アイトハ

福山典雅

アイトハ

 アタリマエの日々、僕は彼女が隣にいた事を決してそんな風に思わない。


「もし私が死んだら、どう思う?」

「しわくちゃのおばあさんだったらって思う」

「答えになってないよぉ〜」


 彼女は良質な炭酸水みたいに穏やかに弾けて笑う。


 僕はそんな彼女を、何度も、何度も、思い出せるようにこの物語を書く。


 彼女の名前は祐月。僕らは大学の同級生で、今は病院に向かっている。


 初夏を迎えた街並みは新緑とは縁遠いけど、頬に当たるそよぐ風には、確かに夏の香りが芽吹き始めていた。


 祐月は先日受けたお仕着せな健康診断で、たまたま再検査に引っかかってしまった。


 まるで健康体な彼女に何の問題があるのだろう。僕はイエローカードを改めない検査という審判に、猛烈にアピールしたい気分だった。


 だけど現実は違っていた。彼女は唐突にしかも緊急で検査入院となり、動揺する僕は彼女の家族と入れ替わりで家に帰る事しか出来なくて、まるで折れたアイスキャンディを持つ子供みたいに、情けなく頼りない存在だった。







「冬哉、笑い方変わったね」


 祐月の家族に許しを得て、やっと面会に来れた僕に彼女はそう言った。


 2カ月振りに会った彼女は、沢山の管が身体に連結されていて、多くの医療機器が命を観察する冷酷な役目を静かに遂行していた。


「ごめん、気をつける」


 僕は自分の笑顔の変化を知っている。


 二か月に及ぶ焦燥の日々は僕の心の隙間を、不安や葛藤なんていう役にもたたない廃棄物で埋めてしまうには十分だった。


 上手く笑えない僕に祐月はとっておきの笑顔で冗談めかして言う。


「仕方ないなあ、随分心配をおかけしてますよねぇ〜」


「そうじゃないから、ごめん」


 僕はICUから辛うじて出て来れた彼女を前にして、涙を堪えるのがやっとだった。


 少し髪が伸びた祐月は、病院側がすぐに処置にかかれる様にと、パジャマではなく寒々として愛想のない入院着だった。


 袖から伸びた腕は、僕の記憶を混乱させるみたいにとても細く儚く見えた。さらにその手首は誕生日にプレゼントした腕時計のサイズ変更が、もうコマ外しではとても間に合わないくらいに、嘘みたいに恐ろしく痩せていた。


 でも唯一、祐月の顔つきだけは、少しやつれているけど以前とあまり変わらない。


 僕の大好きな女の子は相変わらず魅力的で、印象的な瞳が好奇心を帯びて眩しく動く癖も変わらない。


 今日は美容部員である彼女のお姉さんが、僕に会うならと病院に許可を貰って、キチンと化粧を施してくれている。


 介護用ベッドは斜めに少しだけ遠慮気味にリクライニングされ、無理のない範囲で上半身を起こしたまま、彼女は僕に悪戯っぽく言った。


「ほら、冬哉こっちに来て」


 ベッド脇で質素なパイプ椅子に座る僕に向け、痛々しく点滴の突き刺さった彼女の右腕がゆっくりと伸びて来た。


「駄目だよ、動かしちゃ!」


 僕は世界の終わりみたいに驚いて、慌てて椅子から腰を浮かすと、彼女の手を取ろうとした。でもその手は意外な力強さで僕の首の後ろに周り、もう一方の手は背中に添えられた。


「いいから」


 そう優しく呟く彼女に、僕は逆らう事が出来ず、されるがままにそっと抱きしめられた。


 痩せ細ってしまった彼女の身体の弾力は、僕の知っているものとはすっかり違い、入院着のかさついた音と共に伝わる感触は、否応なくその命が削られ薄まっている事を実感させられた。


 だけど彼女の匂いと暖かさは、僕を以前と変わらず包み込む。ざらついた動悸が細かい砂の様にさらさらと消えてゆき、懐かしさと切なさがたまらなく湧き上がり、僕はそのまま久しぶりに彼女の胸に顔を埋めた。


「あのね、私はまだ死んでないんだよ、そんなお葬式に出るみたいな顔をされると困るんですけど」


「ごめん」


 僕は彼女の胸の中から、くぐもった謝罪を呟いた。


 力づけなくてはいけない立場の僕が、逆に励まされているのが情けなかった。


 僕は何かを探すみたいに彼女の胸の中で呼吸をし、失くしそうだったモノを懸命に拾い集めようとしていた。


「あの冬哉が今日は謝ってばっかだね、珍し! 普段からそれくらい素直だと、喧嘩の回数が3割は減ると思うなぁ」


「うん、気をつける。でも3割だけなのが悔しい」


「まったく〜、私がちょっといないだけで、そんなにしょんぼりしちゃって。君はもしかして私にメロメロなのかな?」


「うん、僕は祐月が思う以上に、そして僕が知ってる以上にメロメロなんだ」


「……ありがと」


 祐月の手に微かに力がこもり、僕もそっと彼女の背に手を回した。


 痩せた彼女の背中から伝わる骨の感触。でもそれはとても愛おしくて、今彼女が実在する実感を僕に与えてくれた。見失ってはいけないモノ。今まさに僕は久しぶりに彼女という存在に触れている気がした。


 僕らに何も言葉はいらない。


 こうして抱き合っているだけで穏やかに満たされて、互いの体温を感じるたけで安らぎを享受した。


 暫くの間、僕らは欠けてしまっていたピースがやっと埋まったみたいに、すっかり安心しきっていた。


「……冬哉、私は絶対に死なないから」


 彼女の小さな呟きを聞いで、僕はきっと奇跡って言うものは神様じゃなくて、本人が起こすものだど信じてみたくなった。





 僕は二十九歳になって、あれから十年がもうすぐ過ぎる。

 仕事でヨーロッパのとある小国に来ている僕は、嫌味好きなクライアントを煙に巻きながら、胡散臭い本契約にサインを獲得し、それから夕食前に散歩がてら海岸線を目指していた。


 この矮小な歴史を持つ国にだって海があるらしい。

 冬の寒さはコートを着た僕の抵抗を嘲笑うように、容赦なく寒風が食器洗浄機みたいに襲ってくる。




 祐月は海が好きだった。


 僕らはよく近くの海浜公園を散歩して、絶えず潮風を遠慮なくまぶされた流木みたいなベンチに座って、ただ気楽なお喋りをしていた。


 海が好きな祐月に僕がなんでと問うと、からかうように真剣な顔になり、


「地球が恋をしているのが海だから」


 そんな反応に困る様な陳腐な事を、臆面もなく言った。


「へぇ~」


 僕は軽い返事だけをして、「はずしたかぁ」という風に恥ずかしそうに俯いて黙る彼女の横顔を、微笑ましく眺めていた。


 この時、目の前に広がる海は夏を迎える直前で、繰り返し押し寄せる多くの波は、開演前のコンサートホールみたいに、とても静かで穏やかだった。


「ねぇ、でもなんで失恋したら海に来るんだろう?」


 彼女は波打つ遠景をぼんやり眺めながら、既にその答えを知っているみたいに呟いた。


「さあ、一度別れてみる?」


「卑怯な返しだなぁ、泣いちゃうぞぉ」


 祐月は僕の顔を覗きこんで、脇を軽く小突いた。


 その時の僕は失恋した女の子が海に来る理由なんて、壊れた思い出をペットボトルと一緒に捨てに来るだけだと思っていた。




 このヨーロッパにある小さな国の海は黒くて重い。人気の観光名所と言うけれど、僕はこんな場所でプロポーズなんて絶対に出来ないと思った。


 この黒い海は、多くの絶望を吸い込んだみたいに不穏なうねりを抱えていた。


 僕は自分勝手に、きっとこの国の女の子は酷い恋を沢山するんだろうと思った。




 ホテルに戻った僕はうっかり忘れていた個人携帯を手に取り、まずいパスタを食べる時みたいに、どうでもいいメールを流し読みしながら一通のメッセージを発見した。


《今度、会えますか?》


 短くあっさりとしたメッセージ。それは祐月の親友であった詩歌からだった。


 僕はメールを既読にだけ変えて、返信を打つ事はしなかった。彼女のメールを受ける度に混乱してしまう。まるで唐突に飛行機で激しい乱気流に出会った時みたいに、僕の心はかき乱された。


 僕と彼女の関係は、ひどく曖昧だ。


 僕等は祐月という地球を失った月みたいに、惹かれ合う大切な引力を失くし、もうどこに向かえばいいのかわからない、そんな喪失感を抱えた者同士だった。






「私、死んじゃうのかな?」


 祐月は時折気が弱くなってそんな事を漏らす。


 僕はその度に、彼女をぎゅと抱きしめる以外何も出来なかった。


 曖昧な慣用句で励ます事は嘘であり、情けない僕であっても認めたくない現実から目を逸らし逃げ出す事はしたくなかった。


 僕は彼女が見つめそうになる不吉なモノを出来得る限り遠ざけ、暖かいホットケーキにシロップをかけるみたいに、持てる限りの想いを優しく注ぐ。


少し落ち着いた彼女は、「冬哉をクッションとして売り出してくれないかなぁ」と笑った。


 残酷な現実に対し僕は頼りなく無力であっても、僕らの間に日々生まれ続けるアイトハ何かと考え続けていた。




 


 僕の記憶はこの辺りからとても断片的になってゆく。


 覚えている範囲で言えば、うなされる様な馬鹿な事だって考えた。


 正直、彼女に対する僕の想いが、彼女を蝕んでいるのではないかとさえ考えていた。


 僕の味わう苦痛を、彼女は病魔と合わせて感じているならひどい話だ。


 僕がいなければ、彼女はもっと楽になれるかもしれない。そんな馬鹿な考えが、水没した沈没船から抜け出せないゴーストみたいに、僕を捉えて離さなかった。


「冬哉、壊れちゃわないでね」


 心配する彼女の肌は透き通る様に頼りなく白く、その生気のなさに漂う絶望を僕は懸命に追い払う。


「僕にとってこの一分一秒が、とてもかけがえのない時間に感じるよ」


 僕は時折意識を失くしてしまっている彼女の側で、何度も、何度も、沢山の事を語った。


 過ぎゆく時間に対し、砂時計を見る様に、僕は集中して濃密にはっきりと彼女と過ごす時間を意識していたかった。


 祐月が感じる些細な喜びを、普通の人の何倍にも、何十倍にも膨らませたかった。多くの人が一生で経験する喜びを、彼女にこの残された時間で知って欲しかった。


「今日は気分がいいな。冬哉、特別に一緒に写メを撮る事を許してあげよう!」


 もう指先すら動かなくなった祐月は、僕に必死で笑顔を作ってか細い声で語った。

 もうお姉さんの化粧でも誤魔化せない程に、彼女の顔は酷く辛そうだったが、僕にはとても輝いて見えた。


 僕は彼女に出来得る限りの僕の人生を注ぎ込んだ。絶望を回避する対価としては足りないかも知れないが、僕の寿命がもし渡せるならと、何度も、何度も考えた。


 祐月がいるだけで、僕はとても幸福で、とても満足で、そんな彼女がどうしょうもなく好きなんだ。






 僕のスマホに深夜1時22分、祐月のお姉さんからメールが入った。





 祐月が死んだ。






 僕は祐月の死に目に会えなかった。

 彼女のお葬式にも出れなかった。


 僕は彼女が亡くなる直前、食事も碌にとれなくなっていて、同じ病院で点滴を受けながら眠っていた。


 間抜けな話だ。僕は大切な人の最後に側にいてやれなかった。


 この後悔は一生消える事はない。







 それから一か月、僕は自分が何をしていたか覚えていない。


 誰かに酷い事を言ったかもしれないし、知らない街を彷徨い歩いていたかもしれない。


 祐月の死に目に会えなかった事が原因で、眠る事が出来なくなっていた僕は、日に日に自分の頭が本当におかしくなっていく気がしていた。


 僕は大切な人をなくして、大切じゃない人達と、今後の人生を過ごして行かないといけない。そんな事に意味を見出す事が出来なかった。


 死を選択する事も考えたが、祐月と約束していた事がある。


「冬哉はしわくちゃのおじいさんになるまで、ちゃんと生きるんだよ。私はそんな冬哉じいちゃんが見たいな」


 彼女は笑っていて、僕は「わかったよ、約束する」と微笑んだ。

 いつか僕が言った「しわくちゃなおばあさん」の仕返しだった。


 僕はしわくちやなおじいさんになるまで、死ぬわけにはいかない。


 どんなに自分の心が壊れようと、祐月の言葉を嘘にする様な真似は絶対にしたくない。

 それが、彼女がこの世界にいた証拠なのだから。









「久しぶり、冬哉君」


 帰国後、詩歌と昨年以来の再会を果たした。


 僕もそうだが、彼女も大学の時より大人びていて、すっかり落ち着いている。ただし定期的に年に一度は会うから、僕らの二十代の印象は案外当時のままの記憶を引き継ぎ、さして昔と変わらない。


 元々大人しく思慮深い彼女は、僕との距離を上手に調整している。


「元気そうでなによりだね」


 待ち合わせたカフェのテーブルに座り、僕は彼女の変わらぬ挨拶に短く答え、つい祐月の事を思い出して動悸が頼りなく揺らぐのを感じていた。


 詩歌とは何度か三人で遊んだけど、僕達はお互いに踏み込まない間柄だった。


 特に祐月が死んでからは尚の事だった。


 彼女はたまにメールをくれて僕を誘う。彼女なりの安否確認みたいなもので、僕から誘う事はない。僕らは無言のうちにそういうルールを守っていた。


 当時の僕は祐月に関連する全ての人間と上手く話せなくなっていた。


 詩歌と会うのもカフェに行くか公園に行く程度だった。僕らはお互いに上手く話せず、下手をすれば無言で何時間もぼんやり過ごしていた。


 祐月を無くした喪失感を、ただ隣に座って共有し寄り添うだけが、僕らに出来る唯一の会話だったと思う。





 久しぶりの彼女との再会は、ほんの少しだけの会話をして、お互いの近況を交換し合った。


 その余韻が冷める頃、詩歌は本題に入る時の癖で左側の髪をかきあげた。大学時代からずっと変わらない彼女の仕草だ。


「今日は祐月との約束を果たしに来たの」


 そう言って彼女はテーブルの僕側に、一枚の古ぼけた封筒をそっと置いた。




 冬哉へ




 短く書かれた宛名の文字を、僕が見間違う筈がない。


「祐月が亡くなる一か月前に渡されたの。十年後の冬哉君に渡してって」


 今日は彼女の命日の一か月前だ。


 弱り切っていた彼女が、何故僕に手紙を書いたのか、そして何故十年後に渡そうと言うのか、僕はすぐには理解が出来なかった。


 だが、宛名の文字を見ただけで、僕は彼女の体温をまざまざと感じる事が出来る。


 どう言い表せばいいのかわからない感情が溢れて来て、たまらずに詩歌を見ると小さく頷いた。


 僕は震える手でその封筒を開いた。




 冬哉へ


 十年後のあなたは結婚していますか?

 子供はいますか? ちゃんとパパをしてたり、奥さんを大切にしていますか?


 私は多分、もうすぐ死んでしまいます。

 だから手が動くうちにこの手紙を書きました。


 冬哉がこれを読む時は、私の事をすっかり忘れてくれているといいのだけど、多分無理だよね。あなたはとても繊細な人だから、私の影を引きずっているのではと思います。


 きっと何故こんな手紙を今更渡すのかとも考えているでしよう?

 理由は単純、冬哉にいい加減気持ちの整理をしてもらう為です。


 私の死の直後にこの手紙をみても、きっと余計にあれこれ考えるだろうから、十年後にしたんだよ。冬哉は本当に面倒臭い人だもんね。あっ、私も面倒臭いか。


 正直言えば、死はとても怖いです。死にたくないです。


 まだ冬哉と一緒に行きたい場所も、一緒に食べたい物も、一緒にやりたい事もたくさんあります。そうそう、私だけ誕生日プレゼントを貰う回数が少ないのって、女の子としては悲しい話しだよね。


 冬哉は私がいなくなった後の10年を、どう生きましたか? 寂しくてしょんぼりしてたら駄目だよ。いくら私にメロメロでも、元気を出して生きて下さい。もう若くないんだから、しょんぼりした中年はモテないぞ。


 書きたい事が沢山あるのに、言葉にするのは難しいね。文才がないのかなぁ、これでも成績は良い方なんだけど。


 私は入院している間、家族の事よりも、ずっと冬哉の事を考えていました。私は今まで、ただの祐月だったのに、急に病気の祐月になってしまいました。


 当然の事だけど、みんな気を遣ってくれて私を大切にしてくれました。


 でも冬哉だけは違って、初めてお見舞いに来てくれれば、もう死んじゃうかもってくらいにしょげていて、逆に私が励ましてやらないといけないし、次に来た時はいきなり指輪を出して「結婚しよう」なんて言い出すしで、私が慌てて説得する羽目になるし、本当に世話の焼ける人ですよね。まあ、プロポーズは気絶する程嬉しかったと、教えといてあげます。


 そんな冬哉だから、私は家族にも打ち明けられない死への不安を話せたし、イライラも平気でぶつけられたし、喧嘩だって普通に出来ました。


 冬哉はいつも冬哉で、私も病気の祐月ではなく、ただの祐月でいれました。


 そんな冬哉だからこそ、誰よりも苦しんでませんか? 私を思い出に出来ず、いつまでも引っかかったままで苦しんでませんか?


 だからこの手紙を書きます。


 いいですか、冬哉、私をあなたを苦しませる怪物にするのは駄目だよ。きちんと思い出にして懐かしんでくれれば十分なんだから。


 でも、きっとあなたは割り切れないよね。


 だから私の気持ちを書きます。


 私は冬哉が大好きです。

 面倒臭くて、頑固で、人をすぐ煙にまいて、そして、すぐにしょげて、傷ついて、繊細で、とても頼りない情けない私の彼氏。

 そんな冬哉の彼女になれて、私は誰よりも幸せです。

 冬哉に出会えて付き合えたこの人生は、かけがえのない幸せに満たされています。

 時間なんか関係ない、うちは密度で勝負しようね、冬哉。


 だから、あなたが苦しむ姿は見たくありません。何よりも幸せになって欲しいからです。


 だからわかった? 冬哉。しっかり思い出にするんだぞ!


         祐月







 僕は激しく嗚咽した。


 肩どころか全身が震え、今まで我慢していた全てを絞り出す様に、激しく嗚咽した。


 涙なんてものじゃない。僕のあらゆる心が祐月への愛をもって、とめどもなく溢れ出る気がした。


 ここに彼女がいた。


 この10年、決して巡り会う事の出来なかった祐月がいた。


 僕はこの手紙を読みながら、確実に彼女の存在を感じ、そして会話をした。


 震えが止まらない。


 僕は彼女が言う通り、死の衝撃に打たれ、祐月ではない怪物に今も打ちのめされていた。


 それを彼女は、こんなにも鮮やかに打ち滅ぼしてくれた。


 僕は祐月に救われた。


 それまで思い出せば辛かった彼女との楽しかった出来事が、ただあるがままに僕の心を癒してくれた。


 僕は祐月を愛している。










 僕は御墓参りが得意ではない。と言っても得意な人間がいるかどうかは知らないが、とにかく苦手だ。


 だから彼女の好きな海に来た。


 限りなく広がる青い空を、僕はすっかり忘れていたみたいに改めて眺め、水平線を生み出す巨大な海という存在に心を奪われた。


 絶え間なく繰り返す波は絶えず生死を繰り返しているが穏やかで、まるで僕達人間みたいに揺らいでいる。


 僕は祐月と一緒に座ったベンチに背を預け、スマホにこの物語を書き始めた。


 彼女を、何度も、何度も、思い出せるように。










































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