第11話 うたの調べ

「……公任さんって、紅葉が好きなんですか?」

「ああ、よく分かったな」

「だって、着物の色が紅葉と同じ色ですし」

 次の目的地に向かう牛車の中、私は公任さんの着物を見て訊ねた。

 公任さんの着物は橙色だ。さっき見た紅葉と同じ色をしていたので、もしかしてと思い、聞いてみたのだ。

「紅葉もキレイだと思いますけど、私はやっぱり桜が好きですね、桜紫音ですし」

「まあ、私は春といえば、桜よりも梅の方が好きだがな」

「何それ~、私に対する嫌味ですかぁ?」

 公任さんのからかい口調にも慣れた。

「さあな。……そろそろ着くようだぞ」

 公任さんが牛車の簾を上げて言った。


「ここは?」

「大覚寺、嵯峨天皇の離宮があった所だ」

 紅葉が美しいお寺。

 公任さんに続いて、私も大覚寺の中に入る。

 少し進むと石碑の様なものがあり、公任さんはそこで止まった。

「何ですか、これ?」

「昔、ここに名古曽の滝という滝があったそうだ」

 過去形……。今、水は全く流れていないようだ。

「今はもう、涸れちゃったんですね……」

「ああ。しかし、その名だけは伝わって、今日でも知られている……。私もいつか死ぬ。それはどうやっても、抗うことは出来ないが、私の名、私の詠んだ歌は残る。私のことを誰かが覚えていて、伝えてくれる限り、千年経とうと私の名は残る……」

 なんで、古典の勉強をしなければならないのか……。

 それは、昔の人たちのことを忘れないでいるためだ。

 彼らだって、伝えたいことが沢山あったはず。

 自分のことを忘れられるのは、誰だって寂しい。

 だから、伝えていってあげなければならないんだ。

「わ、私が伝えますっ! 絶対に公任さんの名前も歌も伝えますっ! だから、千年経っても、残ってるっ! 私が覚えてます、忘れませんっ!」

「そうか……。ありがとう、紫音……」

「えっ、今っ……」

 彼が初めて呼んでくれた私の名前は、とてもとても優しい響きだった。


 そこで突然、私の意識は遠のいた……。


  滝の音は

  絶えて久しくなりぬれど

  名こそ流れて なほ聞こえけれ


 遠のく意識の中、優しい、うたの調べが聞こえた気がした。


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