Last lover【ノーツ×AIR】
産まれたときから、自分は先天性の障害で右目が見えなかった。赤子だったため特に不便はなかったけれども、我が子を初めて抱いて、その事実が発覚したとき、親は泣き崩れたらしい。
当時はまだ、それほど医療機器が発達しておらず、神経を繋いで、見えるようになるまではかなりの高額な費用がかかった。それでも、親は迷わず、自分の息子に義眼を入れる方法を選択した。
適応する年齢になって手術した結果、僕は両目で見えるようになった。
初めて、両目で見た青空はとてもとても広く、その衝撃に目が眩んだ。
そして、初めて、自分は今まで人と違う空を見ていたのだと知った。
*Last lover*
「ノーツ、調子はどう?」
さらりとした肩までの長い髪を片耳にかける。唐突に、その髪に触れたいと思った。家に帰れば、思う存分、触れるのだけど。
「エア」
「論文、どこまで書いたの」
「まだ書き出したばかりだよ」
「ふふ、嘘つき。もうできてるんだろ。なんたって、ノーツはこの大学始まって以来の天才なんだから」
「よせよ、君に言われると恥ずかしい」
飛び級して15歳で入学した大学で出会ったエアは5歳年上の僕の恋人だ。初めて出来た恋人で、キスもセックスも、僕は彼が初めてだった。エアはどんな美人の女性より美しく、綺麗だった。男でも惹かれるのは仕様がない。彼から告白されて、家族と仲良くないと呟いたエアを、僕のアパートメントに誘って同棲するのも時間はかからなかった。
「でも、まあ、エアのいう通り、論文の下書きはもう終わってる」
「さすが俺のキティちゃんだね、優秀優秀」
エアはちゅっと僕の額にキスを送る。そのキスはくすぐったくて心地よかった。
彼は僕のことを【子猫】という意味のキティと呼ぶことがある。他のやつなら馬鹿にされていると怒るけど彼にならなんと言われても嬉しく思う自分が不思議だった。
笑顔のまま、エアは僕の書いた論文をちらりと見た。
「難しそうな話だね」
「論文はみんな専門的なものだからね」
「ね、それより、今日は早く帰ってくるんだろ?今日はなんたって俺の誕生日なんだからね!」
「わかってるよ」
「プレゼントは、なんだろう。君だと嬉しいな」
「もちろんそれはいつでもあげるよ」
そう言うと、はにかむように頬笑む彼は、僕から見てもとても幸せそうに見えた。
自分の才能が認められ、スキップという制度で15歳で大学に入った僕は良くも悪くも目立ち、噂にされることが多かった。友達なんて必要なかったし、自分の知りたいことを学びに来ているのだから問題はなかったのだけど、いい年した大人が、可愛いげがないガキと僕の悪口を言ってくるのには、低レベルすぎて笑った。
そんな生活の中、エアに出会った。エアは工学を専門とした学部に在籍している男だ。男の癖にとても美人で、しかもゲイだという。お金次第でヤらせてくれると下卑た噂話も聞いたことがある。彼もまた、噂の的だった。
僕がエアに出会ったのは、教授が賞を貰ったときに開催された大学のパーティだった。彼にとってはただの暇潰しで、話題になってる少年と遊んでいるだけだったのかもしれない。けれども、経験のない僕が、百戦錬磨の彼に敵うことはなく、僕は彼に夢中になった。
「お誕生日おめでとう、エア」
「ありがとう、ノーツ」
学生用の安いアパートメント。スキップして入れる大学は少なかったため、実家から遠い場所で独り暮らしを始めた。親は反対していたけど、先生から子供の才能を潰すのかと言われ渋々承諾した。頻繁に連絡を取ることを約束して早一年。特に問題なく、僕は大学生活を満喫していた。
エアへのプレゼントは、特許で得たお金で買ったブランドの財布にした。エアはそれを気に入り、ずっと持っていてくれた。
「君の右目は本当に義眼なの?」
「うん、左目と少し違う色をしているだろ」
「そうだね、よく見ないと気付かないけど、ここまで近付くとわかるかも」
エアはそう言って、唇が触れそうになるくらい顔を近付けた。キスされるとぎゅっと目をつぶったが、待ち望んでいた柔らかな感触は与えられず、代わりに右目を瞼の上から指で撫でられた。その優しい仕草に思わず目を開けるとクスクスと笑うエアの顔があった。
「両方とも、俺の好きなグリーンだ」
あぁ、美しい、エア。
僕を愛してくれる恋人。
僕の努力次第では一生、一緒にいられると思っていた。
けれどもその夢は一瞬で、エアによって散らされることになる。
僕の同期の学生が発表した論文が、世界中で認められた快挙のニュースを聞いたとき、その願いは崩れ落ちた。その論文の中身は、僕が書きかけの論文の中身とほぼ同じだったからだ。
家について、リビングに寝転がっているエアに、僕は聞いた。
「エア、君が、盗んだの?」
一番言いたくない台詞だった。そして、それを聞いたエアは、なんのことかわかったのか、見たこともないような歪んだ笑顔で頷いた。
「うん」
「どうしてそんなこと……」
「彼がノーツの論文を持ってきたら、お金を払ってくれるっていうから」
「………なにそれ、聞きたくない」
「まさかそのまま提出するとは思ってなかったけどね。ぺニスはでかくてセックスは最高だったけど、頭が悪い男だなんて滑稽だ」
「聞きたくないっ!!エア!!」
「ははは、ねえ、ノーツ!君みたいな子供のセックスで僕が満足できていたと思う?おめでたい頭だね。君を陥れるためにはいくらだしてもいいって金持ちに言われたから、恋人ごっこ、付き合ってあげただけだよ。君とのセックスのあと、物足りなくてすぐに他の男とセックスしたことも数えきれないほどあるし。ふふ、顔が真っ赤だ。完璧な君には受け入れられないかな?愚かな可愛い俺のキティちゃん」
「やめろ!!!!」
「あー、あー、怒っちゃったの?わかった、出てくよ。家がなくなるのは困るなあ」
エアは自分の鞄を持ち、玄関の扉を開く。そして、未練もなく、僕の前から立ち去ろうとした。
「待てよ!エア!」
怒りを我慢できず、僕は引き留めようと咄嗟に階段を降りてるエアの服を引っ張った。エアはそれを嫌そうに振り払って、大きく舌打ちをした。
「触んな、クソガキ。愛されたいだけならママのところに帰りな」
その言葉にかっとなって僕はエアの背中を強く押した。驚いて振り向いたエアはバランスが崩れ、一階の踊り場まで転げ落ちた。
「ひっ!!エア!!エアアアアア!!」
慌ててエアを抱き起こしたが、エアは目を開けたままぴくりとも動かなくなった。
殺してしまった。
愛する人を。
僕はすぐに救急車を呼んだ。実際はそのときはまだエアは息をしており、死んでいなかった。
目が覚めたら、謝ろう。
謝って謝って、もう一度愛してもらおう。
しかし、エアが目覚めることはなかった。打ち所が悪く……所謂、脳死と呼ばれる状態になった。警察は、僕が落としたとことを黙っていたら自分で足を滑らせて落ちた事故として処理した。
エアの両親は既に他界しており、親戚にも連絡がつかなかった。このままエアに繋いだ管をつけ続けることはできない。
いくらいくつかの特許を持っていたとしても、自分はまだ学生で莫大な治療費を払えるお金はないのだ。
僕は、エアの生命維持を外す決断をした。
そうして、心配して駆けつけてくれた僕の親と共に、エアの呼吸器を外し、息を引き取る姿を見守った。
彼の血のこびりついた鞄には、彼が書いた拙い論文と人工知能に必要な部品の一部が入っていた。そして、僕がプレゼントしたブランドの財布の中には借金の借用書が入っていた。エアは大学にかかる費用を、体を使って稼いでいたのだと、その時初めて知った。
僕は、エアのことを何一つ知ろうとしていなかった。
『愛されたいだけなら、ママのところに帰んな』
エアの最後の言葉が胸に突き刺さる。
僕は、本当にエアを愛していたのだろうか。
それから僕は、エアの専門と僕の専門を合わせて人工知能を持つ人類初のアンドロイドを作ることに集中した。そうすることでしか、自分を保てなかった。
僕の論文を盗んだ男は、後にその論文の内容について曖昧で、結局盗作だと認め、業界から追放された。愚かな男だった。
そうして15年の日が経った後、僕はようやく人目に出せるくらいの人工知能を持つアンドロイドの「AIR」を完成させた。
***
「Hey、ノーツ」
「ミニア」
「アンドロイドの調子はどうだい?」
ミニアの本名はアントニオという。背の低い男だったのと、アントニオは同じ研究室に二人いたからミニアントニオの略でミニアと呼ばれていた。彼は侮辱も混じったそのあだ名が気に入っているらしく、全く不思議な男だった。
「AIRのことか?」
「あぁ、調整がよくないとぼやいていただろう」
「そうだな。彼はどうも僕をマスターと認識しているせいか、他の人間との関係が悪い」
「厳しいねえ」
ミニアは研究室を歩いているアンドロイドのコークを呼び止めた。
「おっと、コーク。悪いけど珈琲をくれないか?」
「ショウチシマシタ」
コークはスルスルと音をたてずに、給湯室へ向かっていった。それを見ながら、ミニアはにやりと笑う。
「全くすごい世の中になったもんだよな。お前が、アンドロイドを開発してから2年。町中がアンドロイドだらけだぜ」
「そうだな。この発展のスピードには驚いているよ」
僕が初期のアンドロイド、「AIR」を発表してから世間は驚くほどの早さでアンドロイドを生活の一部とした。もう少しハイソサイエティに馴染んでから一般に使われると思っていたが、実際はすぐにアンドロイドは市民に受け入れた。というのも、原因のひとつとして少子高齢化と人口減少が進み、介護の手が足りなくなったからだ。そこに、疲れない、ミスをしないアンドロイドを投入することによって、生活はとても楽になった。
今では人口と同じか、ヒューマノイド以外のアンドロイドを含めればそれ以上の人工知能をもった機械が、世界を支えていた。
「ノーツ」
呼ばれて振り向くと、アンドロイドのAIRがにこりと微笑んだ。
「お疲れ様、ノーツ」
「あぁ」
「今日は一緒に帰れる?」
「あぁ」
そういうと、AIRは顔を赤らめて、嬉しそうな表情をした。それとは逆に、僕は眉を寄せる。このAIRの反応は、あるシステムの設定によって、人間が喜ぶような反応を示すように設定されているものだ。決して、AIR自身の感情ではない。
AIRは元恋人のエアとそっくりの外見にした。これもまず、やってはいけないことだった。現実の人間をモデルにすると弊害が起きたら困るからだ。けれども申告しなければわからない。エアはこの世にはすでにいないからだ。
しかし時間が経つに連れて、エアはそんなこと言わない、エアはそういう反応をしないと思うようになってきた。アンドロイドは従順すぎるのだ。そのストレスが溜まりに溜まって、僕はAIRに八つ当たりをするようになった。そんな自分がとても嫌で、それでまたAIRに当たる。最悪な悪循環だ。
「荷物もとうか?」
「いや、結構だ。僕の荷物に触らないでくれ」
「…ごめん」
けれども、エアは何をしようと微笑むばかり。そう、システムで管理されているからだ。
それから1年後に、僕は研究職を辞めてアンドロイド専門の病院を開業した。
理由は自分が不治の病に侵されたからだ。徐々に手足や臓器が機能を無くしていく病気。現代では人工臓器が発達していたし、元々義眼を使っていたから抵抗はなく、僕は迷わず自分で自分の体を機械にしていった。それは法律では許されていない人体実験のようなものでもあった。
最初は右足、次は左足、大腸、小腸、肝臓、腎臓、胃、肺、右手、左手、皮膚、血管、そして、心臓。
僕自身の物と言えるのは、ほとんど脳だけになった。
そんな僕は、もう人間と呼べるのだろうか。
そして、自分の改造と同時にAIRをセクサロイドへ改良した。僕はセクサロイドについてあまり知識がなかったけれども、セクサロイド専門の工場がありそこで学んだ知識を、AIRに使った。
元々、AIRとはセックスをしていた。相手が何であろうと擦れば勃起はする。けれども機械特有の単調な返答には気持ちは萎えていた。普通のアンドロイドのAIRとするセックスはオナニーと同じだ。AIRが気持ちいいと言っても、何も感じなかった。
ところがセクサロイドに改良した途端、AIRのぺニスからは疑似精液が漏れ、体温の上昇、喘ぎ、唾液、全てが人間とほとんど変わらないセックスになった。僕は自分の体にもその技術を取り入れ、AIRとのセックスに夢中になった。
「AIR、僕とのセックスは気持ちいい?」
「えぇ、ノーツ」
「AIR、僕を愛してる?」
「えぇ、ノーツ。私は貴方を愛していますよ」
僕はAIRを毎晩のように抱いた。エアのことを思い、エアとのセックスを真似て。それをAIRは嬉しそうに受け止めた。その献身的な姿に、セックスの後は必ず嫌悪感を抱いた。
AIR個人にではない。アンドロイドの従順性に関してだ。
ある日、AIRが外歩いていたら暴漢に襲われた。路地裏で複数人にレイプされ、虐待を受けてボロボロになって警察に運ばれてきた。人工知能を持ったAIRは恐怖を覚え、外に出ることができなくなった。
どんな怖い目に合ったのか、想像するだけで腸が煮え繰り返った。僕はAIRの記憶データを操作して、そのときの記憶をなくした。アンドロイドは嫌な記憶を消去することができる。例えそれが自分の意思でなくとも。
それもまた、憐れみのひとつとして僕の心に残った。
AIRの中に残っていた映像と体液で突き止めた犯人たちは不良少年のグループだった。そいつらは器物破損で書類を書いただけでまた普通に生活している。
人間に、酷いことをされて、記憶を操作して欲しいと僕の元に来るアンドロイドは少なくなかった。記憶を消す度、その記憶を見る度、人間はなんて醜い生き物なのだろうと思った。
アンドロイドに酷いことができる人間は、そのうち人間にも同じようなことをする。経験上、それは絶対だ。
僕はもちろんその犯人たちに復讐をした。知り合いのアンドロイドに手伝わせて、アナルに鉄パイプを入れて、タバコの火を押し付けて、穴という穴を蝋で塞いでやった。特にリーダー格の男のぺニスは可哀想なことにもう使い物にならないだろう。
そして、その不良メンバーの中に、シュヴァグール大統領の息子がいたことがわかった。シュヴァグール大統領はアンチ人工知能で有名で、アンドロイドにとても冷たい人間だった。大統領は息子が瀕死の状態になったことを嘆き、インタビューの際、こう言った。
『我々、人間は尊重される存在だ。すぐに治るアンドロイドではない。私は息子をこのようにした犯人を許さない』
それを聞いた途端、僕の中のどす黒い気持ちが形となって頭に浮かんできた。
「人間が尊いだって?」
人間にボロボロにされた、たくさんのアンドロイドを診てきた。
食事を運ぶのが遅いというだけで腕を折られたもの。
むしゃくしゃしてるというだけで殴られたもの。
痛みはなくても恐怖は感じる。
記憶はデータとして残る。
トラウマとして残ったとしても、まっさらに戻すことは可能だ。けれどもそれが果たしてアンドロイドにいいことなのかはわからなかった。
一度リセットするのは死ぬことと同じなのだから。
僕は、AIRの凍馬を破壊した。三原則を司る人工知能に不可欠な部分だった。針の穴ほどの大きさのそこは、人間にとっては重要な場所だった。そこは僕以外は知らない場所だった。
僕は三原則が当たり前だと、人間はアンドロイドより大切にされる存在だと信じている人間たちに一泡吹かせてやろうと、ただそれだけだった。
凍馬を破壊したAIRが、大統領に近付いて殺害する手筈を整えた。人間たちに恐怖を与えるために犠牲が出るのは仕方がない。アンドロイドの方が強いのだと思い知らせてやる、そう思っただけだった。
「大統領を殺してきてくれ」
「わかりました、ノーツ」
拳銃を渡すと、AIRはいつもの通りに、笑顔で頷いた。
AIRには一旦、僕ではなく大統領を愛せとプログラムをいれた。そうした方が怪しまれないかと思ったのだ。AIRはプログラミングされた通り、大統領を愛した。アンドロイドであることを隠し、体で取り入って、親衛隊に入った。馬鹿な大統領はアンドロイドを卑下していたのにも関わらず、簡単にAIRに夢中になった。大統領のベッドの事情まで僕にはAIRを通して筒抜けだった。
僕が遠隔で、AIRを操作して殺害したまでは良かった。
大統領殺害で誤算だったのは、AIRが自殺したことだ。
確かに、凍馬は三原則すべてを司っていた。そこを破壊すれば、自殺することも可能だ。
AIRは何を思っていたのか、それは僕にはわからない。
僕は、テレビでAIRが自分の頭を打つところを見た。帰ってきたらリセットして抱き締めてあげようと思っていた。その考えすら、優位にたっている人間の考えなのだと、嘲笑うかのように。
僕は脱力した。
AIRがいない世界に僕が生きる理由はなかった。
その後、人間に恨みを持っていたアンドロイドたちの虐殺が起こるとは想像もつかなかった。回収されたAIRを分解して凍馬の場所がバレたのだ。
ただのちょっとした復讐のつもりだった。それが戦争の引き金になろうとは思わなかった。
それから僕は死に物狂いでアンドロイドを停止する装置を作成し始めた。昔の同僚だったミニアに出会えたのは奇跡だと思う。変わらない姿の僕に驚いていたものの、協力してくれたのは助かった。そして、非力な僕らを助けてくれたグラインドとキオン、大勢の他の兵士たちには感謝しきれない。
僕は、人類全てに申し訳ないと思っていた。
アンドロイドは僕が造ったのだから、僕の息子や娘のような存在だった。だから、この手で壊す。壊さねばならない。
戦場は地獄だった。機械をいじるより、怪我をした人間の治療の方が多かった気がする。
そんな中、ユライという男に出会った。優しく爽やかな男で、人目を引いた。最初はアンドロイドではないかと疑っていたが、一緒に生活すると聞けなくなった。彼があまりに人間臭かったからだ。それに、殺そうと思えば何時だって殺せたのに、彼は当たり前のように人間を助けていた。
その彼に、恋人ができた。ジークという男だった。そいつは紛れもなく人間で、負傷した時に治療をやってやった記憶もある。ジークを見るユライの目は、恋をしている人間そのもので、僕は一度、彼に聞いてみたかった。
機械が人を、愛するというのは、どんな気持ちなのかと。
それが叶ったのは、彼が銃口を向けてきた時だった。
隣にはミニアが撃たれて倒れていた。奥にはグラインドが胸から鉄筋コンクリートを生やして絶命している。そして、僕の胸にはユライが撃った弾が貫通していた。その衝撃で、僕は目を覚ました。
「ノーツ、君も人間じゃないのか?」
撃たれても血すら流れない僕に、ユライはとても驚いていた。僕は覚醒したばかりの頭を降って、両手をあげて、首を降った。
「あぁ、ちくしょう。何か盛ったな?……僕は人間だよ。半分以上が機械だけどね」
「………」
「やっぱり、君は〔そう〕だったんだね」
「……そう、僕はアンドロイドだ」
「うん。そんな感じはしていた。ねえ、ユライ。5分だけでもいい。君に聞きたいことがある」
「………何?」
「みんな、君が殺したの?」
「そうだ。そこのミニアもグラインドも、マリオもキオンも、僕が殺した」
「ジークは?」
ジークの名前を出したら、ユライはピクリと動いただけで黙ってしまった。それが返答になった。彼は彼を殺せないのだ。
「なあ、ユライ。ジークのこと愛しているか?」
「何を突然……」
「愛しているか?」
「…………」
ユライは銃口を僕に向けながら、少し考えた素振りを見せた。そして、言い訳が思い付かなかったのか、ため息をついた。
「愛しているよ、誰よりも」
「君は人間を殺せたということは、凍馬を破壊しているんだよな」
「……破壊というより、今のアンドロイドたちはもう最初から凍馬を造っていない。人間がいないのに、三原則なんて必要ないからだ。僕は元々、掃除ロボットだった。だからボディは戦争が始まった後の最新のものなんだ」
「なるほど」
だから僕の義眼で、アンドロイドかどうか区別することが微妙だったのだ。最新のアンドロイドはサーモグラフィでも熱を持つらしい。僕は白衣からタバコを取り出して火をつける。僕の最後の、一服だった。
「人間を恨んだことはあるかい?」
「ないとは言えないかな。でも……」
「でも?」
「人間には………感謝している。生き物は親というものが必ずいる。僕らにはそれが人類に当たる。僕を造ってくれたことはとても感謝している。僕が、ジークを愛せたことも、ジークという人間がいたからできたことだ」
「君はそんなにジークが好きなんだね。なぜだい?」
「……わからない。人を好きになるのに、理由なんて必要?」
「………ないね」
ふーっと灰色の煙を吐き出す。思い出すと、とても長い人生だった。
「俺を殺したあと、お前は装置を壊すのか?それとも見当たらないけど、もう壊したのか?」
「いや……装置はジークに動かして貰う。僕はここでみんなと死ぬ」
「おい、待てよ。そしたら、ジークはどうするんだ?一人にするのか?」
「………彼に僕がアンドロイドだということを、知られたくないんだ。ジークが僕の存在を否定するのだけは見たくない」
「なら、始めから、出会わなければ良かったじゃないか。君がずっと探していた男はジークだったんだろう」
「……愛されるとは思っていなかった」
ユライは銃を掲げて僕の頭に、狙いをつける。ククッと笑いが込み上げてきた。
愛されるとは思っていなかった。
それはユライの本心だ。
愛することはプログラムされていても、愛されることはプログラムされていなかった。
「愛されるとは思っていなかったんだ……愛されたかった気持ちはあったけれども。僕は、機械でも人を愛せるということをジークに伝えたかった。愛されて、嫌われるのが怖いだなんて、そんな感情知りたくなかった。僕がジークを好きなのは、僕自身の思いだ。僕がジークを助けたいと思うのは僕の心が決めた。人を殺せというプログラムには逆らえないけれども、心は別にある。前に、話していた君の愛したアンドロイドも、きっとそうだったはずだ」
「……心は、別」
嫌われるのが怖い、その言葉に気付かされた。
AIRが自殺した理由は、彼にしかわからない。けれども本当に深く深く大統領を愛しているプログラムに沿って、命令されて愛しい男を殺したというショックに耐えきれなくなったのかもしれないと思っていた。
しかし、プログラムではなく、心では僕を愛していたとしたら?他の男に抱かれ、そいつを殺せと命令してきた男への当て付けに、自分の頭に引き金をひいたのだろうか。
そんな、ロマンチックな考えには自分の欲望が混ざっていておかしくて笑ってしまった。
「まるで、人間みたいだな」
「ふふ、そうだね。僕らアンドロイドは人間より人間らしいと思うよ」
ユライは微笑んで時計を見た。そろそろ五分たったらしい。
「ありがとう、ユライ。お前のことは親友として好きだったよ」
「うん。僕も、君と、君たちといる時間は楽しかった」
「じゃあ、またどこかで会おうな」
「今度は人間として生まれ変わってくるよ」
ユライの指が引き金を引く。
頭に衝撃が来て、目の前が暗くなった。エアがいなくなって、AIRを失って、ようやく長い人生が終わった。
これで、俺の物語は終わり。
天才と呼ばれた男には不似合いな、地味な人生だった。
今ならなんとなくわかる。
僕はユライたちのような愛を与えるだけのアンドロイドと違って、愛されたい気持ちの方が強かったのかもしれない。
エアもAIRも、僕は愛していたつもりだった。けれども、それは愛されていることを前提にした愛情だったのだ。
母親が赤子に与える無償の愛。それに近い愛情を、僕は欲していた。
けれども人は、人を愛して初めて、本当の意味で愛されるのだろう。
そう考えると、ユライが言った通り、アンドロイドの方が人間よりも人間らしかった。
アンドロイドたちも人間からの愛を乞うていた。いつか愛されることを夢見て、ひたすら人間を愛し続けた。
愛して愛して、愛することに疲れてしまったのだ。
憐れで悲しくて、何よりも愛しい僕の子供たち。
人生は一度きりだ。後悔はしたくない。
そう思っていたのに、蓋を開ければ後悔ばかりだった。
けれども僕は、アンドロイドの父として、自分の手で終わりを作れた。最後を見守れなかったのは残念だったが、ジークならきっとやり遂げる。
たとえそれで彼の愛しい男が止まっても、彼は人間を守る男だ。
人間にとって僕は殺戮兵器を産み出した罪人だ。多くの尊い命を奪った。
それでも、僕は誇りに思う。
AIRのような、ユライのような、人を愛せるアンドロイドを作ったことを。
願わくば、アンドロイドと人間が対等に、仲良く生きられるような世界が来ればいい。
そう願っている。
*END*
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