ずっと泣いている女の子と泣けない僕
学校から帰ると、家に誰もいなかった。
まぁ、いつものことだけど。
父親はいない。母は朝早くから仕事に出かけて、帰ってくるのは夜だ。
暇なので、僕は公園に行くことにした。
家から五分くらい歩いたところにある、小さな公園。
ブランコと滑り台と砂場とベンチが一つあるだけの、つまらない場所。
でも、お金のない僕の遊び場所は、ここぐらいしかなかった。
なにで遊ぼうか、と考えたが、友達がいない僕の選択肢は、少ない。
僕はブランコで遊ぶことにした。
特に深い理由はなく、今日は何となくブランコの気分だったのだ。
ぶーらぶーらとブランコに乗っていると、ぐす……ぐすん……と声が聞こえてきた。
ベンチの方を見る。
その公園には、いつも泣いている女の子がいた。
ベンチに座って、何もせず、暗くなるまでずっと泣いているのだ。
かつては多くの大人や子供たちが、そんな彼女を心配そうに見て、声をかけていたが、彼女は無視してただずっと泣いているだけ。
やがて、声をかけていた人たちも気味悪がるようになっていき、今では彼女に声をかける人は一人もいなくなった。
今日も彼女は一人、ベンチで泣いている。
そして、今日も僕は一人、ブランコで遊んでいる。
一時間くらい、ずっとブランコを漕いでいた。
何も考えず、ただひたすらに。
べつに楽しくはなかったが、なんだか心は落ち着いた気がする。
暗くなってきたので、帰ろうと思った。
ブランコを降りて、ベンチの方を見る。
彼女はまだ泣いていた。
少し心配になって声をかけた。
「僕はもう帰るけど、君は帰らないの?」
無視される。
「もう暗いよ、帰った方がいいよ」
また無視された。
僕は溜息をついて、彼女が残るその公園を後にした。
次の日、学校が終わった後、また公園にいったのだが、彼女は今日も泣いていた。
昨日は結局いつまで彼女はこの公園にいたんだろうか。
今日は彼女が帰るまで、僕もここにいようと思った。
お母さんに怒られるだろうけど、それは覚悟の上だ。
僕はベンチへ行き、彼女の隣に座った。ただ何もせず、時折、泣いている彼女をチラッと見る、そんなことを何時間も続けた。
暗くなって、しばらくすると、彼女の方から声をかけてきた。
「帰らないの?」
彼女が赤くなった目で僕を見つめてくる。
「君のほうこそ帰らないの?」
「帰らない」
「なんで?」
「まだ悲しいから」
「悲しくなくなったら、帰るの?」
「うん」
「悲しいから、泣いているの?」
「うん」
「なんでそんなに悲しんでいるの?」
「今日、人が死んだの」
「君と親しい人だったの?」
「ううん、知らない人、ニュースでやってたの、殺人事件が起きたって」
「なんだそれ、君はまったく関わりのない人の死が泣くほど悲しいのかい?」
「うん、君は泣かないの?」
「泣かないね、バカらしい、毎日のように、悲惨な事件がどこかで起きて、誰かが不幸になったり、死んだりしている。いちいち悲しんでいたら、きりがないよ」
「うん、わかってる、わかってるけど、どういようもなく悲しいの、ぐすん、ぐすん」
そう言って、涙をさらに流す彼女を見て、僕は思う。
いつからだろう、他人の悲劇を、ただ自分じゃない人がかわいそうな目に遭っているとしか思えなくなったのは。
いつからだろう、自分がこんなに醜くなってしまったのは。
「大丈夫?」
と彼女が僕の顔をその大きな瞳で覗いてきた。
「大丈夫って、なにが?」
「すごい悲しそうな顔をしていたから」
「大丈夫だよ」
「嘘だ、本当は泣きたいんでしょ」
「……うん」
「じゃあ、泣こうよ、一緒に」
「うん」
僕は泣いた。彼女と一緒に。
その日から、僕と彼女は、世界のどこかでなにか不幸な事件が起こるたびに、この公園で一緒に泣いている。
地獄の物語の集積所 桜森よなが @yoshinosomei
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