第4話 行成ビジョン

 行成ビジョン。

 ちなみに、彼にはこう見えていました。

「ああ。この女房と言い合いをしていた」

 何もない空間を指差す公任。

「…………はい?」

(何、言ってんだ、こいつ)

「こいつが、天才の私を侮辱したのだ。君も見たまえ、こいつの阿呆面を」

 (あなたの阿呆面しか見えません。あと、自分で天才って言うな)

「何だと、女房の分際で。阿呆阿呆阿呆」

 (たまに子どものような事を言うんだよな、この人。いつか失脚して大納言の位、空かないかな)

「……お言葉ですが、公任殿。何処に阿呆面の女房がいるのです?」

「行成君。女房如きに気を使わんでも良いぞ」

「あ、いえ……」

 (別に、気を使ってない。というか、その女房何処だよ)

「私には妻も子もおるわ。お前こそ、嫁の貰い手がないだろうよ」

(何故、いきなり妻子の話を……)

「無理だろう」

 (何が?)

「ぱぱって何だ?」

 (こっちが聞きたいわ……)

「公任殿。先程から何を一人で話しておられるのですか?」

「……は?」

 間の抜けた顔で固まる公任。

「ですから、何故一人で騒いでおられるのか、と聞いているのです」

 (分かれよ、天才なんだろ?)

「……何を言っておるのだ、行成君。君もこの女房と同じで阿呆になったか」

 (阿呆になったのはどちらだ)

「阿呆で間抜けなのは公任殿の方です。女房なんて何処にいるのですか? あちらの隅であなたの奇行に怯えている女房達なら見えますが」

「いや、あいつらではなく、こいつだ。この阿呆面の」

 またもや何もない空間を指差す公任。

 どう見ても、そこには何もありません。

 (……本当、何言ってんだ、こいつ。面倒臭ぇ)

 以上、行成ビジョンでした。

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