第6話

 俺は今日も公園にいる。

 目の前には彼女もいた。

 彼女がこの公園サンクチュアリに入門してから三ヶ月が経つ。

「どうしたんだ? 今日は走らないのか?」

「走ります。走ります、けど最近、中々痩せないんです。もうこれ以上は無理なんですか?」

 彼女は最初に比べてかなり細くなった。そのダイエットは成功、と言って良いだろう。

「別にこれ以上痩せなくても——」

「嫌です! まだです! 他の子達みたいに私、もっとオシャレとかしてみたいんです!」

 なんてストイックな子だ。

「あんた、筋トレはしてるか?」

「一応、家で、ペットボトル使うやつとか、動画でやってるやつとかは……」

「なるほど、じゃあ大丈夫。続けていけば、少しずつ痩せていくから」

「少しずつじゃあです!」

 なんて、ワガママな子だ。

「んじゃあ、一緒にやる?」

「あなたと同じこと、私ができるとでも思ってるんですか?」

「いや、無理でしょ。だからあんたに出来る事を俺と一緒にやるのか、ってコト」

「意味はわからないけど、私にも出来るんですね?」

「それはあんた次第」

 俺は普段俺がやってるメニューの、彼女に提示した。今の彼女がギリギリ出来る範囲で。

「はあっ……! はあっ……! なんでこんなキツイこと、はぁはぁ……好きなんですかっ……!?」

「いや、だって趣味だし」

「……! 良いです! はぁはぁ……! 続けます……!」

 そしてなんとか彼女は、今日のノルマを終える。

「え? もう、終わりですか?」

「うん。もうちょっと続けたかった? その割にはヒィヒィ言ってたけど」

「いや、続けたくはないです」

「あんたが普段やってる時間よりも短いかもだけどさ、たぶん、今日の方が疲れてると思うよ。いやー、明日の朝の筋肉痛が楽しみだねぇ? ははっ!」

「ホント性格悪い!」

 彼女はまだ痩せてる途中だ。太っていると言われたら、確かに太っている部類に入るだろう。

 それでも俺は、彼女のそんな体型とは関係なしに、そのひたきさに惹かれていた。もう目指すべき相手もいないのに、何故そこまで好きでもない事をするのだろう。俺は楽しいから良いんだけど。

「な? キツイだろ? 明日からは普段通りに、コツコツやった方が良いんでない?」

「いえ、続けます」

「ふ、ふーん? 明日は俺居ないけど、まぁ一人で頑張って下さいな」

「え? サボりですか」

 サボりだと? 違うな。休息というものだ。

「今日焼肉屋で飲み会なんだよな。だから起きられる自信がないだけ」

「なんでそれで太んないの?」

「んー、ずっと続けてるから、じゃね? あとは、無理そうならやらない、そういう予定を立てる。そしたら罪悪感も、何もない。次の日からフツーに続けられるし」

「へー、なるほど。そうなんだ……なんですね」

「あんたも筋肉痛が酷いようなら明日は休めば? 何日サボったか、じゃなくて、何年続けられるか、だから」

「何年……!!」

「あ、そーだ、そのジャージも買い替えた方が良いと思う。もうブカブカじゃん」

 もう揺れる肉が見られないし。

「……あの、今度一緒に、選んでくれませんか?」

 不意に言われた言葉にドキッとする。

「え? 俺なんかと買いに行って良いの?」

 我ながら情け無い反応だ。オレに笑われる。

「あ、そういう意味じゃなく、私もあなたみたいにソレっぽいウェア、着たいんです!」

 ああ、変にキザな事言わなくて良かった。ホラ見ろオレ

「そうだな、それじゃあ今度あんたが暇そうな時にでも誘ってよ。俺基本昼はいつでも暇だから」

「じゃあ、今日行きましょう!」

「うぇ? いきなりだな」

「だって男の人、私には、すぐに先延ばしにするから」

「そんな事ないと思うけど、まぁ良いか——」


 その後スポーツショップの試着室から出てきた彼女は、まだ少しだけ、揺れていた。



 終わり。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

 彼女の尻は、揺れていた。 Y.T @waitii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ