終端に至る想影

 翌日、私はいつも通りに目覚めます。

 昨日は家に着くなり直ぐに眠ってしまいました。

 あまりにも、多くのことがありすぎたせいです。頭が情報を処理しきれていませんでした。

 ですが、こうして目覚めてみると、頭の中はスッキリ綺麗になっています。

 そうです。アレは全部夢だったのでしょう。

 私は学校に行くべく、部屋を出ました。


「おはようございます、姫君。お食事の準備は整ってございます」

「うきゃあああぁ!?」


 夢じゃなかった…!

 目の前には、エプロン姿のルーガンディさんがいます。

 寝起き顔の自分が恥ずかしくなって、悲鳴を上げてしまいました。

 直ぐに洗面所に飛び込みます。

 洗面所の扉を開けると、デコボコとした厚い鍛え抜かれた腹筋がありました。


「おう、姫様。シャワーを借りたぞ」

「はわあああああぁ!?」


 私の生活は、既に妖魔の騎士の力により、大きく変わってしまっていました…。


 下着姿のブレアガルデさんを洗面所から追い出し、寝膨れした顔と寝癖をやっつけて、食卓につきます。

 朝はいつもパンを焼いて食べるだけの朝食でしたが、今日は野菜スープに焼いたベーコンとスクランブルエッグ、そして焼きたてのパンが食卓に並んでいました。


「え…と……」

「さぁ、どうぞ。お席に」


 ルーガンディさんに促され、椅子に座ります。


「こ、これ、ルーガンディさんが作ったんですか?」

「ええ。本を片手にどうにか形に致しました」

「す、凄い…」

「お口に合えばいいのですが」


 試しに、スープを掬って頂きます。

 とても、美味しいです。


「お気に召していただけたようですね」

「はひっ!?」


 表情から心を読まれています!?


「おい、俺の分は? 肉多めで頼む。スープはいらん」

「貴方の分など最初からありませんよ」

「ナニぃ!?」

「番犬は骨でも齧っていればよろしい」

「てめぇ…」

「ぶ、ブレアガルデさん、私のを半分どうぞ…」

「姫様…!」

「慈悲深き我が姫君の好意に感謝なさい、ブレアガルデ」

「なんでてめぇがデカい顔すんだよ!? 俺の分も作れよ!」

「け、喧嘩しないでください…!」

「すいません…」

「悪い…」


 朝からこの二人は相変わらずです。 

 朝食を終えて、身支度を整えて、私は学校へ行こうとすると、玄関の外にルーガンディさんが、私の鞄を手にして立っていました。


「では、出発致しましょう。姫君」

「はい、出発…って、え?」

「お送り致します。私の背中に、さぁ」

「…えぇ!?」


 馬で通学するのは、何だかお姫様っぽいです…が、絶対に目立つので、私はルーガンディさんをたしなめて、いつも通り電車とバスで学校に行くことにします!

 ルーガンディさんには、家の留守をお任せしました。



□ ■ □ ■ □



「はぁ…」


 学校が見えてくると、日常が戻ってきた気がして、安堵の息が溢れます。

 二人のいる生活に、まだ全然、慣れません…。

 これからどうなるんだろう、と、一抹の不安を感じつつも、しかし、ドキドキと胸が高鳴る自分が居ます。

 少し、楽しいです。

 いつも、家には誰も居ないから。


「湖月さん!」


 背中から、私の名前が呼ばれました。

 振り返ると、そこにいたのは小隼さんです。


「湖月さん! 大丈夫なの!?」

「え、何がでしょうか?」

「だ、だって! 誘拐されたって!」

「あー…」


 そういえば、そういうことになっているのでした…。


「ええ、身体は大丈夫です。乱暴な事もされませんでしたし」

「そ、そう…? でも、ほら、ショックとか、受けてるかなって…」

「ご心配ありがとうございます。でも、平気です」


 小隼さんは心配そうに私を見ますが、私は本当に平気です。何だか、私の方が申し訳なくなってしまいます。


「ちょっと! 君、君ー!」


 小隼さんと話してながら歩いていると、カメラを持った人たちが近づいてくるのが見えました。たぶん、記者の人です。

 これは、困りました…。


「どうやら、俺の出番だな」

「うわぁ!?」


 驚いたのは、私ではなく小隼さんです。私達の背後に急に大柄の男性が現れたのですから、驚くでしょう。私は、朝の出来事で少し慣れたのか、声が漏れるほどは驚きませんでした。


「よろしくお願いします、ブレアガルデさん」

「おうよ」


 陽炎の魔法で姿を隠していたブレアガルデさんは、ゆらりと姿を表すと、記者の人たちへと向かっていきます。


「おうおう、うちの姫様は忙しいんだ。失せろや」

「な、なんだアンタは…!? 一体どこから―――…」

「アぁ? そりゃこっちのセリフだ。てめぇらこそ何なんだよ?」

「わ、私達は記者の者だ。そちらの湖月さんに、インタビューを…」

「記者ぁ? はっ! そういうウゼぇ連中はお断りなんだよ!」


 ブレアガルデさんと記者さん達のやり取りを横目に、私は小隼さんを伴って校門を過ぎます。


「え、え!? 湖月さん! あの格好いい人、誰!?」

「ボディガードの人です」

「ボディガードの人!?」


 いきなりボディガードの人と言われたら、うん、驚きますね…。

 私の感覚も麻痺してきたみたいです。


「あ、ひょっとして誘拐されたから…!? なにそれ、格好いい…」


 格好いいのは、ブレアガルデさんのことでしょうか…?

 確かに、格好良いと思います。私は朝、見てしまった屈強な腹筋を思い出しました。慌てて妄想を振り払います。


「やっぱりクールだね! 湖月さん!」

 

 え!? 私のことですか…!?




 小隼さんの言葉にドギマギしつつも、私は突如変わってしまった日常を歩いてゆきます。

 鞄の中には、”先生”が送ってくれたあの筆が入っています。

 創世の筆―――…それが何なのか、私にはまだ、わかりません。

 けれど、この筆を、目を輝かせて手に取ったあの時、全てが始まったのです。

 贈られたのではなく、託された。

 全ての騎士ナイツ オブ アパレシオンの運命を。


 終わってしまったはずの物語が、

 終端に至った想影ファントムが、

 私を、次なるの運命へといざなってゆく―――…

 

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エッジエンドファントム/ナイツ・オブ・アパレシオン ささがせ @sasagase

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