第2話 ここはドコ?
「……おい、起きろ……おいお前、起きろ」
誰かの声が聞こえた。
起きろって、もしかして私、寝てた?
「……すっ、すいませんっ、えっと……」
私は飛び起きて、起こしてくれた相手にお礼を言おうとした。しかし、お礼の言葉は驚きで飲み込まれた。
「やっと、起きたようだな」
……ここはドコ?
私は紫音、記憶喪失ではないみたいだけど……。
え、ちょっと待ってよ。ここはドコ? マジでドコ?
私は公園のベンチで寝てたはず。誰かの家の中、床の上で寝た覚えなんてない。桜並木やクレープ屋さんが近くに見えるはず……。
それに、この人……。
私を起こしてくれた人を見る。
着物。どう見ても着物。頭の上には変な形の帽子を被り、髪をその中に入れているみたい。
三十代半ばの男の人で、顔は普通。
でも、着物。何度見ても着物。色は紅葉みたいな橙色。
時代劇とか大河ドラマで見たことがある。
というか、さっき教科書でこの着物と同じ様なのを着た人の絵を見た。
平安時代の貴族……。
「何、じろじろと見ておる。無礼者め」
「あっ、ごめんなさい。えっと、その……」
まだ上手く状況が飲み込めない。
何で、私の目の前に平安時代の貴族風の格好をした人がいるのか、それにここはドコなのか。
「何だ、言いたい事があるなら早く言え」
「あっ、はい。えっと……。あなたは何者ですか?」
その言葉を聞いた途端、男の人はかなり不機嫌そうな顔をした。
あ、もしかして「何者」は失礼だったかも……。
「な、何者だと。お前、私の女房だろう。寝惚けて、仕えている主君の顔まで忘れたか」
はい? この人、何言ってんの? 女房って妻って意味だよね。何で私がこの人の妻なのよ。
「何言ってるんですかっ! 私はあなたの女房じゃありませんっ! あなたと結婚した覚えなんかないですっ! 変な勘違いしないでくださいよっ!」
私、こんなオジサン、恋愛対象外なんだから。お父さんと同い年くらいだし。
「私とて、お前みたいなのを妻にした覚えはない。既に妻も子どももいる身で、何故お前みたいな阿呆面の女を新たに妻として迎えるのだ」
「初対面の人に向かって、女房だのアホ面だの、あなた失礼過ぎっ! 一体どんな教育受けてきたのよっ? あなたの方がよっぽど、アホじゃないっ!」
どう見たって年上の人だけど、敬語なんて使ってあげないんだから。
「……何だと。たかが女房風情が、この天才「三船の才」、四条大納言、藤原公任に説教とは。阿呆を通り越して、身の程知らずだな。もしや狂ったか?」
その「キントー」とかいう人は、すっごく偉そうな態度で私をバカにしたように言った。
「キントーなんて、変な名前! それに自分のこと天才っていうなんて、超ナルシストッ!」
私も負けずに言い返した。すると、キントーさんのこめかみ辺りにピクッと青筋が浮かんだ。
「なるし……。どうやらこの私を侮辱しているようだな。だったら、お前の名は何というのだ?」
「桜紫音よっ! どう、カワイイ名前でしょ?」
キントーなんて変な名前に負けるはずがない。
「しおん……。ふんっ、お前の方が可笑しな名ではないか。桜という姓も聞いたことがない。どこぞの田舎者なのだ、お前は?」
鼻に付くような嫌な話し方だな。絶対、この人に友達はいないと思う。
「私、都会生まれの都会育ちなの。あなたの方が田舎者じゃないの? 今時、着物ってどんなセンス? そんなコスプレ流行らないよ!」
「こ、こすぷ? それよりも私の方が田舎者だと……。笑わせるわ。まあ、摂関家の本流は逃したが。祖父は清慎公藤原実頼、父は廉義公藤原頼忠、申し分ない出自だろう。私の元服の儀なんて、同世代の誰よりも華やかだったのだぞ」
一瞬、昔を懐かしむような切ない眼差しが見えた。でもこれだって自慢でしょ。親自慢。
「言ってること、訳わかんないんだけど。親や昔がスゴくても、今のあなたはどうなのよっ⁉」
これはどうやら禁句だったらしい。
「なななな、何だとっ! い、今の私だってなあ……。と、とにかく天才なんだよ、私はっ!」
えっ、いきなりの動揺。
「ほら来た、ナルシストッ!」
「何だと、阿呆女房っ!」
しばらく、子どものケンカみたいに言い合っていた。
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