事件シリーズ 宴の凶気…逃げ出さなかった犠牲者たち
龍玄
前編 大量虐殺か?集団自殺か?
国民の多くがバブル経済に浮かれていた昭和の話だ。
株式会社豊田製作所社長の豊田彰也は、十人の大家族の末っ子として育った。愛情をたっぷり受ける反面ほったらかし。誰かが助けてくれる反面、自分の事は自分で。貧しさもあり、欲しいものは自分で何とかしていた。創意工夫が習慣となりそれは便利グッズの考案に大いに役立ち、ヒット商品と特許を多く世に送り出した。
社内は賑やかこの上ない。職域・年齢を越えた関係は、コミュニケーションを円滑にし、企業の業績にも役立っていた。
独自の特許を数多く持ち、社員への待遇にも力を入れていた。特に力を入れていたのが社員同士のコミュニケーション。アウトドアやスポーツなどを口実に六人以上の集会にはサポート資金を配布していた。社員二百人余り八割程が何らかのサポート金を目当てにサークルに所属。いくつものサークルを掛け持ちする強者もいた。保養所も数件所持していた。海水浴、スキーの出来る保養所は人気で賑やかな抽選会で決まっていたが、彰也の別荘だった山形の保養所は周辺に何もなく競争率は断トツ引く掛った。
坂東敦の所属する「飲む会」は所属人数21人。その内、大型連休を利用して会社の所有する山荘を利用することにした。
参加者は、坂東敦(28歳)、鈴木悠馬(23歳)、高橋大和(30歳)、伊藤幸喜(25歳)の男子四人と井上凛(23歳)、斎藤由奈(27歳)、佐々木麻衣(26歳)、芳田璃子(24歳)の女子四人の計八人が参加していた。
「飲む会」はこの山荘を幾度か使っていた。金曜日の晩、仕事を終えると会社で集合し、電車で山形へ。駅弁を車内で済まし、駅に着いたら12人も入れば満席のカラオケスナックに。先輩たちも利用していたスナックのママとも顔見知り。貸し切り状態でどんちゃん騒ぎが始まった。一時間ほどが過ぎ場がすっかり温まった所に地元の常連客である渡辺泰司(26歳)と高橋江麻(25歳)が訪れた。店を覗くと一杯で一旦は帰ろうとしたのを坂東などが呼び止め半ば強引に店内に連れ込まれた。最初は戸惑っていたがノリの良さがふたりの不安を掻き消すのに時間は要らなかった。
江麻は酒に強く、酔えば開放的になるタイプだった。悠馬と幸喜は派手目で肉感的な江麻を気に入り、キャバクラ状態。それを心配そうに見つめる泰司を麻衣と璃子がホステス気取りで対応していた。その様子を麻衣に密かに好意を寄せている大和が見つめていた。
男女間の色恋に手慣れたママはそれを察知し、適度に度を超すのを抑止していた。午前1時半程で宴会は終了。事前に頼んでおいたタクシーが迎えに来た。渡辺泰司と高橋江麻もタクシーを呼んだが田舎で手配に苦労していた。そこで、この会の幹事だった坂東は泰司と江麻を山荘に誘った。他のメンバーも大歓迎し、帰路の術を失った二人は坂東の好意を受け入れた。三台のタクシーに四人・三人・三人で乗り込んだ。
山荘に着いたのは午前三時ごろ。飲む会のメンバーと飛び入りのカップルと合わせて十人が山荘に入った。それをタクシーの運転手は見送った。
斎藤由奈は、着くなり直ぐに風呂に入りたがった。坂東は手慣れた手つきで風呂を沸かした。幾人かは風呂に入った。幾人かは酔いからソファーなどで寝入った。山荘には二部屋があり、その一部屋を泰司と江麻に使わせ、もう一部屋は風呂に入った由奈と凛が使い、後の者は適当に寝場所を見つけ、毛布を取り出し、ごろ寝状態だった。
飲み会が終えて丸一日が経った午前10時30分頃、消防署に火事の一報が入った。通報が入り消火活動は行われたが山荘は全焼。 焼け跡からは、男性5人、女性5人の合わせて10人の遺体が発見された。
第一発見者は、豊田製作所から山荘の管理を委託されている山田吉郎(42歳)だった。山田は前日に挨拶を兼ねて出向いていたが誰も応答がなく、キッチンが見える窓に回ると仄かに煙が漂っていた。誰かが煙草を吸っているのかと窓越しに覗いたが確認できず早急の用事もないからその場を後にしていた。なぜか気になり、30分後、再び訪れると山荘は炎に包まれており、通報したものだった。
現場検証の結果、山荘は、第一発見者の証言から窓などは閉まっており密室状態だったこと。誰一人として逃げ出そうとした形跡はなかったこと。キッチンの延焼が一番酷かったことと、管理人の山田の証言から、火元はキッチンであり、たばこの不始末ではないかと推察された。
しかし、火災であれば逃げ出す余裕はあったはず。火事に会えば逃げ場を求め玄関や窓の側に移動するがそこには遺体はなかった。それが謎を呼んだ。火事が起こる前に皆が動けない状態にあったのではないか。だとすれば、死んだ後、火災が起きたのか。
集団自決にしては、遺体が散在し纏まりがなかった。誰かに殺害され、犯人は自害したのか。
殺人?事故?無理心中? 様々な憶測が飛び交った。
現場検証の結果、奇妙なことにコンロのガス管は閉じられており使用した形跡がなく、キッチンからのガス漏れやタバコの火始末など火元となるものが発見されないでいた。さらに二遺体の頭部だけに外傷と思われる傷があった。
被害者たちが山荘到着から火災発生まで、30時間を超える空白があった。
謎解きに警察や記者たちによる聞き込み合戦が始まった。
カラオケスナックのママの証言から山荘の所有者の株式会社豊田製作所の社員八人と地元の常連客の渡辺泰司(26歳)と高橋江麻(25歳)だと判明した。社員八人も会社への届書から身元はすぐに判明した。スナックのママの証言から豊田製作所の社員の鈴木悠馬と伊藤幸喜は派手目で肉感的な高橋江麻と濃厚な接触やキスをするなど江麻の恋人である渡辺泰司の嫉妬を煽るような行為があった事が判明。また、残された江麻の恋人の泰司に悠馬や幸喜、江麻の様子に刺激を受けたのか対抗するように佐々木麻衣と吉田璃子がちょっかいを出していた店内の様子が分かった。さらに豊田製作所の同僚からの聞き込みで、泰司にちょっかいをだしていた麻衣に高橋大和は好意を抱いていた事が判明した。
奇しくも頭部に外傷のようなものがあったのが好意を持つ女性にやきもきする渡辺泰司と高橋大和だった。泰司と江麻を知る友人の証言から泰司は非常に嫉妬心が強く、時に暴力的になる事もあることが明らかになった。泰司と江麻の間には、その嫉妬心から束縛されることを江麻は嫌がり別れ話が出ていたことも分かった。
渡辺泰司が江麻に手を出していた高橋泰司を酔った勢いも加勢し大和の頭を鈍器で殴打し殺害、その際、泰司も空手部だった大和に応戦され倒れ何かに頭をしこたまぶつけた。一度気を失い気ぢいた時には殺人者に。その動揺から事件の発覚を恐れ、酔って倒れているのをいいことに濡れタオルで他の者の鼻と口を次々に塞ぎ窒息死させた。最後に江麻を殺害した後、自暴自棄になり、放火し自殺した、という推察がなされた。
しかし検死の結果、10人は全員、火災が発生する前に亡くなっていた。 死亡推定時刻は、12日の午前5時前後。 山荘に到着したのは12日の午前2時、その3時間後には全員死亡していた。
火災が発生したのは13日の午前11時頃。 亡くなって、30時間経ってからの火災だった。
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