有り得ない、まるでドラマやアニメの中のような、嘘みたいな結論。

「…………タイムスリップ」

「たいむすりっぷ?」

 キントーさんは、この言葉の意味を知らない。

 だって、昔の時代の人だから。

「お前は、たまに天才の私でも知らない言葉を使うな。それで、そのたいむすりっぷとやらは何だ?」

 キントーさんの質問に答えていいものか、迷ってしまったが、私に上手くはぐらかすことはできそうになかった。

「えっとですね、何て説明すればいいんだろ。つまりですね……」

「早くしろ」

「時を越えるってことです!」

「……は? 時を、越える?」

 当然の反応だよね。

「つまりですね、私はあなたのいるこの時代とは別の、あっいや、この時代の未来の時代の人間なんです」

 なんか、日本語おかしい気がする。あ~、もうっ、説明苦手~。

「……まあ、何となくは分かった」

「え? この説明で?」

「天才だからな」

「さすがっ! って、そうじゃなくて。……でも、信じられないですよね、有り得ないですよね?」

「ああ、時を越えるなど有り得ん。信じられるか。しかし、天才の私はこう考える」

「その考えは?」

 ゴクリとつばを飲み込む。

「これは、夢だ」

「……は? 夢?」

 あまりにも簡単な答えで拍子抜けしてしまった。

「そうとしか考えられん。少なくとも、時を越えたなどという、突拍子もない考えよりはましだ。……それに、お前が私にだけ見えるなど、都合が良過ぎる。あと、あ

権鬼ごんきいや行成に、この天才の私が醜態を晒すなど、夢でもなければ有り得ん」

 プライド高いなぁ。

「でも、その通りですよね! 夢に決まってます!」

「ああ。こんな夢、珍しいぞ。さすが天才、凡人とは見る夢まで違う。夢が覚めたら、早速、陰陽師に占ってもらおう。どんな吉夢か楽しみだ」

「キントーさんの夢なんですか? 私の夢じゃあ?」

「覚めれば分かることだ。私の方だと思うがな」

 そっか、夢かぁ……。

 早く覚めて、ドラマ見たいなぁ……。

「……って、痛っ!」

 ほっぺたをつねってみた。痛かった。

「これ、夢じゃないっ⁉ 嘘っ⁉ 本当にタイムスリップ⁉」

 夢だったら、痛くないはず。

「落ち着け。……まあ、そんな夢もある」

「そそそ、そうですよね。夢ですよね。超リアルな夢ですよね」

「ああ、そのちょうりあるな夢に、この天才、藤原公任が付き合ってやるのだ。感謝するのだぞ」

 キントーさんは尊大な口調で言った。

 

 覚めない夢なんてない。

 きっと、すぐに覚めるはずだよ。

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