思いがけない早朝デート

 ジリリリリン。ジリリリリン。

 部屋中に目覚まし時計の音がこだまする。

 枕元に置いているそれは、朝を告げる。うるさい音に一瞬目を開けるが起き上がる気力はない。

 カーテンの隙間から、眩しい日が差し込んでくる。やっぱり、もう朝かぁ…。

 このままいつものように二度寝してしまおうかと思ったが、あることを思い出して勢いよく体を起こす。


「今日、日直じゃん!!」


 急いでベッドから降りて、一階に向かう。

 朝食を用意しているお母さんに珍しく早起きねと言われ、日直であることを伝える。

 いつもより急いで、朝食を食べる。お母さんには落ち着いて食べなさいと注意されてしまったが、時計を見ると8時を回っている。

 完全に間に合わない。隣の人と一緒に日直をするので、申し訳ないことをしてしまった。



 行ってきます! とお母さんに伝え、急いで家を飛び出す。

 普段ダラダラと過ごしている私からは想像できないような全力疾走で通学路を走る。

 夏の日差しもあって体が熱くなる。

 しばらく走って、流石に疲れてきた。運動部でもない私には辛すぎる。体育でも大変なのに…。

 ちょっと立ち止まって、呼吸を整える。はぁはぁと肩で息をする。汗が頬をつたう。

 今は何時なのだろう。そう思い、公園の時計を見ると両の針はあり得ない時刻を示していた。


「え…。まだ7時15分...?」


 壊れているのかと、スマホを取り出して時刻を調べる。画面に表示されたデジタルの数字は7時15分となっていた。正確には、見た瞬間に16分になったのだけど。

 その時、日付も確認できた。


「嘘…。日直って明日じゃん…」


 急いでいたために気が付かなかった。

 しかし、目覚まし時計が早めになったということは昨日の段階で間違えていたのだろう。

 何のために、私、石川あいいしかわあいはアスファルトを蹴ってきたのか。汗をかきながら街を駆け抜けてきたのか。


「最悪…」


 最悪だ。未だかつてこんなに最悪なことってあったかな。

 だんだんと呼吸も落ち着いてきた。さて、これからどうしようか。今から高校に行っても、教室には人はほとんどいないと思う。

 まぁ、私はいつもギリギリに来るから分からないんだけどね。

 かといって、もう一度家に帰るのは面倒くさい。もう半分くらい通学路は進んでしまった。

 どっかで、時間でも潰せないだろうか。目の前には公園の入り口。ここしかない。



 木々に囲まれた公園。ここに来たのは何時ぶりだろうか。

 小学校の頃は良く友達と遊んでいたような気がする。でも、中学に上がってからは来ていないから4.5年ぶりかな。

 遊具はそんなに多くはない。ブランコや鉄棒、滑り台など。ありきたりなものばかりが並べられている。

 最近じゃ、遊具も危ないからって撤去されている場所もあるんだっけ。なんか寂しいよね、それじゃあ。

 朝なので他に人はいない。下校中にここを通ると、何人かの子供たちが昔の私のように遊んでいるのに。

 ベンチに座っているのもいいんだけど、せっかく公園に来たんだからちょっと遊んでみようかな。

 私はブランコに腰かけた。鞄を隣のブランコに置いて、鉄のチェーンをしっかりと握る。


「今じゃ、足がつくのも当たり前だよね」


 小学校の頃よりも伸びた身長。昔とは違うのだ。


「いっちゃんとか、みゆとかは何してるんだろ…」


 毎日のように遊んでいた友達。高校が違うのでそんなに連絡はとれていない。ブランコに乗った瞬間に懐かしい記憶が蘇る。

 セミの大合唱。あの頃は日焼けなんて気にせずに外を駆け回ったものだ。

 漕ぐ度にキィキィと鳴くブランコ。昔は鳴っていなかった気がするけど、ちょっと錆びてきているのだろうか。決して、私が重くなったとかではない!

 無心でゆっくりとブランコをこいでいると、どこからか声がした。


「石川さん、何してるの?」


 突然聞こえた声に驚く。急いで足でブランコを止める。

 声の先には、同じクラスの佐々木澪央ささきれおくん。


「なんで…ここに?」


「いや、それはこっちが聞きたいんだけど…」


 もしかして、佐々木くんは毎日公園を通っているのだろうか。それだとしたらいつもはいない私がいるのが不思議なのだろう。

 ブランコから降りて質問に答える。


「あぁ~。間違って早く起きちゃってさ…」


「間違って早起きってあんの?」


「日直と間違えちゃって」アハハ


「なるほど、石川さんは明日だっけか」


「そういうこと」


 最悪の日なんてさっきは言ったけど、良い事もあるもんだね。好きな人に朝から会えるなんて。


「佐々木くんは毎朝来るの?」


「まぁね。ここを通った方が近道ってこともあるけど、本当の理由はこれ」


 そう言って鞄の中から双眼鏡を取り出す。


「双眼鏡?」


「これで鳥を見るんだ」


「鳥?」


 そう言えば、佐々木くんは生物部だったっけか。鳥が好きなのかな。


「鳥好きなの?」


「うん。こうやって良く見てるんだ」


 私も辺りを見回してみると、スズメやハトが見える。他にはいないみたいだけど…。


「スズメとかハトぐらいしかいないけど…」


 よく見るような鳥しかいないんだけど、こんなところで観察なんてできるのだろうか。


「下にはね。木の中には他にもいるよ」


「あ! いたいた!」


 嬉しそうにはしゃぐ彼。なんか楽しそうだなぁ。


「石川さんも見てみる?」


「えっ! 良いの?」


「もちろん!」


 笑顔で双眼鏡を渡してくる。せっかくだし見てみよう。

 二つのレンズを目に合わす。さっきまで使ってたんだよね。なんかドキドキするかも…。


「何処にいるの?」


「えーと、あそこの木。枝に捕まってるんだけど、わかるかなぁ」


 木を指さして、鳥の居場所を伝えてくる。

 一生懸命に探して、やっとそれらしい生き物を見つけた。


「あの背中が黄色い奴?」


「そうそう!」


「意外と可愛いね~」


 ちゃんと見るのは初めてだけど、可愛い顔してるんだね。これはハマるかも。

 双眼鏡を外して、彼に返す。しばらく鳥の話をする。さっきのはシジュウカラと言うらしい。

 今まで感じないようにしていたけど、二人きりで公園とかもうデートじゃん。恋人じゃん。



 ふと時計を見ると、もう7時45分を回っている。

 公園の隣の道を歩いている人も増えてきたかな。話し声も聞こえている。

 入口を見ると、ある人物と目が合った。同じ部活であり友達の齋藤咲奈さいとうえなである。

 ニヤりと口元を歪ます彼女。何時から見ていたのかは分からないが、朝の公園で二人きりでいるところを見られてしまった。

 咲奈は私の好きな人を知っている。だからこそ、この光景を見られてしまったことが恥ずかしかった。

 邪魔してごめんねと言いたそうな顔をして、すぐに走り去っていく友達。絶対勘違いしてるよ…。

 追いかけようとしたけど、鞄はブランコに置きっぱなしだし。

 恥ずかしくて俯く。


「はぁ…」


「ん?どうした?」


 一応伝えておいた方が良いだろう。変な噂を建てられて、迷惑してしまうかもしれないし。


「いや、さっき友達がいたんだけど…」


「うん」


「私と佐々木くんが一緒にいるとこ見られてたみたいで。向こうが勘違いしちゃってるかも知れないんだよね…」


「勘違いってのは、付き合ってるかもってこと?」


「そう…。咲奈は言いふらすようなことしないと思うけど、迷惑かけるかも…」


 あぁ~、最悪。また最悪な日に逆戻り。


「まぁ、良いけどな。相手が石川さんなら」


「はぁ!?」


 どういうこと?どういうこと?どういうこと?

 こっちが逆に勘違いしちゃうんだけど!!!


「今日話して分かった。話してて楽しいからな」


 えぇ~。なんかイライラするな。さらに私を落としたいの?


「さて、そろそろ行こうか。遅刻しちまう」


 鞄を背負って、入り口に歩いていく佐々木くん。


「あ! ちょ! 待って!」


 ブランコに座っている私のバックを取り、後を追いかける。



 しばらくして学校に到着した。

 昇降口で靴を履き替え、教室へと向かう。

 私の教室の前には、私が今一番話したい人物がいた。いや、二番目かな。一番目の人物とはもう今日は散々話しているから。


「…」ニコニコ


「咲奈! 違うから!」


「またまたぁ~」


「ほんとに!」


 未だに確信したみたいな顔を止めない。こりゃ、ちゃんと説明しないといけないかも。

 でも、時間はそんなにない。全てを伝えるには足りないだろう。


「昼休みに全部教えるから」


「お! 本当に? 楽しみだなぁ」


 そうしてニヤニヤしながら去っていく彼女。はぁ…。



 昼休みにはしっかりと事情を説明した。何故公園にいたのか。そして、何故佐々木くんと一緒だったのか。

 納得はしていないようだった。そういうことにしておくよなんて言っていたし。

 そうして、放課後となる。書道部に所属する私と咲奈は活動場所に向かう。

 活動内容はほとんどが文化祭に向けた内容である。夏休み明けには、本格的に練習も始まってくるだろう。

 書道部とはいえ、最近話題になっている激しいパフォーマンスをしなくてはいけない。今年はダンス部とか吹奏楽部とかとコラボもするんだっけかな。

 色々しているうちに部活動も終了の時間となった。運動部はまだやっているが、文化部だしこれくらいでもいいのだろう。


「あい~。帰ろう」


「わかった」


 片付けをして、一緒に昇降口に向かう。

 夕方とは言え、まだまだ日差しは強い。眩しい西日が目に刺さる。思わず目をつぶってしまう。

 楽しく話しながら、例の公園に到着する。彼の姿はないみたいだ。


「ここが早朝デートの現場かぁ」


「違うって!」


「あはははは~」


 もぉ~。


「でも、ちょっと寄っていい?喉乾いちゃって」


 そう言って公園に入って行く咲奈。私も後に続く。

 この公園には自販機がある。子供の頃は遊んでいる途中に良く買ったものだ。

 小銭を入れて、飲み物を買う。白色の清涼飲料水だ。


「あいはよく飲んでるね、それ」


「咲奈はソーダでしょ」


 予想通り、炭酸のボタンを押す彼女。


「私は炭酸の方が好きだから」


 キャップを開けて、グッと飲む。私はあんまり炭酸は得意じゃない。シュワシュワ感が苦手だ。咲奈はそれが良いのにと言っていたが。

 ふと自販機のそばのベンチを見ると、忘れ物が置いてあった。


「なんか置いてある」


「? なになに~?」


 二人で忘れ物を確認すると、今朝も見た双眼鏡だ。


「双眼鏡? なんでこんなところに」


 公園に双眼鏡を持ってくる人に心当たりはある。あの人しかいない。


「私、知ってる。この持ち主」


「え? 誰」


「佐々木くんだよ。朝に貸してもらったのと同じだもん」


「なるほど…。じゃあ、本件はあいに任せますか」


 双眼鏡を壊さないようにそっと持ち上げる。慎重に鞄に入れた。

 これは明日も早起きしなくちゃいけないな。まぁ、結局日直だからこれが無くても早起きしなくちゃいけないんだけどね。








登場人物紹介

・石川あい(いしかわあい)

書道部に所属する。友達の齋藤咲奈とは中学校からの付き合い。いつもギリギリまで寝ているが、遅刻はしていない。恋のことでからかいあったりしているが、お互い応援はしている。現在は齋藤咲奈に好きな人がいないので、一方的に彼女からからかわれている。同じクラスの佐々木澪央に恋をしている。ある日、公園で鳥の観察をしてから少し興味が出てきた。


・齋藤咲奈(さいとうえな)

中学校からの友人である石川あいと同じく書道部に所属する。クラスは離れてしまっているが、昼ごはんを一緒に食べるなど仲は良い。飲み物は炭酸系であればなんでも好き。よく飲んでいる。現在は好きな人はいないが、一年の頃にはサッカー部のクラスメイトが好きだった。しかし、彼が付き合ったという話を聞いて諦めた。


・佐々木澪央(ささきれお)

生物部に所属する。生き物全般が好きだが、中でも鳥が好き。毎朝通る公園で、朝の30分ほど双眼鏡で小鳥の観察を行っている。部活仲間の早見愛華などとも仲が良い。ある日の下校中に公園のベンチに双眼鏡を置いてきてしまった。かなり焦ったが、翌朝に石川あいから忘れ物をもらった。

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