地獄の時計台

 いつから自分が存在していたか覚えていない。

 気づいたら、僕は大広場の時計台としてそこにいた。


 どうやら僕は観光スポットになってるらしい。

 わざわざ僕を見に、遠くからここまで来る人もいる。

 でも、しょせんはただの時計台なので、ちょっと見てすぐ飽きて、「なんだかたいしたことなかったね」て言って、去っていく。


 ここら辺に住んでいる人たちは、僕がいるところをよく待ち合わせ場所に使っている。

 今日も四人の子供たちが、ここで集合していた。

 その四人は、ラウルとロイとマリーとアイリスという名前らしい。


「チャンバラしようぜ」

「うん」


 ラウルが言ったことにロイがうなずく。


「えー、おままごとしようよ」

「そうそう」


 マリーが言ったことにアイリスが同意した。


「チャンバラ!」

「おままごと!」


 ラウルとマリーがケンカして、ロイとアイリスが二人をなだめていた。

 結局、男子と女子は別々に遊ぶことになった。

 でも、本当は全員、四人で遊びたそうだった。


 次の週、四人の子供たちは再びこの広場に集まった。

 ラウルとマリーがお互い、気まずそうに見つめ合う。

 やがて、マリーが沈黙を破った。


「ねぇ、おにごっこしない? 四人で」

「そうだな、うん、しよう」


 ラウルがそう言って笑うと他の三人も笑った。

 四人は楽しそうに鬼ごっこをしていた。

 僕は彼らが遊ぶところをただ見守っていた。

 何時間も、何日も、何週間も、何か月も、何年も……


 四人はいつの間にか大きくなり、ラウルとマリー、ロイとアイリスがそれぞれカップルになった。

 よくこの広場で四人はダブルデートしている。


「アイリスとお弁当作ってきたから、みんなで食べよう」


 と広場のベンチで、マリーは弁当を広げる。

 アイリスはそんなマリーをからかった。


「マリーは全然料理できないから、ほとんど私が作ったんだけどねー」

「ちょ、ちょっとアイリス! それは言わないでって言ったのに!」

「それでも、嬉しいよ。ありがとう、マリー」


 ラウルがそう言って微笑むと、マリーはうれしそうに笑った。

 そんな二人をほほえましそうに見るロイとアイリス。

 どちらのカップルも幸せそうだった。

 四人の幸福がいつまでも続けばいいのにな、て思った。


 それからさらに数年が経つと、広場に来る人達がみんな慌ただしい様子になった。

 最近、来る機会が少なくなっていたが、久しぶりにラウルとロイがこの広場に来た。

 マリーとアイリスは来ていなかった。


「ラウル、マリーが妊娠したんだってな、おめでとう」

「ロイの方こそ、アイリスと先日、結婚したんだろ? おめでとう」


 しかし、二人の顔は話している内容に反して、暗かった。

 なんでだろう?


「ロイ……おそらく、もうすぐここは戦場になる」

「うん、そうだろうね」

「俺は兵士として、この国を守る。お前とアイリスは逃げたほうがいい」

「いや、僕もここに残るよ。アイリスも残るって言ってる」

「どうして……」

「生まれ育ったこの国を守りたいんだ。君とマリーだってそうなんだろう?」

「ああ、そうだ……」

「ラウル、僕たちでこの国を守ろう」

「ああ……」


 二人は固く握手を交わした。


 数週間後、ここは戦場になつた。

 広場で殺し合いが起きている。

 血しぶきが、いたるところで舞っている。

 広場が血と死体だらけになり、生きている者が誰一人いなくなった時、ラウルとマリーがやってきた。


「ラウル、ロイとアイリスはどこ……?」

「ロイは……死んだ、アイリスも……」

「そんな……」

「マリー、おまえだけでも逃げろ」

「いや、私も残るわ、最後まであなたといさせて」

「マリー……」


 二人は強く抱きしめ合った。

 そんな二人に、鎧を着た者たちの大群がやってきた。

 ラウルとマリーに敵の刃が迫りくる。

 僕は手を伸ばそうとする。

 でも、手なんてなかった。

 僕は、ただの時計台だった。

 何もできない。ただ、この争いを黙って見ていることしかできない。

 ラウルは懸命にマリーを守っていたが、やがて、敵の凶刃に倒れた。

 守る者がいなくなったマリーも、彼の後を追うように、殺されてしまう。


 ラウルとロイとマリーとアイリス、四人が幼い時から見ていたが、これでみんな死んでしまった。

 それからも、次々と人が死んでいく。

 広場に死体が積み上げられていく。どこを見ても、血で赤く染まっている。

 しばらくして、戦争が終わった。

 後に残ったのは、大量の死体と血の跡だけだった。


 僕はなにかしたかった。

 でも、なにもできない。

 僕は動けない。ただここで時を刻むだけの置物。


 なんで僕は時計台なんだろう?

 もっと別の何かだったら、僕はあの人たちを助けられたのに。


 なにもできない、誰かが不幸になっても、救えない、

 争いが起きても、止められない。

 世界にどんな災厄が降り注いでも、ただ見ていることしかできない。

 ただ、僕は僕が壊れるまで、この広場で時を刻むだけ。


 針が動く、ただひたすらに……。

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