うたの調べ

夢水 四季

第1話 古典なんて大嫌い!

「う~ん、やっぱりチョコバナナクレープは最高だよね~。……これ食べたら~、家帰って~、録画したドラマを一気見して~。えへへ~、楽しみだなぁ」

 私「桜 紫音さくら しおん」は、大好きなチョコバナナクレープを食べながら、幸せそうに頬を緩めていた。

 季節は春。桜が満開の公園で、しかもぽかぽか陽気の中、私の手の中にはクレープ。本当に幸せ~。

 美味しいものを食べてる時って、本当、嫌なことを忘れられるよね~。

「全く、紫音は……。こんなトコでのん気にクレープ食ってる場合じゃないだろ。古典の補習はどうした。……って言っても、毎度の如くサボりか」

「だってだって、古典なんて分かんないし~。数学と英語も分かんないけど、古典だけは本っ当に無理! 何で、そもそも昔の人の書いた話を一々、私達が読んであげなくちゃいけない訳? それにヒドイよ、ともちゃん。私がクレープ食べて幸せ~ってなってるときに、大っ嫌いな古典の話をするなんて。せっかく忘れかけてたのに~」

 私が必死になって訴えると、友ちゃんは「アンタには呆れたわ」という視線を私に投げかけ、私の隣にドカッと腰を掛ける。ベンチの上に積もっていた桜の花びらを払う仕草がカッコいい。

「古典なんてさ、簡単だろ。単語調べて現代語訳するだけなんだから。数学みたいに複雑な計算もないし、英語と違ってこれは日本語だぞ。ちょっと勉強すればすぐに出来るだろ」

「友ちゃんは頭いいから、そんなことが言えるんだよぉ。私と友ちゃんを一緒にしないでよ~」

 私の親友で幼なじみの友ちゃんは、昔から頭が良くてキレイだし、ちょっと男勝りな所はあるけど、本当は優しくて……。えっと、とにかく自慢の友達だ。

「紫音はさ、出来ないんじゃなくて、やらないんだよ。最初から出来ないって決め付けるから、駄目なんだ。ほら、一回だけでも挑戦してみたら?」

 そう言って、私にデコピンをする。

「痛っ、何するの~」

「補習サボった罰。……じゃ、私はもう行くから」

 友ちゃんは立ち上がって、私に背を向ける。

「待ってよ~、友ちゃん」

 私も立ち上がって、友ちゃんを追いかける。まだクレープ食べ切れてないのに~。

「私、今日塾なんだけど」

 友ちゃんが振り返って「忘れたのか?」という視線で私を見る。

「あ、ゴメン。そうだった」

 友ちゃんは塾に通っている。学校の勉強+塾なんて、私には無理。さすが、友ちゃんだ。

「本当、紫音は忘れっぽいんだから。……じゃ、バイバイ。ドラマばっか見てないで、ちゃんと勉強もするんだよ」

「うん、バイバーイ。また明日ねー」

 友ちゃんは桜並木を颯爽と歩いて行った。

 カッコいいなぁ……。


 友ちゃんは塾に行ってしまい、クレープも食べ終わってしまった。かといって、家に帰るのにはまだ早いかなと思った。

「出来ないんじゃなくてやらない、かぁ……」

 私は友ちゃんに言われた言葉を思い出しながら、まだ新しい古典の教科書を開き、パラパラとページをめくる。

「……大江山、保昌と袴垂。行成と実方。……あっ、竹取物語だ。……帝、にはかに日を定めて、御狩りに出で給うて……。無理、こんなの私の知ってるかぐや姫じゃないじゃん。……枕草子だ、中学の頃、暗唱テストしたっけ。全然覚えてなかったなぁ。友ちゃんは完璧だったけど。……源氏物語だ。いづれの御時にか、女御・更衣あまた候ひ給ひける中に……。女御、更衣って何者⁉ 候って何? 給うって? ……あ~、もうっ、やっぱ無理!」

 私は家でよくやるように、ベンチの上で寝っ転がって、教科書を頭の上に被せた。お行儀の悪い格好だけど、まあいいや。

「古典なんか出来なくても、将来困んないもん」

 いつもの言い訳だ。それで、いつも寝ちゃうんだよね。

「あ~、いい天気。……なんか、眠~」

 まさか、外で寝るとは思ってもいなかった。

 だけど、その日は本当に良いお天気で、ぽかぽかしていて、お昼寝には最適で、学校で古典の授業を受けている時みたいな気分だった……。

 そのせいで、私の目は自然と閉じていったのだ。

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