for I am【スクワード×レオナルド】

※後編から欠損表現あります。ハピエン寄りのメリバです。




その日、朝日が昇る少し前に、産声が聞こえた。


「レオ、手が空いたら来てくれ」

家の主人のモーリスに呼ばれ、隣の部屋にノックをして入る。そこにはモーリスとその妻のエリーナ、そして、今朝産まれたばかりの赤ん坊が揺りかごの中で眠っていた。その健やかな眠り顔に、レオは思わず笑顔になった。

「奥様、おめでとうございます」

「ありがとう、レオ。さあ、こちらへ来てちょうだい」

産後の疲れを見せながらも、幸せそうに笑うエリーナに恐る恐る近付くと、彼女の腕の中にはすやすやと眠る猿のような小さな生き物がいた。そのか弱さといとおしさに、腹の中からじんわりとした気持ちが溢れてくる。

「スクワードという名前よ。男の子なの」

「初めまして、スクワード坊ちゃん。私はこの家の家政夫アンドロイドのレオナルドと申します」

レオナルドが挨拶をすると、その赤ん坊は「ふにゃ」と泣き始めてしまった。あわてて揺りかごから離れると、エリーナが吹き出す。

「いやね、レオったら。赤ん坊は泣くものよ」

「レオは本当に人間みたいなやつだなあ。これからナニーの代わりもしてもらうのだから、よろしくやってくれよ」

「貴方の弟として、成長したら主人として……面倒見てね、レオ」

モーリスとエリーナにお願いされて、レオナルドは幾度も頷く。この子を守るために、自分は存在すると思うと、鉄と油で動いている胸が高鳴った。


レオナルドは、セクサロイドとして作られた男型の人工知能を持つアンドロイドだ。ところが、何の手違いか、工場の装置にウイルスが入り込み、体はセクサロイドだが、中身は家庭の家事用のシステムが組み込まれた人工知能が入ってしまった。気付くのが遅く、レオナルドと同じようなちぐはぐなアンドロイドが何十体も作られてしまった。人工知能を入れ換えるのは決して安くない金額だった。半分ほどは再生に入り、もう半分は採算がとれないということで廃棄になった。しかし、廃棄にもお金がかかる。困った工場は、安価で家庭用ロボットとして知り合いに売り捌いた。そこで、レオナルドはモーリスに買われ、この家で使われることになった。


アンドロイドが差別される世の中で、この家のモーリスたちはレオナルドを人間のように扱ってくれた。さらに、待望の赤ん坊が産まれ、その世話も任すと言ってくれたのだ。


とてもとても幸せな時間が続いた。


そう、あの、世界大統領が、アンドロイドによって撃ち殺される事件が起きるまでは……。


***


「坊ちゃん、大丈夫ですか?」

「うん」

もぞりと薄い毛布から顔をだしたのは、まだ幼さを残す可愛らしい少年だ。スクワードは12歳の誕生日を、ついこないだ迎えたばかりだった。

「さあ、ご飯を食べてください」

「……うん」

レオナルドはご飯、というには物足りないだろう少量のパンをスクワードの膝においた。今日もこれだけしか、手に入らなかった。

「……固い」

乾燥したパンは、お世辞でも美味しいとは言えない。主にこんなものしか食べさせられず、とても悔しかった。

「申し訳ございません、坊ちゃん」

スクワードは無言でもそりもそりと咀嚼していた。外では銃撃の音がする。ここは、他人の家の物置らしき小部屋だった。家自体は半壊しているが、ここならバレずに隠れられる。

「お水は、そこの川で汲んできましたよ」

「うん」

「本当は熱湯や薬で消毒したいのですが……」

「いいよ、もう、大丈夫」

この放浪の生活をはじめたばかりの頃は、スクワードはお腹をすぐ壊していた。殺菌された綺麗な水道水と、汚れのない食べ物を食べていた人間には、サバイバルは慣れるまで大変だった。レオナルドはぎゅっとスクワードを抱き締める。

「な、何?」

「私が、貴方を必ず生かします」

「……うん」

抱き締めながら頭を撫でると、スクワードも恐る恐るレオナルドの背中に手をまわした。


三ヶ月ほど前、アンドロイドが人間に反旗を翻し、戦争が始まった。アンドロイドは人工知能を破壊されない限りはパーツを替えてすぐに戦えるため無敵だった。戦争というよりは、人間に対してのジェノサイドだ。


田舎の地区に住んでいたスクワードたちは、情報が入ったときに慌てて逃げようとしたが遅かった。スクワードの父母は、家のリビングにいたところを外からの銃撃を受けて殺害された。目の前でそれを見てしまった幼いスクワードは間一髪のところをレオナルドに救われて、台所にある床下収納庫に押し込められた。レオナルドは中に入ってきたアンドロイドを迎え撃った。幸い、攻撃してきたアンドロイドたちに温度センサーはなく、スクワードは見つからなかった。


エリーナが焼いたクッキーをスクワードが摘まみ食いをして怒られていた台所、モーリスがスクワードと寝転がりながらゲームをしていたリビング、優しい匂いがしていた家が、銃弾によって破壊された。レオナルドは襲ってきたアンドロイドを破壊した後、大切な二人の遺体に毛布をかけ、スクワードに見せないように隠した。涙は出なかった。セクサロイドは涙や汗、精液は出るはずだが、中身が家庭用のアンドロイドだったから、涙を出すスイッチはレオナルドの中にはないのかもしれない。それとも泣くほど現実を受けられなかったのだろうか。

『坊ちゃん、さあ』

床下の扉を開いた瞬間、スクワードは立ち上りレオナルドに抱きついた。震える肩を抱き締めながら、レオナルドは持っていたフードつきのコートを羽織らせ、深く被らせる。

『怖かったでしょう』

『……父様と母様は?』

『残念ながら……』

レオナルドは、その時のスクワードの目を見てゾッとした。


その目はどす黒く濁って絶望を感じていた。


それから数日は自宅で過ごした。貯めていた食料が尽きたとき、二人の遺体から臭いが出てきたとき、レオナルドはこの屋敷を出ようと決意した。スクワードはずっと両親の側にいると泣いたが、そんなことはできなかった。薬を飲ませて眠らせた後、少しの荷物と共に、移動を開始した。家を出るとき、屋敷には火をつけた。レオナルドにとっても、あそこは優しくていい思い出しかない「家」だったから、誰にも踏み入ってほしくなかった。


レオナルドはスクワードを人間のコミュニティに連れていこうと思っていた。しかし、数日の間に、周囲の人間は虐殺されており、生きている人間は隠れてしまった。兵士たちはたまに見かけたが、兵士のような男の集団に、この可愛らしい少年を預けるのは抵抗があった。せめて子供たちがいるような、大きな集団があればとレオナルドはスクワードを背負いながら、荒れた土地をさ迷い続けた。


時には何十時間も歩き、時には敵に見つかり撃たれそうになったこともあった。アンドロイドには食料は必要ないため、人が食べれる食料を売っている場所も置いてあるものもなく、スクワードはいつもお腹を減らしていた。


それについて幼いスクワードは理解して我慢していた。先程食べたカビの生えかけたパンも、レオナルドがなんとかして手に入れた食料だ。まだ我が儘を言って通用するような年齢なのに、我慢している姿はとても痛々しい。


「坊ちゃん、少し痩せましたね」

レオナルドがスクワードの頬を撫でる。少しどころではない。飢えというものを知らないレオナルドにとって、スクワードの辛さは想像しかできない。スクワードは薄く笑って「そうかな」と言った。

「思った以上に、ここは物がないです。隣町に行きましょう。隣町は、以前は農園の豊かな地区でした」

「農園……林檎あるかな?」

「さて、あるかもしれません………さあ、坊ちゃん。移動します。その対センサー用の布を頭まで被って」

「これ、重いからやだな…」

「我慢してください。人間の熱はセンサーがあるアンドロイドには格好の的ですよ」

対センサー用の布を見つけたのは幸運だった。汚れを落とし、スクワードに被らせた。道につけられている温度センサー程度なら、これでなんとかなる。

「レオ」

「何ですか?」

「生き伸びられますように」

繋いだ手にキスを送られる。それを合図に、二人は歩き出した。


***


スクワードが、兄のように慕うレオナルドが人間ではなくアンドロイドであると知ったのは7歳の誕生日だった。親が誕生日パーティを開いてくれて、友達もたくさん呼んだ。スクワードは、格好よくて自慢の使用人であるレオナルドを友達に見せびらかした。その時、友人の一人の母親が、レオナルドを別の名で呼んだ。その人は以前見たアンドロイドとレオナルドが同じ顔をしている、と言ったのだ。


スクワードは、元々アンドロイドが好きではなかった。幼い頃から、あの無機質な瞳が苦手だった。スクワードたちの町にはセクサロイドは表立って出てこなかったから、人間そっくりのアンドロイドがいることを知らなかったのも仕方がない。ショックを受けたスクワードは数日、レオナルドのことを避けた。それを見て、レオナルドは寂しそうに笑うだけだった。


仲直りのきっかけは単純だった。両親が家におらず、庭で一人で遊んでいたスクワードが転んだとき、血相を抱えて家から飛び出してきたのだ。

『坊ちゃん、ご無事で?!』

『…別に……擦りむいただけだよ』

『あぁ、良かった。部屋の中で見てて驚きましたよ』

レオナルドはスクワードを抱き上げてぎゅっと抱き締めた。その時、このアンドロイドは自分を害することがない、守ってくれる存在なのだと、スクワードは理解した。


それがプログラムされたものでも、スクワードにとってはレオナルドは唯一の残された家族だった。


農園はほとんどが焼け野原だった。隠れる場所も少ないため、アンドロイドとも出会わなかった。レオナルドは近くにあった民家に入り、台所を漁る。シンク下に非常食のクッキーを見つけた。開封はされておらず、食べられそうだ。袋を開けて、臭いをかぐ。変なものも、入ってないようだ。

「坊ちゃん、食べられそうですよ」

「本当?」

スクワードは受け取って口に含む。食事は1日ぶりだった。パサパサしていて、それでも美味しく感じた。

「スープも缶詰めもあります」

「火を使ったら見つかるかな……」

「ここだと、センサーがあるかもしれませんからね。持っていきましょう」

「うん」

レオナルドはそこにあった食料を袋に詰めた。缶詰めには埃を被っていたから、家主はたぶん帰ってきていない。盗んでいくのは忍びないが、生き残るためには仕方ない。


歩きながら、民家を覗く。血の後と、腐敗した遺体以外、人がいる気配はない。銃声も聞こえないから、ここはもしかしたら人もアンドロイドもいないのかもしれない。

「坊ちゃん、大丈夫ですか?」

「うん」

「もう今日は休みましょうか」

過去に惨劇がなさそうな家を選んで扉を開ける。近くにあった農園で倒れていた夫婦らしき遺体の家だったのだろう、こじんまりとした小さな家だった。銃痕もない。念のため、レオナルドが家の全体を確認したが、人の気配はなかった。2階に上がると扉の奥にはベッドがひとつおいてあった。埃っぽいものの、使えなくはない。久しぶりに布団のある場所で寝れると、スクワードは機嫌をよくした。

「おやすみなさい」

レオナルドはスクワードを横に寝かし、ベッドの横に腰掛ける。銃を片手に、辺りを警戒しながら目を閉じる。レオナルドは太陽光で自家発電ができるため、晴れが続く日は充電は必要なかったが、完全に機能をとめることはできないのは辛かった。リセットができない分、パソコンのようにデータが蓄積されていく。もぞりと、スクワードが布団の中で動いた。

「レオ、一緒に寝て?」

「……坊ちゃん?」

「……嫌なことを思い出したんだ」

「……わかりました」

レオナルドは布団の中に入り、あやすようにスクワードの背中を叩く。スクワードは少し笑い、目を閉じた。

「レオ」

「はい」

「一緒に、いてくれてありがとう」

「いえ、当然のことです。私は貴方を守るために存在しているのですから」

「どうして、アンドロイドは人を殺しはじめたかな」

「……それは、私にはわかりません」

人間に虐げられてきたアンドロイドたちはたぶんたくさんいる。けれどもそれと同じくらい、レオナルドのように人間に愛されたアンドロイドもいたはずだ。それなのに、どうしてアンドロイド間で争いが起きないのかが不思議だった。自分はもしスクワードが危害を与えられたら、相手のアンドロイドを破壊するだろうに。

「早く、人間に会いたいですね」

「………そうだね」

そのスクワードの返事は少し間が空いたが、寝はじめたのだと思い、レオナルドも目を閉じた。


翌朝、レオナルドの耳が、小さな音を拾った。起き上がって集中すると、誰かの話し声だった。スクワードを揺り起こし、声を出さないようにと注意して、対センサーの布をスクワードに被らせた。

「でさ………ユライ……」

「そ………ち……」

ザザザという雑音と共に聞こえてくる音は、こちらに向かって来ているような気がした。不安そうに眉をしかめているスクワードの手を取り、ベッドの下に入れる。最悪なことに男はレオナルドたちのいる家に入ってきた。二人組らしい。しかも銃器のようなものを持っている。

「だから、ジーク、何度もいってるじゃないか。ここは人なんていないって」

「いや、昨日何か動いているのを見たんだよ。夜だったから深追いはしなかったけど……ほら、見ろよ。これ……」

「埃が………」

「こっちには積もってるのに、ここはないぞ。誰かがいたからじゃないのか?」

「アンドロイドだったらどうするの」

「決まってるさ、あいつらと出会った直後から痴話喧嘩の開始だよ」

男たちは人間らしい。ホッとしたのも束の間、階段が軋む音がする。男が上がってきたのだ。レオナルドは護身用の銃を握りしめて、スクワードに目配せをする。何があっても合図があるまで出てくるなと、唇を動かした。男たちは会話をしながら、レオナルドたちのいる部屋のドアノブに手をかけた。そしてゆっくり回す。


扉が開いて、金髪の防護服を着た男の姿を目が捕らえた、と思った瞬間、レオナルドは右肩に衝撃を受けた。金髪の男に撃たれたのだ。

「…………っ!!アンドロイドか!!ジーク、来るな!!」

「やめて!!!!」

金髪の男は後ろに声をかけながら再度引き金を引く。2発目は当たらなかった。男の射撃の腕はかなり良い。2発目はレオナルドの頭を確実に狙っていた。当たらなかったのは奇跡だった。レオナルドが撃たれた瞬間、スクワードが、飛び出してきたのだ。それを体で覆うように抱き止めたレオナルドは、2発目の弾丸を額にかすっただけですんだ。

「坊ちゃん!!」

「撃たないで!!僕は人間です!!」

金髪の男は目を見開く。後ろから「ユライ!!」ともう一人の男が駆け寄ってきた。

「大丈夫か?」

「あぁ、ジーク。アンドロイドと……子供がいる」

「アンドロイドと?」

ジークと呼ばれた背の高い男はゴーグルを外し、眉を寄せる。

「アンドロイド、なのか?」

「た、助けてください」

レオナルドは動く左手で、スクワードを抱き締める。右腕はもう治さないと動かないだろう。かすった左の額は、塗装が剥がれているかもしれない。

「助けてください。この子は人間です。敵ではありません」

「レオ、レオっ、うわああああん」

スクワードは大声で泣いた。レオナルドが居なくなったら、自分が一人になってしまうことがわかっていた。ジークが銃を下ろした。それにユライが威嚇する。

「ジーク、よせっ」

「ごめんな。俺の仲間が間違えて撃っちまった。そんな泣くなよ。なあ、ユライ、この子に害はないだろ」

「ジーク!」

「チョコレート食べるか?甘いものは、今はあまり食べれないだろう」

泣き止まないスクワードに、ジークは近寄って胸元から出したチョコレートを手渡した。レオナルドは持っていた銃を床において、金髪の男の方に滑らせる。抵抗する気はないという意思だ。それを見たジークを止めた金髪の男……ユライはため息をついて、銃を下ろした。それから皮肉げにふんと笑った。

「君のそういう甘いところは命取りになると思うよ、ジーク」


***


「俺はジーク、あっちはユライ。君たちは?」

「こちらはスクワード様です。私は家庭用アンドロイドのレオナルドと言います」

グスグスと泣きながら、貰ったチョコを頬張るスクワードを見て、レオナルドは思わず頭を撫でる。両親を殺されてから感情が欠けたかのように笑いも泣きもしなかったスクワードが久しぶりに大泣きしたのだ。今もレオナルドの膝の上に座って離れようとしない。

「それにしても、なんでこんなところにいるんだ?」

「こんなところ?」

「この町は広くて隠れにくい上にアンドロイドたちの監視が強い。農園が多く、前は賑わっていたからな。俺たちは監視センサーがどこにあるかだいたい把握してるからそれを避けて来たが、人間がいるとわかったらセンサー自身がすぐに発砲してくるぞ」

レオナルドは息を飲んだ。自分は危ないところにわざわざスクワードをつれてきてしまったのだ。

「………坊ちゃんの食べられるものを探しに来たんです。農園なら、何かあるかと……」

「なるほど」

「あの、坊ちゃん位の子供がたくさんいる所を知りませんか?できれば、危なくない場所で」

「……危なくない場所なんて、地球上にはもうないぜ」

「……そうですか」

「キオンが孤児を集めていた所があるだろ。あそこに連れていけばいいんじゃない?」

そう言ったユライは少し離れた窓際で、警戒しながら外を見ていた。

「キオンが?あぁ。あの町か……」

ジークは思い出したように、手を叩いた。

「あの、良かったらその町を教えていただけませんか?」

「もちろん、ここから数週間はかかるかもしれないが」

「構いません」

疲れを知らないレオナルドは電力さえあれば何年も歩き続けることができる。片腕が使えなくなってしまった今、早くこの子供を安全な場所に連れていきたい。スクワードはそんな気持ちを読み取ったのか、レオナルドの右腕に触れた。

「レオ、右手大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ。部品さえあれば治りますので………」

「あの、お兄さん、レオの手を治して下さい」

スクワードはレオナルドの膝から降り、正座をして地面に手と頭をつける。その姿に、3人は息を飲んだ。

「お願いします。レオの右手、治して下さい。お金はないですけど、持ってるもの全部あげます」

「坊ちゃん、私は……」

修理しなくても大丈夫とレオナルドが否定するのを遮って、スクワードは持っていた袋をジークに差し出す。

「これ、まだ食べられるご飯です。あげます」

「坊ちゃん……」

自分のお腹が空いているはずなのに、自分の持っているものはこれしかないとジークに押し付ける。ジークは手を添えて押し戻した。

「いや……お、俺たちにアンドロイドを治すのは無理だ……」

「ノーツならできるんじゃない?」

戸惑うジークの肩を叩いてユライはスクワードの近くに寄ってきた。そして、スクワードが身に付けている対センサー用の布を摘まんだ。

「君、良いの持っているね。対センサー用の布地だ。かなり高級の品物だね」

「これ?」

「僕らの知り合いに君のアンドロイドを治してくれそうな男がいる。これをくれるなら、交渉してやってもいいよ」

慌てたのはレオナルドだった。この対センサー用の布がないと、アンドロイドにスクワードは人間だと認識されてしまう。自分の右腕より、スクワードの安全の方を優先すべきだ。

「ダメです!!これは坊ちゃんに必要なものです!!」

「お願いします」

「坊ちゃん……!」

レオナルドが止めるのを聞かずに、スクワードは頷いた。差し出そうと布を脱ごうとしたスクワードを止めて、ユライは首を横に振った。

「今脱がれても困る。僕たちの隠れ家に着いたら貰うとしよう。ついておいで」

ユライは銃を背負い、部屋を出ていく。スクワードも布をしっかり被り、小走りでユライを追いかけた。残されたジークとレオナルドは互いに視線を合せ、肩を竦めた。


***


「やあ、やあ、随分大きな荷物を拾ってきたね」

ジークたちの隠れ家は歩いて数十分のところにあった。瓦礫の山のなかに、入り口があって、そこの下に2部屋ほどの地下室があった。どうやら彼らは長くここで生活をしていたわけでは無さそうだ。物がとても少ない。

「ノーツ、ただいま。君が欲しがっていたアンドロイドの部品は見つからなかったよ」

「君たちが勝手に出ていったおかげで、取り残されたのかと思った。俺は最悪の目覚めだったよ。そちらのお兄さんはアンドロイドじゃないのか?」

ノーツと呼ばれた汚れた白衣を着た男がレオナルドを指差した。ジークは「ユライもノーツも、どうしてひと目でわかるんだ?」と驚く。ノーツは吹き出した。

「さあてね、なんでわかるんだろうか」

「謎解きみたいなのはやめてくれ。こっちはレオナルド、この子はスクワード。こいつはノーツ」

「よろしく」

手を出されて思わず手を差し出す。ノーツはニコニコと笑いながらレオナルドと握手をした後、スクワードと視線を合わせるためにしゃがみこんだ。

「この子は人間の子だ」

「あの、レオの右手、治せますか?」

スクワードは挨拶より先にノーツに問いかけた。それを聞いたノーツは首をかしげ、ユライを見る。

「どういうこと?」

「敵だと思って僕が間違えて撃ったんだ」

「それで、君のミスで壊したから、俺に憎きアンドロイドを治せって?」

憎き、という言葉にレオナルドは狼狽えた。確かに、自分はアンドロイドだし、憎まれてもしょうがないのだ。それに怯まなかったのはユライだけだった。

「牛肉の缶詰3つ」

「冗談じゃないね」

「塩アメ、5袋」

「それは君の嫌いな物じゃないか、なぁ、ジーク」

話を振られてジークは苦笑いをした。話を振られても困ると言う顔だ。スクワードは、嫌がる素振りを見せるノーツの前に行き、頭を下げた。

「レオの右手、治して下さい。お願いします」

「坊ちゃん、俺は治すとは言ってないぞ」

「お願いします。僕にできることなら、何でもやります」

「………わかったよ。見てみるだけ見てみるよ」

必死な子供には抗えなかったのか、ただ少しユライとジークに置いていかれて拗ねていただけなのかわからないが、ノーツは作業台のある隣の部屋にレオナルドを案内してくれた。



「ここは危ないからジークたちの所に行ってな」

「いえ、ここにいます」

レオナルドは服を脱いで横になった。スクワードはレオナルドの左手に引っ付いて離れなかったから、そのまま好きにさせた。壊れた箇所をちらっと見るなり、ノーツは棚からごちゃごちゃしたネジなどが入っている箱を取り出してきた。

「直るだろう。多少、コードを千切るから動きにくくなると思うけど」

「いえ、すみません。ありがとうございます」

ノーツはくつ紐を結ぶかのように簡単に壊れた部分を繋ぎ合わせて止めた。すると動かなかった右腕が動くようになった。人工皮膚を被せて、ついでに破れていた額の皮膚もつけて貰った。

「ほらよ、アンドロイドってのは幸せだな。すぐに直るんだから」

「すごい……」

「レオ、戻った?」

「はい。坊ちゃん。見てください」

右腕を動かしているレオナルドの姿を見てホッとしたのだろう。スクワードはレオナルドにしがみついて離れなかった腕を少し緩めた。レオナルドは単純にすごいと思った。今までに壊れて直して貰った技師たちは、銃を受けた部分を直すのに数時間はかかるはずだ。そういえばレオナルドはノーツという名前に覚えがあった。アンドロイド界では有名な博士だ。

「貴方は……もしかして……あの、有名なノーツ博士ではありませんか?」

ノーツはうっすらと笑って首を横に降った。

「俺はただのノーツさ。さて、あいつらも帰ってきたからもうひと眠りするわ……どうせ明日には出てくとか言い出すんだろうし」

ノーツは作業台の側にあったソファに横になる。

「そこの坊っちゃんも眠たそうだな」

指摘の通り、スクワードはとても眠たそうに目を擦っていた。

「比較的、綺麗な毛布がそこにあるから使って寝てな。この部屋と隣の部屋しかないから、ここで寝ることをおすすめするぜ」

「ありがとうございます。その、お礼は……」

「いいよ、貸しはユライにつけとくから。礼を言われるほどの修理じゃないし。けど、今度から撃たれるなんてヘマはするな。アンドロイドは全員敵と考えるやつらもいることを忘れないでくれよ。アンタ、アンドロイドなんだから、温度センサーくらいついてんだろ?」

「いえ、僕は……身体はセクサロイドなんですが、中身は家庭用のシステムしかないので、戦闘に必要な部分はついてないんです」

「へえ」

ノーツは興味無さそうに欠伸をして、ソファに横になる。レオナルドはスクワードを抱えながら座り、言われたところにあった毛布をスクワードに被せた。

「坊ちゃん、寝ていいですよ」

「……うん」

スクワードはレオナルドの太股に頭をのせて丸まりながらすぐに寝息をたてた。大泣きして疲れたのだろう。柔らかな髪の毛を撫でながら、レオナルドはスクワードの着ている対センサー用の布を見た。


この布は、スクワードに襲いかかった兵士が着ていた物だった。家を出て数日後、一人の兵士に出会った。事情を話したら、彼は快くスクワードを引き取ってくれると言った。しかし、それは嘘で、スクワードを犯そうとしていたのだ。夜に布団に忍び込んできた男を、レオナルドは止められなかった。


自殺をしない、人を殺さない、人の命令を聞く。


その三原則によって縛られたレオナルドは、服を脱がされて助けてと泣き叫ぶスクワードを助けることができなかった。


幸い、強姦は未遂で終わった。アンドロイドが泣き叫ぶスクワードの声を感知し、銃撃をしてきたのだ。レオナルドはその隙にスクワードを抱き締めて、降ってくる瓦礫と銃弾の雨からスクワードを守った。スクワードは最初の銃撃音で気絶しており、自然に気が付くまではそのままの体勢でスクワードを潰れないように抱き締めていた。


人間は、人間同士仲良く生きていくと思っていたがそれは大間違いだったのだ。


レオナルドは悔しさで一杯だった。スクワードが助けてと願ったときに助けられないのであれば、この三原則なんて必要ないと思った。アンドロイドが人間を殺せるのは、人工知能のどこかの部分にある三原則を司る部分を壊したのだろう。それを自分も、壊したいと初めて思った。

『坊ちゃん、大丈夫ですか?』

『……』

周りが静かになって、ようやく瓦礫を退かして起き上がった。辺り一面瓦礫の山で動いているのは自分達だけだった。

『怖い思いをさせてしまいましたね』

『……レオ……』

『もう、私は人間が……信じられない…』

スクワードを襲った兵士は、見事に銃弾を受け、細切れになっていた。男の荷物を探ると、財布と対センサー用の布があった。レオナルドはそのお金でアンドロイドたちの工場に行き、体についた傷と三原則を司る凍馬を破壊して貰った。戦闘用以外のアンドロイドたちは人間がいない世界で人間と同じように生活を始めていた。それは同じアンドロイドからして滑稽で憐れに思えた。


アンドロイドにとって人間とは永遠に憧れの存在なのだ。


その人間たちを虐殺し、その人間たちの真似をしている。


『……愚かだ』


そして、自分はこの小さな命を守るためには人間を殺せるようになった。


そうして、対センサー用の布を被ったスクワードと凍馬を破壊したレオナルドは二人だけで旅をすることができた。時には人から食料を強奪することすらあった。それも、スクワードに生きていてほしいという願いのためだ。だからこの布は渡せない。


スクワードがすやすやと寝息を立て始めた。レオナルドはそっとスクワードの側を離れる。ノーツを信頼している訳ではないが、少なくとも、子供として接してくれていた。襲われる心配はない。レオナルドは、この布は渡せないから他のものにしてほしいとユライに直談判しようと隣の部屋に向かった。


部屋を出ると、もうひとつ小部屋があった。そこから話し声が聞こえてきた。ユライが居るのだろうと覗き込むと金髪の姿が見えた。ユライ、と声をかけようとして、レオナルドは気付く。ユライがジークに正面から抱き締められていたのだ。声をかけられず、思わず壁に隠れてしまった。

「それにしても、どうして、あんなことを言ったんだ?子供に、持ち物をくれだなんて」

ジークが少し責めるような声音を出した。それについてユライは拗ねたように唇を尖らせた。ジークの胸に耳をつけて、心音が正しく聞こえるかどうかを確かめているようにも見えた。

「あれがあれば、君の生存率が上がると思って」

「まさか、俺に身に付けさせようとしてたんじゃないだろうな?」

「……だってジークはいつも危険なことをするじゃないか。今日だって昨日の夜に何かいるのが見えたってここを飛び出すし、子供だからとすぐに警戒を解いて近寄るし……子供に爆弾をつけて大人の所に走っていかせることも少なくないんだよ?アンドロイドたちには血も涙もないんだから」

ユライは早口で呟いた。そんなユライを見て、ジークはいとおしそうに、額にキスをして、猫の機嫌を取るように頬を撫でた。

「ユライが俺の心配をしてくれるのはとても嬉しい。けど、俺は子供の安全を奪ってまで自分が助かりたいとは思わない」

「……ジーク。君が生きていないと、僕が生きている意味がないんだ。一緒にいたい。守らせてほしい。僕はそのためにはなんだってできる」

「全くどうして、そういう可愛いことを言うんだ?」

「……愛しているんだ、ジーク」

二人の唇が重なった。そして角度を変えて何回もキスをする。

「ん、ん……」

「みんなと別れてて不安なんだろう。ノーツの怪我も癒えてきたし、明日から移動しよう。もうアイツも寝ているのは飽きた頃だろう」

「……だいたいこんなことになったのはノーツのせいなんだよ。ノーツがみんなから外れて部品を探していてアンドロイドに見つかったせいで僕らだけ足止めされてて……僕の我が儘、聞いてくれたっていいじゃないか」

「はは、アイツも俺と同じで考えがないからな」

「頭が良い人間はどこか抜けてるんだよね……んっ」

ジークがユライの首筋を舐める。ユライは快感を感じているのか、ぶるりと震えた。

「ヤりたいな……」

「僕も……でも、ダメだよ。壁薄いから、ノーツたちに聞こえちゃう」

「…ちくしょう………今日、人影が見えたのは本当だけど、居なくてもいいと思ったんだ。外に出れば久しぶりにユライを抱けるかもって期待して……」

ふふ、とユライが微笑んだ。そんなふうに、自分の体を欲してくれているだなんて、恋人としては嬉しい限りだ。

「こんな男は嫌か?嫌いになったか?」

「嫌じゃないよ、大好きだ」

ユライはジークの首に腕を巻き付けて、嬉しそうに笑った。それを見て、レオナルドは声をかけるのをやめてそっとスクワードの側に戻った。


次の日は快晴だった。これならレオナルドは一日中歩ける。教えて貰った町への地図を握りしめ、ユライとジークに頭を下げた。

「ありがとうございます。この恩は決して忘れません」

「礼ならジークに言って。僕は今でも対センサー用の布を諦めてないから」

ユライはちらっとスクワードを見る。スクワードは慌ててレオナルドの背中にかくれた。

「ははは、怖がられてるな、お前」

「すみません、坊ちゃん、ほら、お礼を言ってください」

「………ありがとうございました」

スクワードの布はユライには渡さなくてもいいと言われた。そして、ジークはスクワード用に少しの食料とチョコレートをくれた。スクワードは優しい男になついたのか、今度は素直に礼を言った。人間不振に陥っていたレオナルドの心にも、少しばかり優しさが染みた。

「レオナルド、ちょっと…」

ユライが手招きする。スクワードをジークに任せて、ユライに近寄った。少し離れてスクワードに聞かれないような場所まで来ると、ユライはレオナルドの目をまっすぐ見て言った。

「君に、伝えたいことがある」

「なんでしょうか」

「僕らはこれから、すべてのアンドロイドを止める装置を作る」

はっと息を飲む。それはつまり………。

「……全てのアンドロイドを……」

「アンドロイドの持つ人工知能を破壊する装置だ。それは例外なく、一気にアンドロイドたちを破壊するだろう。それにはもちろん君も、含まれている」

「………っ」

「いつ完成するかわからない。一年先か、三年先か……ノーツが生きている限り、僕らは希望を捨てない……捨てられない。それまでに、スクワードを信頼できる人間に任せた方がいい」

「……そうですね」

その装置が完成したらレオナルドは破壊される。ノーツ博士はそれをやりとげる力を持っているだろう。その前に、スクワードを一人にさせないような環境に置けるようにしないと。

「辛いことを言うようだけど、ごめん」

「いえ、頑張ってください。私は自分が動いているよりも、スクワード坊ちゃんが命の危険がない未来が欲しいです」

「…君ほどの忠誠を持つアンドロイドも珍しいね」

「……忠誠心というより、愛情です。私は坊ちゃんを愛しているんです。この腕に生まれたばかりの坊ちゃんを抱いたとき、私の全てをかけて守りたいと思ったんです。アンドロイドが、そう思うのはおかしいでしょうか」

ユライは眉を寄せて泣きそうな顔をした。涙は出ていなかった。

「……いや、僕もアンドロイドと人間が愛し合い、理解し合えると思っているよ」

レオナルドは微笑む。そう思ってくれる人間がいてくれたことが嬉しい。ユライはレオナルドの背中を軽く叩いた。

「君とスクワードの幸せを願っている」

「ありがとうございます」

「ハッピーエンドで終わるといいね」

ユライはまるで、自分に言い聞かせるように呟いた。


***


「坊ちゃん、もう少しで着きますからね」

「うん」

瓦礫の隙間から夜空を見上げて、レオナルドは横になっているスクワードの頭を撫でた。


教えてもらった町まであと1日ほどで着く。今は星が輝く空の下で、休憩を取っている最中だった。夜は電力の消耗もあって、アンドロイドたちも攻撃は控えめだ。

「明後日くらいには、人間に会えるといいですね」

ジークたちと別れて数日経ったが、人間に会うことはなかった。食料もそろそろ厳しくなってきた頃だ。朽ちた看板と北極星を見ながら歩いてきたが、方向は間違えてはいなさそうだ。

「……うん。ねえ、レオ」

「なんですか?」

「人間たちに会ったら、レオはどうするの?」

「私ですか?」

別れた後を考えたことはあまりなかった。人間たちの群れには、アンドロイドは一緒にいることはできない。やはり、アンドロイドに憎しみを持っている人間が圧倒的に多いだろう。スクワードの安全を確かめたら側を離れ、機能が止まるまで遠くから見守っていたいとは思っていた。

「一緒にはいれませんが、近くにはいたいです」

「どうして…?どうして一緒にいられないの?」

「………アンドロイドの私と一緒にいない方がいいでしょうね。私は人間の敵ですから」

「…………」

「いつか、子供たちがアンドロイドと認めあい、一緒に生きていく世界になるといいですね」

スクワードは、黙ってしまった。聡明な子供だからいろいろ考えているんだろう。

「僕は、これからもレオと二人で生きていきたい」

ぽつりと呟かれた言葉。それはレオナルドに聞かれないように言ったのだろう。しかし、精密なレオナルドの耳は聞き取った。ふふ、とレオナルドは笑う。そんな夢のようなことを、スクワードが願ってくれるとは純粋に嬉しかった。



翌日、町に着いたレオナルドは驚いた。瓦礫が散在した廃墟しかなかったからだ。しかし、すぐ、呆然と立ち尽くすレオナルドとスクワードは後ろから声をかけられた。振り向くと銃を持った兵士だった。

「貴様ら、どこから来た?」

「あの、ここに人間の子供がいるとお話を、ジークさんとユライさんから」

「ジークとユライから?」

男は知った名前だったのか、銃を下ろす。もらった地図とそれに書いてある走り書きを読んで「ふん」と鼻で笑った。

「それで?その少年を預けに来たってことか」

「………そうです」

「お前、アンドロイドだろ。前に買ったセクサロイドに顔が似てる」

「………はい、私はアンドロイドです」

レオナルドがそう言うと、男は鼻で笑った。スクワードは不安そうにレオナルドの繋いだ手を握りしめる。

「お前には教えられないな。ユライたちに免じてそっちの坊主だけ、匿ってやる」

「……本当に、ここに子供たちがいるのか知りたいんです」

ユライたちの知り合いなのかわからないが、前の恐怖が尾を引いて初対面の男にスクワードを渡したくなかった。男は嫌そうな顔をして「機械に伝える義務はないね」と答えた。その時、言葉につまったレオナルドの後ろから、か細い声が聞こえた。振り向くと、瓦礫の奥から覗いているティーンエイジャーの少女がいた。

「し、新入り?」

「リンネ、奥へ行ってろ」

「大丈夫よ、マリオさん。ねえ、クッキーをあげるわ、こっちにおいで」

少女がスクワードを見て、手招いた。男は舌打ちをして銃をレオナルドに向けた。

「リンネ、余計なことをするな」

「いいじゃない。死んじゃった私の弟に似てる……お腹すいてない?ご飯はたくさんはないけれど、兵隊さんが定期的に置いていってくれるの。ジークさんたちの知り合いなら入れてあげましょう」

その言葉は嘘ではなさそうだ。レオナルドはほっとした。そしてしゃがみこみ、スクワードと向き合って目線を合わせた。とうとうお別れの時間になった。

「坊ちゃん」

「……嫌だ」

「我が儘を言わないでください。ここなら安全そうです」

「でも、レオは一緒にいれないんでしょう」

普段は駄々なんてこねないのに、今日のスクワードは頑固だった。本当は別れたくない。けれども、スクワードのためを思うと、別れなければならなかった。

「………坊ちゃん、私の腕を直してくれた白衣の方、いらしたの覚えてますか?」

「ノーツさん?」

「そうです。あの方ですが、とても有名なアンドロイドの創始者なんです」

「レオを作った人?」

「そうですね……私と言うより、アンドロイドたち全員の父のような存在です。あの人が、しばらくしたらすべてのアンドロイドの機能を止める装置を作ってくれます」

そう言うと、スクワードは鼻にシワを寄せた。

「すべてって……レオも?」

「はい」

「そんなの……そんなのそんなのっ、嫌だ」

スクワードは地団駄を踏んで、レオナルドに抱き付く。レオナルドはぶわっと顔をくしゃくしゃにして涙を流す子供が愛しくて堪らなかった。

「坊ちゃん」

「嫌だ!!レオがいなくなったらどうすればいいの?ひとりぼっちだ………ひとりだ……」

「そうならないために、ここにいるんですよ」

「嫌だ!!嫌だ、嫌だ、嫌だ!!レオがいない所に置いてかれるなんて!!最初から嫌だった!!」

スクワードが泣き叫ぶ姿に、レオナルドは胸を痛めた。

「坊ちゃん、私も貴方の側にいたい。本当は、旦那様と奥様と貴方が成長する姿をお側で見ていたかった。せめて、私の核が止まるまでお側に、と思いましたが、それは私の我が儘なんです。貴方は人間のコミュニティで、たくさんのことを学んで欲しい」

「どうして……?」

「…私は、坊ちゃんに出会えて幸せでした。レオナルドの最後の願いです。どうか幸せに」

「レオっ!」

レオナルドは泣き叫ぶスクワードを持ち上げた。そして、リンネの前に、歩いていく。リンネはびくりと肩を揺らした。

「貴方、アンドロイドなのね」

その目には怯えが走っていた。この子は、どんなことをアンドロイドにされたのだろうか。想像しなくともわかる気がした。

「ええ。でももう、私は行きます。坊ちゃんをよろしく頼みます」

「やだっ、やだやだやだ!!」

「坊ちゃん」

レオナルドはもう一度しっかりとスクワードを抱き締めて引き剥がすようにリンネに押し付けた。

「レオっ!!」

「愛していますよ、スクワード様」

「やめて!!置いていかないで!!レオ!!」

レオナルドはスクワードを見ないように、走り出した。


その日の夜、レオナルドは町の外でぼーっと空を見上げていた。昨日、スクワードと眺めていた夜空が、今は不思議と広く感じた。泣き別れになってしまった、それはとても心残りだ。けれども、これが正しいのだと思い直すことにした。

「坊ちゃん」

もう、泣き止んでいるだろうか。怖がってはいないだろうか。自分のせいで、アンドロイドといたということで、いじめられてはいないだろうか。

「……寂しい」


寂しい、そう思った。


一人は寂しい。


その気持ちはスクワードのためと思いながら耐えるしかない。頭では理解できているのに、心が邪魔をする。


明日、もう一度こっそり町を見てこようか。スクワードが気を取り直して過ごしていれば自分は消えよう。でも、もし、スクワードが受け入れていなかったら、門番にでもさせてもらおうか。なんでもする。だから、自分が止まるまで側にいたい。そんなことを考えながら、ふと、夜空にキラリと光るものを目にとらえた。


星でもなく、月でもない。


あれは……


無人の戦闘機だった。


「っ、坊ちゃん!!」

レオナルドは全速力で駆け出した。空に見えた戦闘機は、町にバラバラと何かを落としていく。そして、すぐに爆音と煙があがった。

「坊ちゃん!!スクワード坊ちゃんっっ!!」

町に着くと、辺り一面が炎で埋め尽くされていた。レオナルドは迷わずに炎の中に飛び込んでいく。所々に子供たちや兵士たちが倒れていた。空から落とされた爆弾は、建物に火をつけ、人間たちを炙り出したのだ。

「スクワード、坊ちゃん!!坊ちゃんどこですか!!」

レオナルドは力の限り叫んだ。町の土地勘が全くない。どこにいけば、どうやっていけばスクワードのいる場所にたどりつけるのだろうか。戦闘機は今だ上空にいて、容赦なく弾を撃ち込んでくる。当たる確率は低いが、ここまで建物が燃えていると、外にしか居場所がない。


悲鳴と、怒号と、肉の焼けた臭い。


残酷な地獄のような光景。


レオナルドはひたすらスクワードの名前を叫んだ。すると横で倒れていた子供がピクリと動いた。全身の大火傷で、顔もぐちゃぐちゃで誰かわからなかったが、来ている服を見たことがある。レオナルドが近寄ると、焼けた手が動いた。

「う、あ」

「……っ、君は……?リンネ?」

「う、ああ」

「教えてくれ、スクワード坊ちゃんはどこに?」

本当にリンネだったのか別人だったのかわからないが、少女はレオナルドの背後の建物を震えながら指差した。

「……ありがとう」

レオナルドは少女を抱き締めた。もう、息はしていなかった。


『安全な場所なんて地球上にはない』


ジークの言った通りだった。


その建物に入ると、煙の中、子供たちが大勢倒れていた。燃えている子も居れば、無傷で倒れている子もいた。倒れている人間は一酸化中毒で息ができなくなったのだ。ここが、子供たちの隠れ家だったのだろう。

「坊ちゃん!!スクワード坊ちゃん!!」

鉄筋でできた建物は爆弾によって崩れかかっていた。レオナルドは子供の遺体の顔を確認しつつ、奥へと進む。

「スクワード、スクワード坊ちゃん!!いたら、返事をして……してください!!」

奥の部屋には昨日話したマリオと呼ばれた兵士がいた。彼は上から落ちてきた瓦礫に挟まれて、絶命していた。その横で、微かに動くものがあった。レオナルドは悲鳴をあげた。

「っ、坊ちゃん!!!!」

探していた少年は、頭から血を流し、兵士と同じように上から落ちてきただろう瓦礫に右足を挟まれていた。天井が崩れていたので、煙は上の方に上がっていた。そのため、煙を吸うのは免れていたらしい。

「スクワード、スクワード坊ちゃん!!しっかりして!!坊ちゃん!!」

肩を揺さぶると、スクワードの眉がピクリと動いた。そして、瞼を開ける。レオナルドの顔を見て、ホッとしたのか薄く笑った。

「れ、お」

「坊ちゃん、あぁ、良かった……良かった……」

レオナルドはスクワードをぎゅっと抱き締める。レオナルドは生まれてはじめて、喜びで泣き叫びたい衝動にかられた。生きていた。神様に感謝しきれない。

「坊ちゃん、気を確かに、移動しますよ」

「……足」

レオナルドはスクワードの右足を見た。スクワードの右足は鉄骨に挟まれて、変な方向に曲がって血を流していた。瞬時に、もうスクワードの足は元には戻らないだろうとレオナルドは理解した。


この、鉄骨を持ち上げるのは、自分一人だと難しい。


アンドロイドのレオナルドは、自分がすべきことをわかっていた。迷っていたら、スクワードが死んでしまう。建物の崩壊が先か、逃げるのが先か。ミシミシと音をたてる壁に考える暇もなかった。兵士が持っていた銃には、銃剣が刺さっていた。その剣を、抜く。そして、側で燃えている炎の中に突っ込んだ。

「坊ちゃん、すみません。すみません、坊ちゃん。どうか、我慢してください」

スクワードは、レオナルドがやろうとしていることに気付いた。嫌だという気力さえなかった。全身が痛くて痛くて、どうにもならなかったからだ。

「行きますよ」

レオナルドは、スクワードの右足を布で締め上げて、熱した剣を振り上げた。




小さな町だった。それが業火によって一夜にして焼け野はらと化した。生存者はスクワードだけだった。その、少年も、足を切断し、貧血と激痛によって息も絶え絶えだった。レオナルドは走った。どこでも良かった。スクワードが助かる場所に行きたかった。


人間の、医者のいる場所に。


家を出て、変態の兵から逃げ出して、その後何週間歩いても人に出会えなかった。まともに話したのは、ジークたちだけだ。そんな絶望的な状況だが、レオナルドは足を止めることができなかった。近くの町を通りすぎる時、ひとりのヒューマノイドが、レオナルドを引き留めた。

「おい、お前、アンドロイドだよな。それは人間か?」

スクワードは対センサー用の布を身に付けていなかった。レオナルドは振りきって逃げようとした、が、足がもつれてその場で転んでしまう。慌てて腕の中の少年を見る。スクワードは虫の息だった。もう意識が、なかった。

「あ…あぁ………坊ちゃんっ、坊っちゃん……」

「おい、待てよ、助けてやるって」

追いかけてきたヒューマノイドはそう言った。その顔を見て、レオナルドは息を飲む。なぜなら彼はーーーレオナルドと同じ顔だったからだ。

「………君は」

「自己紹介は後。そいつ、生きてるんだろ?助かるかわかんねーけど、点滴ならしてやるぜ」

「し、信じてもいいのか?」

「さあ?でも、俺が殺そうと思えば、今、警備兵を呼んでる。ほら、ついてこいよ」

レオナルドは迷ったが、スクワードのかさついた唇を見て、ついていくことを決めた。もう、スクワードには生気がなかった。もし、生命活動を止めるときは、柔らかな布団で静かに寝かせてやりたいとも思った。


そのアンドロイドは少し離れたビルに入っていった。その三階には『トーマス病院』と書かれている。町医者の病院だったのか、中は待合室と小さな診察室があった。爆撃を受けていないのだろう、ほとんど綺麗な状態だった。男のアンドロイドは、鍵を開けて戸棚から薬品を取り出す。

「そこのベッド、寝かせろ。ほら、水飲ませてやれ」

言われたとおり、側にあったベッドにスクワードを横たわらせた。そして、男が投げてきたペットボトルの水を開封し、臭いをかぐ。

「変なの、入ってないから」

男はそれを見てまた笑った。そして、戸棚から瓶を取り出して、何かを探していた。

「坊ちゃん、水ですよ」

「………」

レオナルドは、水を自分の口に含み、スクワードの口に重ねる。少しずつ、押し込ませるが、飲み込む力がないのか、口の端から流れ出てしまった。それでも、レオナルドは同じことを繰り返す。少しでもいい、飲んでくれればと思う。

「頑張って、坊ちゃん。生きるんです」

「もう、無理かねえ」

男がベッドに座った。手に持ってる小瓶から液体を注射器に入れている。

「鎮痛剤。一応、入れるな」

レオナルドは頷いた。信頼できるとは言えないが、殺すならこんなめんどくさい方法で殺すことはないだろう。男は器用にスクワードの血管に針を指した。

「生きるんです、坊ちゃん。お願い、お願いだから……」

「点滴も、入れるな。期限ギリギリ大丈夫だから、まあ、害はないだろ」

先程刺した腕と反対側の腕に、点滴を刺す。男は慣れた手付きで、看護をした。

「君は、医者なのか?」

「いや?医者は俺のマスターだったやつ。俺はその助手。なあ、お前が、これやったの?」

男はスクワードの右足の布を解いた。血と、肉の焦げた臭いがした。スクワードの右足は膝の上の太股辺りからばっさりと切られ、止血のためにそこを焼かれた。全て、生きる可能性にかけて、レオナルドがやった。

「なんつーか、こんな小さい子によくやったな」

「……切断しなければ、生きていけませんでした」

「麻酔もなしだろ?痛みなんてもんじゃないよな。こんなことしたら、組織なんてぐちゃぐちゃで、義足にしても神経繋げなくなるぞ」

「すみません。でも、焼かないと止血ができませんでした」

「まあ、そりゃそうだな。俺たちにとっては的確な判断だったよ。痛みは知らんけど」

男は、スクワードの火傷の手当てをし始めた。痛かったのか、スクワードが悲鳴をあげて、涙を流す。

「う……あ…!!!あああああ!!!」

「……坊ちゃん。頑張って下さい……」

「い、っ、!!!!んんん!!!」

「坊ちゃん!!」

レオナルドは舌を噛まないよう、スクワードの口の中に自分の指をいれる。ミシっと音がして噛み砕かれそうになったが構わない。

「頑張って下さい、貴方は生きるんです」

レオナルドは、泣き叫ぶスクワードの耳元でそう繰り返した。



全てが終わって、再びスクワードは意識を失った。点滴のお陰か、少し血の気が戻ってきたように思えた。

「輸血したいんだが、在庫がなくてな、すまん。無理だ」

「いえ、ありがとう」

男は、手を洗って、スクワードの頭と足に綺麗な包帯を巻いてくれた。

「君のおかげで、まだ坊ちゃんは生きている」

「どういたしまして」

レオナルドはベッドの側に椅子を持ってきて座った。スクワードの手を握りしめ、とくとくとゆっくりだが確実に脈打つ手首を触っていた。

「んで、名前聞いてもいい?」

「……こちらはスクワード坊ちゃん。私はレオナルド」

「レオ、ねえ。よろしく。俺はゼン」

男……ゼンはにっこりと笑って手を差し出した。握手かと思い、スクワードの手を握りしめている方とは逆の手を差し出す。

「お前、セクサロイド?それとも、マーチンの工場で間違えて作られたやつ?」

「え、ええ。そうです。身体はセクサロイドですが、中身は家庭用のアンドロイドです」

「ははは、俺も。んじゃ、製造年日も一緒なんだな。兄弟だ、兄弟」

ゼンはケラケラと笑った。その明るさに、レオナルドも少し気を緩める。

「坊っちゃんってことは、その子の奴隷だったの?」

「奴隷……というより、私はこの子のご両親に雇われました。ナニーのようなものです。産まれたときから、側にいました」

「へえ」

「ゼンは、どうしてここに?」

「ここさ、俺を拾ってくれたマスターの職場だったの。最初、性奴隷目的でマーチンの工場から買われたんだけど、嫌だったから逃げてさ。その時、ここの医者だったトーマスじいさんに拾われて、仕事も手伝わされた」

「じいさん?」

「そ、医療現場にはアンドロイドが大量にいると思ってたんだけど、こんなちっさい病院は人手が足んないって。手伝わなければ、警察に連れていくって言われて無理矢理」

無理矢理というわりに、ゼンはそんなに嫌そうな空気ではなかった。たぶん、本当は、自ら手伝っていたのだろう。

「じいさんさ、奥さん早くになくして子供も居なくてさ、食事とか酒とつまみだけだったりしたんだよ。そんなやる気のない感じなのに、人だけは助けたいって仕事は真面目にやっててさあ」

「その、方は?」

「死んじゃった。戦争が始まってすぐ、町歩いてて、暴れたアンドロイドに1発くらったらしいよ。ナースのおばちゃんに聞いた」

ギシリと音をたてて、ゼンが机に座る。レオナルドは何も言えなかった。

「ナースのおばちゃんも、外出た道で撃たれて死んじゃった。優しくて、食わないっていってんのに毎日、アメくれたんだ」

ゼンはスクワードを見て、目を細めた。生きている人間を見て、懐かしい人間を思い出したのだろうか。

「俺さ、信じられなくて。じいさんの死体も見てないし。だから、ここ守ってんの。いつか帰ってきそうだから」

「…………そうなんだ」

「そう。まあ、最近は生きてる人間すら見かけなくなったけどね」

「……君は、人間を恨んでないんだね」

「さあ、どうかな?俺は人間が嫌いだ」

ゼンはさらりと言った。その言葉に、レオナルドは目を見開く。

「じいさんやおばちゃんみたいに優しい人間もいるけど、基本的に人間はアンドロイドを物として扱わないだろう?だから、俺はあいつらが嫌いだね。まあ、人間をひとくくりにしてしまうのはどうかなと思うけど」

「坊っちゃんを助けてくれたのはなぜ?」

「気まぐれだよ。お前が、俺と同じ顔をしていたし、なにより死にそうな人間を見たらじいさんは絶対助けていたと思ったから」

「そうか……」

「怒った?でも、みんなそんな感じだと思うよ。前線にいるアンドロイド以外は。憎む人間がいたら殺すけど、見知らぬ人間が歩いていても気にしない。人間を皆殺しにするって息巻いてんのはアンドロイドの中でも過激な奴等だけさ。他はどうでもいいって思ってる。あぁ、でも、そうだな……じいさんが生きていたら守ってやりたいとは思うけど」

「ゼン」

「でも、お前が、必死になってスクワードを抱えて走ってるの、結構心に響いたよ。助けてやろうて思った。お前はその子、守りたいんだろ?」

「……そうです」

「じゃあ、その子が回復するまで、ここにいればいい。病院食だけど、食料もあるし」

ゼンはにっこりと笑った。その思惑はレオナルドには全くわからなかった。



数日間、スクワードは高熱を出した。熱が出るというのは、体の中で戦っている証拠だ。生きようとしてくれているのだ。点滴と、栄養剤をゼンに入れてもらった。スクワードはたまに目を開き、レオナルドを呼んだ。側にいるとわかると、安心して目を閉じるから、レオナルドもずっと側にいた。

「れ、お。れお……」

「ここにいますよ、坊ちゃん」

「?れお、がふたり……?」

「こっちはゼンです」

「ぜ、ん」

はっきりと意識が戻ったわけではなさそうだが、言葉が聞けたときは、涙が出るほど嬉しかった。レオナルドの必死の看病もあって、一時は危篤だったスクワードも、数週間後には上半身を起き上がらせるくらいには体力が戻っていた。

「坊ちゃん、お粥です。食べれますか?」

温かなご飯はいつから食べていなかったのだろうか。湯気が出ているお粥を食べさせてもらい、スクワードは涙を流した。

「もう、大丈夫そうだな」

「ゼン……」

「人間ってのは、すごいねえ」

切断面がスパッと切れていたこと、レオナルドが上手く焼灼止血したこと、そして、感染が起こる前に清潔にできたことが生き延びられた原因だったのかもしれない。スクワードは自分のなくなった右足を見て、一度だけ涙を流しただけだった。強い子だった。

「助けてくれて、ありがとう、レオ」

「坊ちゃん、申し訳ありませんでした。坊ちゃんが、こんな思いをするなら、私はあそこに貴方を置いていくことはしなかった」

「……爆弾が、落とされたとき、兵士のおじさんが僕を突き飛ばしたんだ。僕の代わりに、おじさんは天井の下敷きになった。僕は、おじさんの代わりにも生きなければならないと思った」

「そうだったんですね」

レオナルドはスクワードを抱き締めた。小さい身体で、よく頑張った。

「もう、私は坊ちゃんの側から離れません。私が止まるまで、貴方を守ります」

「うん」

スクワードも負けずに、抱き返した。


ゼンに世話になってから半年が過ぎようとしていた。ゼンの話の通り、ここの町のアンドロイドは、血眼になって人間を探しているようには見えなかった。人間と同じように仕事へ行き、擬似家族を作っているアンドロイドもいた。スクワードの食事も不安だったが、食べる人間がいなくとも食べる振りをするために食事を作っているアンドロイドたちのところから盗んできたおかけで、放浪していた時よりもしっかりとした食事がとれるようになった。


あれから少したって、レオナルドはあの町に行った。焼け野はらで遺体が散らばっていた町は、誰かが来たのか、墓が作られていた。レオナルドはスクワードの荷物を探した。スクワードの荷物は、建物の中に放置されていた。対センサー用の布も無事に戻ってきてホッとした。レオナルドは墓の側にしゃがみ、祈りを捧げた。

「マリオさま、リンネさま……スクワード坊ちゃんを助けてくれてありがとうございました。この恩は絶対に忘れません」

そこに、スクワードを助けてくれた兵士と少女が眠っていることを信じて。


それからさらに半年がたった。二人はゼンの病院ではなく、その上の事務所に住んでいた。レオナルドはスクワードの仮の義足を作った。といっても歩くのは困難で、スクワードはレオナルドがいなければ移動できなかった。これでは、レオナルドや他の町のアンドロイドたちが止まってしまったら、身動きがとれなくなる。手っ取り早いのはそう、レオナルドの足を代わりにスクワードにつけることだった。

「はあ?できるわけないだろ」

「お願いだよ、ゼン。私が歩けなくてもいいが、坊ちゃんが歩けないと困るんだ」

「っていうか、あの子成長期だからこれから身長伸びるだろ?お前の足削ってつけても、すぐ使い物にならなくなるぜ」

「そしたらもう片足」

「あほ、それだけじゃ足りないって……あぁ、もう、しょうがないな」

ゼンは立ち上がって部屋を出ていってしまった。


その夜、ゼンは箱を抱えて部屋に戻ってきた。その中には何本かのアンドロイドの足が入っていた。

「スクラップされたり部品交換されたやつの足、もらってきた」

「ゼン!」

「ほらよ、スクワード。足出せ」

ゼンは器用にスクワードの足に、左足と同じくらいの長さのアンドロイドの足を固定した。バランスはとりにくいが、歩けなくもない。こうしてスクワードはリハビリを始めた。調節はゼンがしてくれた。ゼンの本体はレオナルドと同じはずなのに、手先はとても器用だった。育ちの差なのか、もちろんレオナルドも人間と比べたら器用なのだが。

「ありがとう、ゼン」

「しょうがねーもんな、お前まだチビだし」

「レオとゼンがいなけれは、自分は生きていなかった」

真っ直ぐ、真っ直ぐ、スクワードが礼を言う。それに恥ずかしかったのか、ゼンは照れたようにそっぽを向いた。

「スクワードって素直なのな」

「そうかな」

「人間っぽくないな。アンドロイドにもいないけど」

「君たちは人間とかアンドロイドをひとつのくくりにするけど、それは良くないことなんじゃないかな。人間にもいい人と悪い人がいるように、アンドロイドにもいいアンドロイドと悪いアンドロイドがいる。ゼンは僕にとっていいアンドロイドだ。助けてくれて、ありがとう」

「……やめてくれ」

「ふふ、照れてるの?」

「あぁ!もう!この人間は!」

わしわしとゼンはスクワードの頭をぐしゃぐしゃにする。「やめてよー」とスクワードが笑った。その光景を見て、レオナルドは微笑んだ。


ゼンには感謝したい。ここまで、スクワードが元気になったのも、真っ直ぐ、未来を見据えることができているのも、全てゼンのおかげだ。


スクワードが寝てしまった後、ゼンがこっそりレオナルドに笑いかけた。


「こいつ、可愛いな。人間全てが、スクワードみたいな素直で優しいやつだったらいいのに」

「そうですね」


そうやって、少しずつ、アンドロイドと人間が、一緒に歩む道ができたらいいなとレオナルドは思った。


その一週間後、ゼンは人間に撃たれて壊れてしまった。



「ゼン、帰ってこないね。さみしいね」

「ええ」

ゼンがいなくなってから、スクワードは窓に近づくようになった。レオナルドと同じ面影を探しているのだ。

「坊ちゃん、さあ寝ますよ」

「うん」

スクワードに布団をかけて、唄を歌ってやると、スクワードは赤ん坊の時と変わらずすぐにウトウトと眠りに入る。

「ゼンが帰ってきたら、本の続きを読んで貰おうと思ってたんだけどなあ」

「私が読んであげますよ」

「………どこに行っちゃったんだろう」

「坊ちゃん……」

スクワードに、ゼンの最後は言えなかった。二人で買い物に出たときに、飛び出してきた人間の少年に運悪くゼンは頭を撃ち抜かれたのだ。さらにその弾は、人工知能の核を傷付け、もう元には戻らなかった。スクワードには途中ではぐれたと言った。レオナルドは壊れたゼンの人工知能をペンダントにして、スクワードに渡した。

「これは、お守りです。身に付けて置いてください」

スクワードは不思議そうな顔をして、それでも何かを感じたのか頷いた。ゼンはもうひとりの自分だ。


スクワードを愛して、スクワードに愛された、兄弟だ。


「レオ、泣きそうな顔をしている」

「すみません」

「謝らなくて、いいよ。俺は、レオのそういう人間っぽいところ、大好きだよ」

ゼンがいなくなってから、スクワードは自分のことを俺と言うようになった。


人間は大人になっていく。日々の成長を感じた。


ノーツたちに出会ってから一年以上がたった。いつ、アンドロイドを止める装置が完成するかわからなかった。どういう装置が作られるのか知らないが、自分だったら一気に止める方法を取るだろう。


この子が寂しくないように、そう思いながら、移動しようと言えないのは何故だろうか。ゼンの家で、彼が帰ってくると思いたいからか。それとも、ここなら安全で二人きりでいられるからなのだろうか。

「坊ちゃん、人間に会いたいですか?」

「………ううん、レオと二人だけでいいよ」

「でも、私が止まったら、貴方は一人になってしまいます」

「……大丈夫、なんとかなるよ」

するりと腕を撫でられる。その掌は暖かく、優しかった。


このまま、時が止まればいいのに、レオナルドはそう思った。


***


それからは比較的穏やかな時間が流れた。ゼンの家にいると食べ物にもあまり困らなかった。日の当たる町の外は歩けなかったけれども、ゼンの主人が残した膨大な量の医学書や本があって、スクワードは飽きることなく過ごしていた。筋肉が落ちないよう、午前中はリハビリ用の器具でトレーニングをし、午後は読書を嗜む。その側にはレオナルドが必ず微笑んで見守っていた。


スクワードは14歳になった。そのおめでたい誕生日まで自分が動けたことに、レオナルドは嬉しさを噛み締めた。

「お誕生日おめでとうございます、坊ちゃん」

「ありがとう」

「プレゼントです」

レオナルドが取り出したのはケーキだった。2年ぶりのケーキに、スクワードは思わず手を叩く。

「どうしたの、これ」

「ケーキを食べてみたいと言ったらパン屋のオーナーが許可を出してくれて作ったんですよ」

半年前ごろから、レオナルドはパン屋で働いていた。もちろん、擬似家族、擬似仕事を楽しむアンドロイドたちのパンだった。それを、自分で食べる振りをしてこっそり持ち帰り、スクワードの主食としていた。

「ケーキなんて、久しぶりだ」

「ええ、坊ちゃんはショートケーキが好きでしたよね」

「食べていい?」

「どうぞ」

スクワードは子供らしくケーキにかぶり付いた。そして、頬にクリームをつけながら、満面の笑みで咀嚼をする。

「美味しいよ、とても」

「良かった」

ホールケーキを半分ほど食べて満足したのか、フォークを置いて、レオナルドの隣に座り直した。栄養はあまり足りていないから細身ではあるが、背の高い父親からの遺伝か、スクワードはこの2年で身長が伸びて、レオナルドの数センチ下までになった。隣に座ると目線があう。なんだか、恥ずかしくて、レオナルドは視線をそらした。

「どうしたんですか?坊ちゃん」

「レオ。その……俺は14歳になった」

「ええ、おめでとうございます」

「14歳は大人?それとも子供?」

「そうですね……ちょうど、中間くらいなのではないでしょうか」

「じゃあ、レオにとって、俺は大人?子供?」

「坊ちゃん、どうしたんですか?」

「俺はレオが好きだ。これからも、ずっと、側にいてほしい」

レオナルドは驚いた。スクワードの言う、好きと言うのは家族の好きではない。恋、という意味での好意なのだろう。スクワードは戸惑うレオナルドの肩を引き寄せて抱き締めた。

「レオはアンドロイドだけど、それでも好きだって思う。ずっと側にいてほしいって思う」

「それは……今、私としか会わない閉鎖空間にいるからでしょうか」

「違う…違うよ。だって、俺は父さんと母さんが生きていた頃からレオが好きだった。初恋からずっと、レオに恋してる」

その告白に、驚いて顔をあげたレオナルドの唇に柔らかいものが触れた。スクワードの唇だった。

「先週、精通が来たんだ」

「えっ?」

「精子が出た。それって大人になった証拠だよね」

スクワードは、医学書を読んでいた。性知識なんかはそこで得ていた。他にも人体の構造や機能、病気のことなどそれこそ、医大生も驚くような知識の吸収率だった。

「レオとセックスしたい。レオは……レオの体はセクサロイドなんだろう?昔、誕生日会に来てたおばさんが、レオと同じ顔のセクサロイドを知ってるって言ってたし」

「そんな昔のことまで覚えていらっしゃるのですね」

「当たり前だよ、レオのことならなんでも覚えてる」

こつん、と額が当たる。スクワードは眉を下げて、子犬のような困った顔を見せた。

「レオは、俺のこと好き?」

「………」

「俺に、抱かれるほど、好きじゃない?」

「………好きですよ、何より大切です。坊ちゃんは私の、唯一の宝物です。私はセックスをしたことがありませんが、可能だと思います。坊ちゃんがしたいなら……」

「レオは?レオは俺に抱かれたい?」

レオナルドは、緊張で震えるスクワードの背中に手を置いた。スクワードはレオナルドを優しく抱き締めて、首に顔を埋める。吐息が首筋にかかり、くすぐったかった。

「……抱いてください、坊ちゃん」

その言葉に、スクワードはほっと長い息を吐いた。


自分はアンドロイドだから、恋をするという気持ちはわからない。スクワードを、そもそも人間を見て、セックスしたいと思ったことはなかった。けれども、拙い言葉で求められたことは言葉にならないほど嬉しかった。その気持ちは、嘘ではない。この先、スクワードが他の人間を好きになったときも、彼の初めては自分だということが、スクワードの記憶に残るのは単純に嬉しく思った。


その夜、レオナルドはスクワードと抱き合った。互いに初めての経験で、挿入まではいけなかったけれども、触れ合い、気持ちよくなった。スクワードはベッドの上で義足を外した。ゼンが作ってくれた義足は少し調整するだけで、身長が伸びても使えた。その、ケロイドの残る足に触れる。

「もう、痛くないですか?」

「うん」

「ゼンが言っていました。足を失うというのは、痛みだけではなくとてもとても辛いことだと…私は、坊ちゃんを生かすことしか頭になくて、辛い思いをさせました……」

「大丈夫だよ。気にしないで。これは、レオが俺を大切に思って生かしてくれた証だから。これを見る度、俺はレオに愛されていたんだって実感できるから」


スクワードはそう言って微笑んだ。


レオナルドは目を見張る。


こんなにも、この子は大人びた表情をしていただろうか。


レオナルドの中のスクワードは、庭で遊んでいて転んで泣いていた頃のままだった。それが、いつの間にか、大きくなった。スクワードの成長を知ったと同時に、レオがいないと生きていけないと泣いていた子供がいなくなったことに少しばかりの寂しさを覚えた。


「レオ」

抱き合った後、体を拭いて、同じ布団に入った。添い寝は数えきれないほどしたけれども、抱き締められて横になるのは初めてだった。

「大丈夫だった?」

「ええ、私は今、初めて自分の体がセクサロイドで良かったと思いました」

「気持ち良かった」

「………はい」

スクワードは嬉しそうに笑って、レオナルドの頬にキスを送る。

「受け入れてくれて、ありがとう、レオ」

スクワードが、はにかみながら、レオナルドの頭を撫でた。その微笑みがレオナルドの不安を全て消し去ってくれる。


人は、身体だけではなく心も成長する。それは人工知能を持つアンドロイドも同じなのだろう。子供だとばかり思っていたスクワードに愛されて、眩暈がしそうなほど嬉しかった。


「愛している、誰よりも」


可愛くて、愛しくて、そして自分を愛してくれる主人。


「私もです、スクワード様。私を愛してくれてありがとうございました」


レオナルドは、初めて、アンドロイドの自分を愛せた気がした。





別れは突然訪れた。それは、穏やかな朝だった。


レオナルドたちのいる地域では穏やかな天気が続いていた。寝る前に、明日は洗濯をして、午後は二人でパズルゲームをしようと約束をした。スクワードはいつもの通りにレオナルドにお休みのキスをして眠りについた。そして目が覚めて大きく伸びをした。

「んー、と今日もいい天気だね」

窓の外の空を見て、隣のレオナルドに話しかけた。が、いつもはすぐに返ってくるはずの返事は、なかった。

「レオ?」

スクワードは隣で横になっているレオナルドを見た。レオナルドは目を瞑り、穏やかな顔で機能を停止していた。

「……レオ……」

スクワードがレオナルドの目蓋に触れる。その目は二度とあかなかった。指先が震える。声が上手く出ない。

「寝てしまったの…?」

前髪を、撫でてやる。レオナルドは本当に寝ているだけのように見えた。


スクワードもレオナルドも知っていた。いつか、このときが来ることを。そう遠くない未来に、別れが来ることをわかっていて、離れることができなかった。

「泣かないって、決めたのにな」

ぼたりと、スクワードの頬に涙がこぼれる。覚悟していたつもりだったけれども、足らなかったようだ。窓から外を見ると、道で倒れているアンドロイドたちが目にはいった。ノーツ博士たちが、装置を完成させたのだと確信した。レオナルドは人工知能が停止したら元には戻せない、元に戻ったとしても記憶はリセットされるだろうと話していた。だから、もう二度と、あの優しかったレオナルドとは会えないのだ。


静かな、とても静かな朝だった。


一人になったことに対しての不安はなかった。スクワードはゼンのくれたペンダントを握りしめる。これには、ゼンの欠片が入っていることも実は知っていた。同じ顔をした二人のアンドロイド。二人とも、スクワードの永遠の味方だ。


『愛していますよ、坊ちゃん。貴方は私の唯一の宝物です。私が止まっても、強く強く生きてください』


レオナルドは時々そう言った。置いていかれる方だけではなく、置いていく方もきっとつらい。


ゼンとレオナルドはスクワードを愛してくれていた。その思い出さえあれば、自分は一人でも生きていける。生きていけるはずだった。


「レオの願い通り、俺は強く生きる」


これから、人間を探して旅に出なければならない。数年ぶりに地面を歩くのは少し怖いが、レオナルドが側にいてくれるはずだから大丈夫だと思い直した。


「ゆっくり、おやすみ、レオナルド」


スクワードは泣きながら、最愛のアンドロイドに最後のキスを送った。





2266年、ノーツ博士たちが命を賭けて作り上げた装置により全てのアンドロイドは停止し、アンドロイド対戦は終演を迎えた。


2269年、各地に散っていた人間たちは徐々にひとつの場所に集り、人口を増やしていった。


2278年、人工知能を持つアンドロイド生産再開。


スクワードもゼンの家にあった医学書の知識を生かし、アンドロイドを守る職に就いた。そこで壊れた人工知能が復活できるかどうか研究したが、直せないとわかった。


スクワードは人間のコミュニティでイチカという青年と出会う。人生において忘れられない人がいる二人は、寂しさを埋めるように、互いに惹かれあった。同性で子供は出来なかったが、年を取り、思うように身体が動かなくなってからも二人で仲良く寄り添って生きた。

「イ、チカ」

側にいるはずの、イチカを呼ぶ。もう体力が衰えてきて、布団から起きれなくなってしまった。明日か、明後日か、もうあと数日で自分は旅立つだろうとスクワードは思った。


戦後、80年が経った。あの悲惨なアンドロイド大戦を知らない子供たちが、アンドロイドたちと無邪気に遊んでいる姿を見て、スクワードは胸が締め付けられた。


『いつか、子供たちがアンドロイドと認めあい、一緒に生きていく世界になってほしいですね』


微笑んだ彼の顔は一生忘れられないくらい綺麗だった。そして、彼の望んだ優しい世界が、そこにはあった。


「俺が死んだら、これを一緒に、必ず、埋葬してくれ」

スクワードは首につけたペンダントを指差す。イチカは涙を流しながら、快く引き受けてくれた。


レオナルドに対しては燃えるような恋だった。

イチカに対しては誰よりも側にいて支えてあげたいと思うような恋だった。


どちらも大切で、それでいてスクワードにとってなくてはならない存在だった。


古びたロケット型のペンダントを、スクワードは息を引き取るまで片時も離さなかった。その中には、二つのアンドロイドの欠片が入っていた。


*END*


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Stay Child 玲 -あきら- @akiraroku

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