第3話 公任と行成
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ」
「阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆」
「公任殿」
女子高生とオジサンの幼稚なケンカに誰かが口を挟んだ。声は扉の外から聞こえた。
「公任殿」
声が少しだけ大きくなる。
「全く、誰だ。……ああ、今参る」
キントーさんが来客を迎えるため、背を向けた。私はその背中にあっかんべーをしてやる。
扉が開かれた。そこにはキントーさんより若くて、無表情なイケメンが立っていた。
「……行成君か。どうした?」
その「ユキナリ」と呼ばれたイケメンも、着物だった。濃い青の着物。もしかして、ここは時代劇の撮影所か何かだろうか。
そう、私は未だにここがドコなのか分かっていない。
まあ、それは後にして……。
私はキントーさんとユキナリさんの話に耳を傾けた。
「いえ、いつも暇なのか誰よりも早く参内され、何かに付けて人をからかいになる公任殿が、今日はいらっしゃらないようなので、こうして私が様子を見に来たのです。……それで、どうかなさいましたか?」
なんか、嫌味言われてる?
「ああ。この女房と言い合いをしていた」
キントーさんが私を指差して言う。
「…………はい?」
ユキナリさんがキョトンとした目で私を見る。
「こいつが、天才の私を侮辱したのだ。君も見たまえ、こいつの阿呆面を」
「誰が阿呆よっ! 腐れナルシストッ! バカバカバーッカ!」
「何だと、女房の分際で。阿呆阿呆阿呆」
また子どもみたいな言い合いが始まろうとしていたが、ユキナリさんの言葉で収まった。
「……お言葉ですが、公任殿。何処に阿呆面の女房がいるのです?」
「ほら、私は阿呆面じゃないって言ってるじゃん!」
ユキナリさんって、いい人だなぁ。イケメンだし。
「行成君。女房如きに気を使わんでも良いぞ」
「あ、いえ……」
「今時、亭主関白なんて流行りませんよ~。あなた、絶対に女性にモテないでしょ?」
「私には妻も子もおるわ。お前こそ、嫁の貰い手がないだろうよ」
「よく、そんなんで結婚できましたね。それに私だって、普段はこんなに怒りません。きっとその内、ステキな彼氏ができて結婚して子ども産むもん」
「無理だろう」
「あなたみたいなのにもできたことが、私にできないはずがないです。あなたは子どもに『パパみたいには絶対にならない!』って宣言されるタイプですね」
「ぱぱって何だ?」
私が言い返そうとした時、ユキナリさんの声がそれを遮った。よく通った声だった。
「公任殿。先程から何を一人で話しておられるのですか?」
「「……は?」」
ユキナリさんの言葉を私達は理解できず、一瞬固まってしまった。
「ですから、何故一人で騒いでおられるのか、と聞いているのです」
一人?
「……何を言っておるのだ、行成君。君もこの女房と同じで阿呆になったか」
「そうですよ、ユキナリさんっ!」
「阿呆で間抜けなのは、公任殿の方です。女房なんて何処にいるのですか? あちらの隅であなたの奇行に怯えている女房達なら見えますが」
確かに、部屋の隅には怯えた表情の女の人たちがいた。しかも、その人たちも着物だ。
「いや、あいつらではなく、こいつだ。この阿呆面の」
キントーさんが私を指差した。
「あっ、またアホって言った!」
「そこには何もございませんが……。もしや、物の怪の類が見えているのですか。でしたら、陰陽師を呼んで祓わせましょう」
「も、もののけっ⁉」
って、おばけみたいなやつだよね。
「いや、さすがに物の怪はないだろう。私をからかっているのかね、行成君。君にそのような趣味があるとは聞いたことがないが……」
「はい、公任殿のように人をからかって楽しむという悪趣味はございません。冗談を申しても無駄なだけです」
ユキナリさんは、すごく冷静な口調で答えた。
「……ほ、本当に、こいつが見えないのか?」
「ええ、見えません」
きっぱりだ。私はここにいるのに……。
「「…………」」
あまりのことに、私もキントーさんも黙ってしまう。
一体、どういうことなの?
二人とも何も言わないので、ユキナリさんが溜め息まじりに言った。
「……どうなさいますか、公任殿。参内出来ますか?」
諦めたように、ユキナリさんが聞く。
「あ、いや。……今日は気分がどうも優れないようだ。すまんが、今日は休むと皆に伝えておいてくれ……」
その言葉を聞いたユキナリさんの顔が一瞬、ほんの一瞬だけすっごく不機嫌そうになった。「チッ、面倒くせぇな」みたいな感じ。
「承知しました」
冷めた声でそう言った後、ユキナリさんはサッサと帰って行った。
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