第7話 道長との差
公任さんが帰って来たのは、次の日の夕方だった。
泊まり込みで仕事をすることもあるらしい。
私は、夢の中にいるからなのか、不思議とお腹が減らなかった。なので、その辺の心配はいらないのだ。
「今、帰ったぞ。ああ、疲れた。……明日は休みだからな。天才らしく詩作にふけろうか……って、お前、何だ、その目は?」
私は多分、公任さんを哀れみの視線で見ていたのだと思う。思ったことが、すぐに顔にも言葉にも出てしまうから。「それ直しなよ」と友ちゃんに言われたが、いつまでも直らない。
「あの……」
「何だ?」
「えっと……。公任さんがいつも天才って言っているのは……、その、強がりなんですか?」
「いきなり何を言い出すのだ。私は天才『三船の才』、四条大納言、藤原公任だぞ。強がりではない、事実だ」
「でも、あの藤原道長と話しているとき……」
これを聞いたとたん、公任さんの顔色が変わった。
「ま、まさか、お前、内裏に来たのか?」
「……はい」
ただの好奇心だった。
公任さんの仕事場が気になっただけなのだ。
「…………」
公任さんは床の上に項垂れた。
「……私だってなぁ、好きでごますってる訳じゃない。何が『この世をば我が世と思う……』だよ。あんな和歌ただの自慢だろうが……。昔はなぁ、皆が私を天才天才
と褒めてくれた。皆、私の影さえも踏めないって言われてたんだよ、勿論、道長もな。……それが今や、どうだ。家は傾き、摂関家の本流は道長のもの……」
公任さんがグチり出した。
今の公任さんは天才じゃない、ただのオジサンだ。
私は公任さんのことは好きじゃなくて、どっちかっていうと嫌いだけど、こんな姿が見たかったんじゃない。弱みを探しに内裏に行った訳じゃない。
「……お前、確か『あの藤原道長』と言ったな。……それはつまり、道長の名は後世にまで伝わったが、私の名は伝わらなかったということだな。私が詠んだ和歌や漢
詩も後世には伝わらず、意味の無いものという訳だな。だったら、こんなもの作って何になるというのだ……」
多分、伝わらなかったわけではない。
私が知らなかっただけなんだ。
私が古典の勉強をサボっていたから、公任さんの名前を見過ごしたんだ。
「どうせ、私が何かしても伝わらない。どうせ……、どうせ……、私なんか……」
なんか、公任さんがおでんの屋台でグチってるサラリーマンに見えてきた。
というか、可哀想というより、だんだんイラッとしてきた。オジサンのグチを延々と聞かされるのだ。たまったものじゃない。
「どうだ、私の弱みが見られて嬉しいか? 哀れだと思うか? 笑いたければ笑え……」
公任さんが自嘲するように、私を見て言った。
「バカァッ!」
バチーンッ!
「へぶっ」
引っ叩いた、思いっきり。
公任さんは変な声を出して、崩れた。
「いつまでウジウジしてんのっ⁉ あなた、天才なんでしょっ⁉ いつもの偉そうな態度はどうしたのよ、この大バカーー‼」
公任さんがぶたれた頬を押さえながら、唖然とした目で私を見ている。
「全くもうっ、大人のくせに、貴族のくせに、天才のくせに、情けないよっ! 世の中にはね、失業して仕事がなくなっちゃって、それでも頑張って就活してる人が沢
山いるんだからねっ! 公任さんみたいに、ちゃんとした仕事、しかも大納言っていう現代でいったら何とか省のトップくらいの仕事があるのに、ホントもう何言ってんの、って感じ! あなた、天才なんでしょ? 『天才は一%のひらめきと九十九%の努力である』って、エジソンも言ってるじゃん、知らないだろうけどさ。……九十九%の努力をしたんでしょ? だったら、もっと自信を持ちなよ、いつもみたいにさ!」
なんか、かなりズレてる気がするけど……。
「ぱあせんと? えじそん?」
公任さんは、キョトンとした顔で聞いている。
「……それにさ、千年後の日本にも公任さんの名前は伝わってると思うんだ。藤原氏の家系図とかが古典の資料集に載ってたし。……それでも不安ならさ、私が公任さんが伝えたいことを責任を持って後世に伝えてあげる。私に任せてっ!」
ドーンと胸を張って言う私。ちょっとカッコいいかも。
「……ふん。阿呆のお前如きに、この私の思想が理解出来るか」
いつもの嫌味だ。
「だったら、私でも理解できるように教えてよ。天才なんだから簡単でしょ?」
「ふっ、愚問だな。まあ、どうしてもというなら仕方あるまい。感謝せよ」
公任さんは偉そうに鼻を鳴らして、そう言った。
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