第5話
「やっぱり私のこと、デブだと思っていたんでしょう?」
彼女は俺の表面上の「違う」に対してではなく、その奥に隠していた本音に反応した。よほど、気にしていたのだろう。
既に両手を地面に着けながらも未だ腕立て伏せの姿勢だけは崩さずに、上目遣いで俺は応える。
「……太っている、とは思ってた。でもキモいとは思ってないぜ?」
「どういう、こと、です?」
「あんた、なんでしばらくココに、来なかった?」
混乱する彼女に応えず、俺は質問で返した。
「……好きな人が、いたんです。でも、同僚の痩せた子に、とられました。ショック、でした」
なるほど。
「どうして、戻って来たんだ?」
「私が痩せようとした理由は、その好きな人のためでした。でも、私が痩せる前に彼女ができて、ああもう痩せなくて良いんだな、って思いました。でも、ツラかったこの頑張りを辞めたら、もっと惨めになると、思ったんです。だから、戻って来ました」
その答えに俺は、ショックを受けていた。彼女に好きな人がいたという事実よりも、自分がこの女の子の背景にあったツラさを見ようとはせずに、ただ浮かれていたことに。
「そう、か。ごめんな? 一人で喜んでて」
「よろこんで?」
「俺は、あんたがこの
「……! ば、馬鹿じゃないですか!? 私がココに来たのはあなたには関係ありません! 勝手に人の気持ちをわかろうとしないで下さい! 本当に、気持ち悪い……」
「それも、そうだな。俺とあんたは関係ない。あんたはキモくはないし、俺はキモい。それで良いんだよなぁ」
「そうですね! もう行きます!」
そう言って彼女は走り去った。俺も腕立て伏せの姿勢を辞めて、トラックの外周をジョギングする事にする。
すぐに、彼女に、追いついた。
「はぁはぁ……なんで、ついて来るん、ですか……!?」
「これが俺のやり方。無酸素運動で酸性に傾いた身体を、有酸素運動で元に戻して、次の種目のパフォーマンスを万全にするんだ」
「わけ……! わからない、です……!」
「ただ闇雲に動けば良いってもんじゃねーんだよ。
「オレたち!?」
「そう、俺達。思いやる心があれば、きっと相手にも伝わるって、俺は、信じてる」
「何が、伝わるって、言うんですか!?」
「好きって、気持ちだ」
「ええ!? 好き!? 私のこと、からかってるんですか!?」
「からかってなんかねえって。本心だよ。それじゃあ俺は自分のトレーニングに戻るわ。まだまだ今日のノルマは終わっちゃいねえからな」
「ちょっ!?」
彼女はまだ何か言いたげだったが、俺は定位置に戻った。その後も何度か彼女と目が合ったが、お互い、何も言葉を交わす事なく、その日は終わった。
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