いつもと違う通学路

 夏休み前の期末テストの最終日。俺、相澤隼輔あいざわしゅんすけは部活道具を背負って学校へと向かっていた。テスト期間は部活は禁止なので、約一週間ぶりだ。 

 いつもよりも早めに学校へ向かう。学校でダメ押しの勉強をするために。本日の教科は英語と数学。

 早めと言っても、部活の朝練の時間よりは遅めである。普段は歩かない時間帯なので、人々の顔ぶれも変わってくるものだ。

 少し新鮮な気持ちで学校に向う。すると、通学路の途中にある階段で、見知った顔の人物に出会った。

 同じクラスの早見愛華はやみまなかである。ドキッとする。片想いの相手に不意に出会ってしまった時、心臓が跳ねるのは俺だけじゃないだろう。

 俺の数歩先を行く早見さん。自分も階段を登ろうとすると、彼女が急に振り返った。


「あ、おはようございます」


 突然の挨拶に驚く。目が合った。


「お、おう。おはよう…」


 ぎこちなく右手を上げ返事を返す。圧倒的不自然。友達には普通に言える言葉が彼女に対しては緊張してしまう。


「? どうしましたか? なんか、緊張してます?」


 図星である。心臓は恐るべき速さで動いている。


「あ、いや。急に言われたからびっくりしちゃって…」


「なるほど。それはすみませんでした」


「別に謝らなくていいよ。こっちが勝手に驚いちゃっただけだから」


 ありがとうございますと答える彼女。会話が終わってしまった。

 踏み外さないように下を向きながら階段を上がっていく。昔、階段から落ち大怪我をしてしまったので足元を見るのが癖になってしまった。

 慎重に階段を上り、顔をあげると目の前には先ほど挨拶を交わした人物が立っていた。


「え…どうしたの?」


「せっかく同じクラスなんですから一緒に行きましょうよ」


「え?」


「あ、迷惑なら断っても良いですけど…」


「嫌じゃないよ! 一緒に行こうか」


 二人並んで歩き出す。



 一緒に歩いていると彼女が手に持っているプリントが目に入った。


「それ、どうしたの?」


「う? これですか? 数学の問題です。今日のテストに出るみたいなんで」


「あぁ~。昨日、俺もやったな。結構難しかった」


「そうなんですよ。ここの問題がわからなくて」


「ん? これは、こうすると…」


 数学には少し自信がある。彼女の持つプリントの問題も難しかったが解くことは出来た。

 考え方を教えてあげる。一枚のプリントを二人で覗き込む形になるので、彼女の可愛い顔が視界に大きく映る。

 ふむふむと言いながら真剣な顔で俺の説明を聞いてくれる。


「なるほど。そうやればいいんですね。ありがとうございます!」


「わかった?」


「はい! すごく! 相澤くんって教えるの上手いですね」


「そう…かなぁ。あんまり言われたことはないけど」


「うん。でも、この問題良く分かりましたね。数学得意なんですか?」


「ちょっとだけだけど…。好きな方ではあるよ」


 好きという単語もちょっと言い難い。


「逆に、早見さんは英語とか得意だよね」


「好きなんですよね。小さい頃から」


「そうなんだ。俺はそんなに英語は得意じゃないからなぁ。暗記が苦手で」


 覚えるのは苦手だ。英語って完全に暗記科目だから。英単語とか文法とか。


「英単語とかですよね」


「そうそう。なかなかね…」


 意外と会話は続く。こんなにちゃんと喋ったのは初めてだ。


「そういえば、いつもこの時間に登校してるの?」


「はい。いつもこれくらいですね。相澤くんもですか?」


「いや、俺はもう少し早いかな。朝練もあるし」


「野球部ですもんね。大変そうです」


「まぁね。大変だけど、楽しいから頑張れるよ」


「なんか、かっこいいですね」


「えっ?」


 かっこいいと言われ、再び心臓がアクセルを踏む。スピードはどんどん上がる。


「一つのことに打ち込む姿って。かっこいいですよ」


「…あ、ありがとう」


 日々上がっていく気温と同じように顔の熱も上がっていく。こんなこと平気で言う人なの?


「えへへ。自分で言っておいてなんですけど、ちょっと恥ずかしいですね///」


 そう言って、照れる彼女。ほんのり赤面しているような気がしたが夏に似たこの暑さのせいではないと信じたい。



 そうこうしているうちに学校に到着した。

 校門をくぐり、下駄箱で上履きに履き替える。


「おはよ! 愛華~」


「あ。千夏! おはよう」


 違うクラスの佐藤千夏が話しかけてくる。バトミントン部の佐藤さんと仲がいいとは知らなかった。


「あれ? 葵ちゃんは?」


「あ~。あの子はもうちょっと後。テスト期間で朝練もないしゆっくりしてるんだ。私は先に来てちょっと勉強しようかなって」


「そうなんだ~。まぁ、葵は勉強苦手だしね」


 先ほどまでは敬語で俺と話していた早見さん。佐藤さんとは砕けた感じで話せるみたいだ。なんだか羨ましい。


「ってか、男子と一緒に来たの? ふ~ん」ニヤニヤ


「うん。途中で会ってさ。同じとこ行くのに別々って変だし…。って、そのニヤついた顔止めて」


「え~、怪しいなぁ」


「別になんにもないから~!」


 バトミントン部の佐藤さんと生物部の早見さん。なかなか馬は合わなそうな組み合わせ。二人の会話を不思議そうな顔で見ていると、


「ん? どうしたの?」


「いや、ちょっと気になって。タイプが違うのに二人とも仲がいいから…」


「あ~、確かにね。実は一年の頃、クラスが一緒だったんだ私たち。意外と趣味も合うから」


「そうだったんだ。変なこと聞いてごめん」


「大丈夫ですよ。他の人にも時々聞かれるので」


「あ、愛華~。また敬語使ってる。距離があると思われるって言ったのに」


「ごめん~。でもそんな急に…」


「私達には出来るじゃん」


「それは千夏だから安心できるというか…」


「相澤くんも敬語は気になるよね」


「え? ま…まぁ。敬語がだめってわけじゃないけど、佐藤さんと話すときみたいな方が良いかな…」


「そ、そうですか?」


「ほらね。今すぐにじゃなくてもいいから少しずつ頑張ってみなよ」


「わかったよぉ」


 下駄箱で話していたが、そろそろ人も多くなってきた。教室に向かうように二人に提案し、三人で移動する。

 二年生の階層に着いて、隣のクラスの佐藤さんとは分かれる。

 二人で教室に入ると、数人だが勉強している人がいた。みんな机に向かっているので一緒に入ったことには気が付いていないらしい。

 俺も自分の席に着く。テストで座席は名簿順に並び替えられているので、早見さんとはかなり離れてしまう。

 まぁ、朝は一緒に来れたから許してあげよう。



 その後は各々静かに勉強をして、気が付くと良い時間となっていた。

 先生が入ってきてホームルームが終わると、いよいよテストが始まる。

 最初は数学でその次に英語。

 数学はほとんどの問題を解くことが出来た。今回も自信はある。朝に早見さんに教えた問題に似た問題も出題されていた。数字が変わっていただけで解き方は同じである。

 英語はそんなにわからなかった。一夜漬けではなかなか出来ない科目らしい。

 英語のテストの残り時間は外を眺めていた。澄み渡る青い空。飛行機雲がその青に映える。

 しばらくしてテストが終了する。先生の指示で解答用紙が集められ、本日の営業は終了した。

 テストが終わり、開放感からかざわざわとなる教室。友達と答え合わせをしているみんな。

 ふと、早見さんを見てみると席にはすでに姿はなかった。しかし、鞄は置いてあるのでどこかに行っているのだろうか。

 昼頃であるが、放課後となる学校。部活も始まるがその前に昼食を食べないとな。

 部室に行けば誰かいるだろうか。そう思って、荷物を持ち教室を出る。廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。また、驚いてしまう。


「待って、相澤くん」


 振り返ると、そこには早見さんがいた。


「どうした?」


「これ。お礼に」


 そういって彼女から差し出されたのは、ペットボトルである。見たところスポーツドリンクのようだ。さっきいなかったのはこれを買いに行っていたからだろうか。


「え? なんでお礼? 俺、なんかしたっけ」


「朝に教えてくれた問題。今日のテストでも同じのが出てました。教えてくれなかったら解けてないと思って。だから、ありがとうございます」


「いや、そんなの気にしなくても…」


「いえ、そういうわけには」


 問題を教えてあげただけで飲み物を貰うわけには…。

 少し意地悪だが、この提案をしてみよう。


「わかった。じゃあ、敬語で言わなかったら貰うよ」


「え…」


「さっきの言葉。佐藤さんに話す感じで言って欲しい」


「う~。でも…」


 困り果てる彼女。意地悪すぎたかな…。

 すると、深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。


「わかりました。これも練習ですね」


「朝に教えてくれた所、テストに出てたじゃん。相澤くんのおかげで私も解けたよ~。だから、そのお礼にあげる。ありがとね///」


 恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にして言う。

 自分からやって欲しいと言ったが一気に仲良くなった気がして、ドキドキが止まらない。


「ほら、言いましたよ。受け取ってください///」


「わかった」


 飲み物を貰う。もう買ってから時間が経ってしまったようで、ペットボトルが濡れてしまっている。


「これから、部活ですか?」


「うん。お昼食べて、部活かな」


「そうですか。では、頑張ってね!」


「あ、あぁ」


 そう言って踵を返し走っていく彼女。教室に入って行ってしまった。廊下に姿はもうないが、俺は彼女の最後のセリフで動けなくなっていた。


「君、案外意地悪なのか? 私の大切な友達を困らせるなんて」


 またも後ろから声をかけられる。

 振り向くと、朝話した佐藤さんがいた。


「調子に乗りすぎたかな…」


「いや、ありがと。愛華も敬語で話してしまうのは申し訳ないって思ってるからね。彼女の力になってあげてよ」


「わかった」


「じゃ、部活頑張って~」


 手を振って去っていく佐藤さん。

 今日で仲良くなれたんだろうか。佐藤さんみたいに敬語なしで話せるようになればいいな。

 さて、応援されたし頑張って部活しますか。もう一度鞄を背負いなおして部室に向かった。







〇登場人物紹介

・相澤隼輔(あいざわしゅんすけ)

野球部に所属する高校二年生。数学が得意であるが、反対に英語は苦手である。他の教科は平均レベル。朝練があるためいつもはかなり早く登校する。野球は昔から好きで、キツイこともあるが弱音を吐かずに動く。同じクラスの早見愛華に恋をしている。最近では隣のクラスの佐藤千夏とも少し話す仲になった。小学校の頃に階段を踏み外して腕を骨折してしまう。それ以来、階段を慎重に歩くのが癖になってしまった。


・早見愛華(はやみまなか)

生物部に所属する。英語は好きで得意だが、他は平均的。今回のテストは相澤隼輔に教えてもらったこともあり数学は良かった。隣のクラスの佐藤千夏とは一年生の頃に同じクラスだった。彼女とは趣味が合うことも合って仲が良い。趣味は漫画を読むこと。本屋に良く二人で行っている。また、佐藤千夏の友達である上野葵とも仲が良い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る