後編 大胆な解明
警察は事件解決のため警察庁科学警察研究所と協力体制を敷いていた。 火災現場の写真を見た警察庁科学警察研究所の所員・橘仁は、風呂場が出火元かもしれないと考えた。それに対し、甲野和樹刑事はキッチンの延焼が酷かったことに疑問を抱いた。現場写真を見るとキッチンの床に破損した瓶があった。それについて調べた結果、管理人の山田はベンジンで床を清掃し、その瓶を置き忘れたものと判明した。延焼が酷かったのは揮発性の高い可燃性の液体のせいだった。
再度、現場を調べてみると、火災現場に残っていた浴槽に水は溜まっていなかった。 他と比べ、浴槽の底に付着した煤の量が少なかったことから一度、湯が張られていた事が判明した。
風呂場にはプロパンガスが使われていた。プロパンガスは何事もなく整然と元の位置を保っていた。このことから、ガスは使い切られたことが判明。そう考えるとやはり、出火元は風呂場の可能性が高いと橘は考えた。それを証明する方法を一つだけ思いついた。それは山荘と同じ建物を建てての火災の再現だった。
前代未聞の再現実験は、多くの俄か探偵の登場で世間の注目度が高まるにつれ、警察の威信に掛け解決が急がれ、実施された。
実験開始から3時間、火は上がっていなかったが室内の異変を知らせる計器が反応していた。その翌日、火災が発生した。実験開始から33時間後のことだった。
警察は、火災現場の写真から山荘の外壁にプロパンガスのボンベが設置されており、現場検証でボンベの中身は使用され空だった。プロパンガスが普及し始めた頃だった。
外に設置されたガスボンベからバスルームにある風呂釜にガスを送る。風呂釜のガスバーナーに火を点け、浴槽と繋がったパイプを温めて、パイプ内の水を湯に変えるという仕組みだった。
風呂場のガス栓は開いていた。そこから、 風呂場での不完全燃焼により一酸化炭素が発生。密閉された山荘内に充満したことにより、10人全員が一酸化炭素中毒で亡くなったと推察された。
一酸化炭素(CO)は、炭素を含む物質が不完全燃焼する際に生じる気体のこと。無色・無臭で気が付きにくい人体に有毒な気体だ。人が吸い込むと血液中のヘモグロビンと結びつく性質を持ち多くを吸い込むと全身の酸素が不足し、頭痛、めまい、眠気、集中力の低下などの症状を引き起こし、中等度以上になると錯乱などの精神症状や痙攣、意識消失などの神経症状を引き起こし、死に至るケースも少なくない。
彼らが一酸化炭素中毒で亡くなったとすれば死亡推定時刻から30時間後に火災が発生したことが説明できた。
12日午前2時頃、10人は山荘に到着。バスルームの風呂釜のガス栓を開き、ガスバーナーに点火。 何人かは風呂に入ったのだろう。10人は既に酒に酔っており、眠りについたと推測される。風呂釜のガス栓を開けたままガスバーナーの火も消し忘れて。さらに分かった事がある。業者の手違いから山荘に設置されていたガスボンベは家庭用ではなく業務用のボンベだったこと。 業務用は家庭用よりも高圧のガスを風呂釜に送り込む。結果、酸素不足を起し不完全燃焼状態になり、風呂釜のガスバーナーから多量の一酸化炭素が放出された。
喚起設備のない風呂場の扉は開いていたと推察。そこから密閉された室内に一酸化炭素が流れ込み室内に充満。 酸欠を起し眠気から意識消失となり、眠っている間に一酸化炭素中毒に晒された。その後もガスバーナーの火は灯ったまま浴槽内のお湯を沸騰させ続け湯は蒸発し、量が減っていった。 火災発生日の朝方には浴槽内の湯の水面は風呂釜と繋がるパイプの口よりも下がったにも関わらずガスバーナーは燃え続けたため水のないパイプ内は空焚き状態となり、高熱に晒され出火。
酔った眠気に一酸化炭素の引き起こす眠気から意識を失った状態で一酸化炭素中毒で10人が死亡。そのおよそ30時間後に火災が発生した。
疑問は残った。ふたりの遺体の頭部にあった損傷だ。管理人の山田が見た煙はタバコではなく、風呂場から出た煙の一部だと考えられた。 その火元の火は当時の気象条件なども相まって、わずか30分ほどで山荘を焼き尽くした。2つの遺体に見られた頭部の損傷は、その後の検証で、燃え落ちた柱などが直撃したためだと断定された。男女10人が遺体で見つかった不可解な火災。 警察が山荘を再現してまで突き止めた真相は不注意と偶然が重なり、起こった不幸な事故だった。
幾つもの事故を経験し、安全装置が備えられるようになっている。しかし、大事なのは燃えるものを使う場合は特に喚起が必要であることを忘れてはならない。これは、浴槽など密閉された場所で塩素系の洗剤を使う場合や排気口が塞がれる危険性がある場所での車での仮眠などにも注意を払う必要がある。
事件シリーズ 宴の凶気…逃げ出さなかった犠牲者たち 龍玄 @amuro117ryugen
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