第4話

 俺は今日も公園にいる。

 とても幸せな時間であるはずなのに、何故か心が躍らない。

 あの女の子は、どうしているのだろうか。

 何故来なくなったのだろうか。

 あともう少しだけでも続けていたなら、もっと痩せて、くらいにはなれてただろうに。

 俺はそんな邪念を振り払い、トレーニングに集中する——ほぉら、楽しくなって来ただろう? そうだよこの感覚、全身に血が、熱が行き渡るこの感覚、コレだけが有れば俺は幸せなんだ——そう自分に言い聞かせる。

 でも、やっぱり足りない。

 一度覚えた楽しみがなくなるというのは、こんなにも淋しいものなのか。

 そして一週間経ったのち——。


 あの子が、戻って来た!


 女の子は、リバウンドしてはいなかった。きっとこの公園に来ない間もダイエット自体は続けていたのだろう。とても喜ばしい事である。しかし、俺が嬉しく思った理由は、その子の視えないダイエット生活にではなく、同じ空間にその子が戻って来てくれた事が、単純に、嬉しかった。

 その子はいつものように外周を走る——と思っていたのだが、なんと俺に向かって近寄って来た。

 何故か俺は緊張し、片手で指立て伏せをしていたオレたちが、震える。

「なんですか?」

 そう言ったのは俺ではなく、その女の子だった。

「へ? 何が?」

「私を見て笑ってましたよね? ていうか、今も」

 ん? やべえ! しまった!

 ついその子に顔を向けて、ニヤついてしまっていたようだ。

「い、いやぁ、なんでも——」

「そんなに、おかしいですか?」

「おか、しい?」

「デブが、必死に走るのが、そんなにおかしいですか? 今までもずっと、見てましたよね?」

 そうか。一ヶ月も見ていれば、さすがに気づかれていたのだろう。だが、それは誤解だ。たしかに俺はあんたの尻の肉を眺めていたが、別にいやらしい目で見ていたり、馬鹿にしたりなんかしていない。

「いや、いつもはその……応援してた。今日は、戻って来てくれて、嬉しかったっつーか」

 俺は素直に本音を言った。

「応援? どうしてです?」

 女の子は更に眉根を寄せて、問いかける。

「あー、引かないで欲しいんだけど、俺はトレーニングが好きなんだよ。だから、仲間が増えた、みたいにさ」

「引く? なんでです?」

 少しだけ女の子の目が見開かれる。

「うーん、なんて言えば良いか——カッコつけるためとか、ファッションでトレーニングするヤツら、多いじゃん? でも純粋にそれが好きって言ったらキモがられる事が多い、と思ってる」

 俺は、オレが好きだ。だが、それがコンプレックスにもなっていた。他人には理解できない趣味。そういうイメージを俺は、自分の中に作り上げている。それを自覚している今でも、トレーニングを他人には語れない。恥ずかしいと、思っているのだ。

「ああ、そうですね。確かにキモいです。それに熱中してるようなナルシストって」

「はは、やっぱり?」

「でも、デブよりはマシです。デブのほうがキモいでしょう?」

 俺は、どう応えるべきか。

 肥満とはその人の体質にもよるが、生活習慣からくるものだ。その体型を見ただけで普段、その人がどんな生活をしているか想像してしまう。ある種の差別的な目で見ていた事は、否定できない。

「あんたは、違う」

 口をいて出たのは、否定とも肯定ともとれる、そんな曖昧な言葉だった。


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