音楽は思いを繋ぐ
夏の暑さから逃れるように私、
車内はクーラーが効いている。少し寒いくらいに冷やされた車内は暑さにやられた私にとってオアシスのような存在だ。
私の最寄り駅は始発駅の隣であるため、車内に人は多くない。ほぼ確実に座れるので、ここに家を構えくれた両親に少し感謝。まぁ、高校まで30分くらい電車に乗らなきゃいけないけどね。
私と同じ高校生も何人か乗っているが、近ごろの若者を代表するかのようにスマホに目を向けている。
では私は違うのかと思われるかもしれないが、私もその若者の一人だ。スマホを操作し、イヤホンを耳に入れた。
スマホから伸びる赤いイヤホン。そこから流れる音楽。一番好きな曲だ。ある人が好きだと言っていたのを聞き、聞いてみたところ私もまんまとハマってしまった。
夏の恋愛を元にした曲。何度聞いても良い。もう三桁は超えているんじゃないかな。
ガタンゴトンと電車は軽快な音を奏でながら私たちを目的地まで運んでいく。イヤホンをしているため、そんなに音は聞こえてこないが、振動が体を揺らす。
そろそろかな。
そう思って、スマホから目を離す。予想通り車窓には真っ青な海が広がっていた。
海沿いの区間があるこの路線。海が好きな私にとっては最高の景色である。この前、日本三大車窓なんてものをテレビでやっていたが、個人的にこの区間に勝つものはないと思った。もちろん、紹介されてた所も良い所なんだけどね。
この前までは梅雨だったこともあって、荒れた海であったが、今はもう違う。穏やかな海面に反射する太陽の刺すような日差し。キラキラと輝く水平線は、空との境目もわからない。
しばらくして、海沿いの区間は終了する。これが終わったらすぐに降りる駅に到着だ。
だんだんと落ちていくスピード。鞄を持って立ち上がる。私と同じ制服を身にまとった人も何人かいる。
改札を慣れた手つきで通り抜け、駅舎から出ると、先ほどまで海を輝かしていた日差しが私にも降り注ぐ。
「暑っ…」
反射的に言ってしまう。夏は嫌いではないが、やっぱりこの暑さだけはどうにかならないのかな。
「おはよ~。紗姫ちゃん」
「おはよ」
駅舎から出たとたんに話しかけてきたのは、同じクラスの友人だ。名前は
待ち合わせをしている訳ではないが、毎日私を待っている。まぁまぁ仲のいい人だ。同じ美術部でもある。
「いや~、今日もあっついね~」
「そうね」
朝から騒がしい人。暑いことは私も知っている。
「紗姫は毎日電車だもんね。暑くはないかもしれないけど。あ~、羨ましいな~」
「そう? でも逆に、寒暖差があるから気を付けないと」
「風邪ひいちゃうかもね。無駄に涼しい時とかあるもんね~」
「紅葉はバカだから、風邪引かないんじゃない?」
「あ! またそういうことを言う! 今回のテストはちょっと点上がったんだよ!」
「ほんの少しだけね。私のおかげかな」
「本当に、その節はありがとうございました」ペコリ
「自分でもやっておきなさいよ」
「本当に助かったよ~。赤点になったら夏休み遊べなくなっちゃうからさ~。これで紗姫とも遊べる~」ダキ
そう言って抱き着いてくる彼女。暑い、熱い。
「熱い!」
「ふえ~」
無理やりに引きはがす。夏にやるもんじゃないよ、こんなこと。冬だったらうっとうしいけどあったかいから少し許す。
「そう言えば、毎日イヤホンしてるけど何聞いてるの?」
「これ」
紅葉の姿を見たときに外した、片方のイヤホンを彼女の耳に近づける。恋人がやるような格好だ。
「あ~、この人のやつね。好きなの?」
「まぁ。ってか好きじゃなかったら聞かないでしょ」
「それもそうか~。というかこの一つのイヤホンで同じものを聞く感じ、恋人みたいで恥ずかしいね~」テレ
「なんで照れるのよ!」
「えへへ~」
「まったく…」
朝っぱらから変なこと言うなっての。
その後、イヤホンは返してもらい学校に到着した。
続々と校舎に吸い込まれていく生徒たち。もしも、この建物が化け物ならしばらくはお腹すかないだろうな。
「一時間目ってなんだっけ」
「現代文でしょ」
「わ~。寝ちゃいそ」
「真面目に受けなさいよ」
上履きに履き替えて教室を目指す。
二年生の階層に到着して、一番端の教室を目指す。
ホームルームが始まるまでは後10分ほど。紅葉と話して時間を潰していた。
授業は何の変哲もなく進んでいった。時折、窓から入ってきた風がノートをめくり、私の髪の毛をなびかせる。肩にかからないくらいの髪の毛が丁度いい。伸ばしている人もクラスにいるが、暑くないのだろうかと見るたびに思う。紅葉もその一人だ。
途中、移動教室がありながらもいつもと変わらない時間が過ぎていく。気が付いたらもう昼食の時間になっていた。
ざわざわとし始める教室。購買に走るものや、他のクラスの友人に会いに来る人など様々だ。私も鞄からお弁当を取り出す。丁度そのタイミングで紅葉もやってくる。いつものこと。あと一人くれば、メンバーも揃う。
「やっほ~」
「いずみん~。やっほ~」
もう一人のメンバーは隣のクラスの神谷いずみ。私や紅葉と同じ美術部に所属している。
メンバーがそろって、お弁当と食べ始める。
「「「いただきます」」」
今日も美味しそう。お母さん毎日ありがとうね。
「そう言えば、二人はもう決めた?」
紅葉が聞いてくる。美術部で出された物だろう。
「夏の絵ってやつ?」
「そうそう」
「私は海にしようかなって」
「電車から見えるやつでしょ。紗姫は好きだもんね~。いずみは?」
「私はここの教室から見える景色」
「教室…」
「そう。入道雲が青い空に昇っていく感じ!」
「そうなんだ。紅葉は?」
「私はまだ決めてないな~。そろそろ決めないとだよね」
「うん。木金辺りまでには」
「そうだよね…。どうしよ」
「しっかり決めなさいよ。文化祭にも飾るんだから」
「あ、そう言えばさ。いずみって彼氏できたの?」
「えっ!?」
「そうなの、紗姫?」
「うん。この前見たんだよ。いずみが男子と仲良く話してる所」
「え~、なになに?」
「私だって男子と話くらいするよ」
「確かに、いずみんだって話すよね。休み時間とか」
「いや、私が見たのは放課後。この前の、いつかは忘れちゃったけど、教室で男子と仲良さそうに話しててさ。並んで窓の外見ながら笑ってたんだよ」
「見られてたんだ…///」
「で? その彼氏は誰なの?」
「彼氏じゃ無いって…。その、赤羽くんだよ。H組の」
「「あ、そうなんだ」」
「絶対知らないでしょ。まぁ、赤羽くんもあんまり目立つタイプじゃないもんね」
「告白しないの?」
「!? し、しないよぉ」
「え~、もったいない」
「恥ずかしいもん…///」
そう言いながら顔を赤くする私の友人。可愛らしい。
私もこんな風だったら、もっと、彼と仲良く…、いや、何でもないや。
眠気に負けないように頑張りながら授業を受ける。私の友人は負けてしまっているようだが。机に突っ伏して気持ちよさそうに寝ている顔が見える。また私が勉強を見てあげないといけないことになるかもしれないね、これじゃあ。
残りの授業も終わり放課後となる。本日は月曜日なので部活はなく、早く帰ることが出来る。先週はテスト後であったために月曜日だけど部活はあったのだが。まぁ、部活が嫌なわけではないけど。
「紗姫~。かえろ~」
先ほどまで寝ていた人とは思えない元気な声で私を呼ぶ。
「おはよう、紅葉」
「あ、寝てるのばれてた?」
「当たり前でしょ。ばっちり見えてた」
片付けを済まして鞄を持つ。教室から出て、隣のクラスの友達を誘う。
「いずみん。一緒に帰ろ」
「うん。ちょっとまってて」
数分後、準備の終わった友人と共に学校から出る。多くの生徒が昇降口から吐き出される。
熱せられたアスファルトの上を歩いていく。靴があってよかった。なかったらやけどしちゃうだろうな。
しばらく歩いて、駅に到着した。私はここで別れる。
「じゃあ。また明日」
「じゃあね~」
「ばいばい~紗姫~」
二人と別れて、改札を通りホームに上がる。いつもなら。
しかし、今日は違う。改札は通らない。行きたい場所があるため、電車にはまだ乗らない。
5分ぐらい経って、再び駅舎から飛び出す。もう友達はいない。一人で行きたかったから、騙すようなことをしたのだ。
駅のすぐそばの踏切を渡り、通学路ではない場所を歩く。暑い日差しに焼かれながら道を行く。この先には素晴らしい景色が広がっているのだ。
到着したここは、電車から見えた海が良く見える場所だ。線路の横の遊歩道。潮騒が耳に届く。
鞄からイヤホンを取り出して、音楽を流す。海を見ながら聴くのが本当に好きだ。
波の音も聞きたいので、片方は外したままだ。
「♪~」
ここはそんなに人が通らないので、少しぐらいは口づさんでも良いだろう。
しかし、私の予想は外れてしまったみたいだ。
「何してんの?」
「えっ?」
慌てて声の方を向く。するとそこには同じクラスの男子がいた。
ただの男子ならば良い。こっちも興味がないし、どうでもいいんだけど。でも、興味がある人は違う。
「なんでここに…?」
「いや、ちょっと海見に行ってみようかなって思って」
顔が熱い。恥ずかしいなぁ。
「もしかして、邪魔しちゃったかな? 帰った方が良い?」
「いや! 大丈夫。…もしよかったら一緒に見ない?」
勢いで誘ってしまった。紅葉にばれたら絶対笑われちゃうよ…。
「じゃあ。隣良いかな」
「うん」
しばらく海を眺める。イヤホンからは好きな歌が流れているが、耳に入ってこない。緊張で心臓の音の方がよく聞こえる。
「それ。何聞いてるの?」
「聞いてみる?」
「え…」
困惑する彼。なんでだろうか。その理由はすぐに分かった。
つい友達にやるみたいに、イヤホンの片方を渡しているのだ。
「あ…」カアァ
「えっと…」
再び熱を帯びる私の顔。どうしよう、この状況。
ええい。もうどうにでもなれ!
「…良いよ。これで聴いて」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
彼がもう片方のイヤホンを耳に入れる。朝した紅葉との会話を思い出して、さらに鼓動が早くなる。
恋人みたいだ…。
「この曲、俺が一番好きな曲だ。偶然?」
彼が感想を述べる。
「偶然…。じゃないよ。冴木くんが聴いてたから」
「知ってたの?」
「うん。ちょっと前に耳に入っちゃってね。それで私も聴いてみたんだ」
「そうなんだ」
冴木くんの話だったから聞き耳を立てていたことは言わない。言えるわけないけど。
「後藤さんって、海好きなの?」
「まぁ、それなりにかな」
「ここにはよく来るの?」
「そうね。最近は良く来るかな。私、美術部でここの景色を書こうと思ってて…」
「ここ綺麗だもんね。文化祭に飾るの?」
「そう。だからちゃんと描かないといけないんだよね」
「楽しみにしてるよ。俺もここが好きだからさ」
「そう言われると、プレッシャーだなぁ」
あははははと二人で笑う。
「いや~意外と後藤さんと話すのって楽しいんだね。知らなかったよ」
「あぁ…。私、そんなに話さないからね…」
「でも、今日知れて良かったよ。俺だけが知ってるみたいで」
そんなに近くで言われたら照れる。やっと収まってきたところなのに。
ふと時計を確認すると、もうそろそろ帰らなくちゃいけない時間だ。
「あ! 私、もうそろそろ帰らなくちゃ」
「そうか…。もうちょっと話したかったけど」
寂しそうに答える彼。期待させるなぁ。イヤホンを外してハンカチで拭いてくれる。
「学校でも話していいかな?」
やはり、ちょっと話しかけにくい雰囲気が出てしまっているんだろうか。話しかけにくいって良く言われる。
「うん。良いよ」
むしろ、もっと話しかけて欲しい。
来た道を戻る。しばらくして駅に到着し、別れることとなる。
「私、電車だから」
「そうなんだ。じゃあ、ここでお別れだな」
改札を通る前に自販機で飲み物でも買おうかな。緊張と暑さで喉がカラカラだ。
「俺もなんか買おうかな」
そう言って隣に並んでくる。
小銭を入れて、飲み物を買う。ガコンと言う音と共に落ちてきた。ぴぴぴぴと言うスロットの音もする。毎回当たらないんだよね、これ。
「あ!」
毎回数字が揃わないため興味もなくしていたが、冴木くんが指をさす。
「えっ! 当たってる!」
猶予は30秒ぐらいしかないみたいだ。
「早く押さないと」
どうしよう。どれにしようかな…。そうだ!
「冴木くん! 好きなの押していいよ!」
「え? マジ?」
「うん!」
彼が押したボタンは私と同じものだった。
「偶然、俺もこれ飲もうと思ってた。いや、偶然じゃないかな。後藤さんが押してたから」
キャップを開けて、一口飲む。程よい甘さが体に染みる。
すると、踏切が鳴り始める。もう時間が来たみたいだ。
「あ! もう私行かないと」
「わかった。じゃあ、また明日ね」
「また明日!」
急いで改札を抜ける。私と電車はほぼ同時にホームに到着した。
涼しい車内に入る。やっぱりオアシスだ。
海を眺めながら、電車に揺られる。明日から学校がもっと楽しくなるなぁ。楽しみだ。
〇登場人物紹介
・後藤紗姫(ごとうさき)
美術部に所属する。鬱陶しく思っているが高校で初めて出来た友人である坂本紅葉の世話を焼くのは嫌いではない。クラスでは彼女と一緒にいることが多い。同じ部活の神谷いずみとも仲が良く、三人で良く遊んでいる。海が好きで、電車の車窓から良く眺めている。海繋がりで夏も好き。同じクラスの冴木颯が気になっている。友達と居る時以外は、イヤホンを付けていることが多いので、話しかけにくいと思われている。
・坂本紅葉(さかもといろは)
後藤紗姫と同じく美術部に所属する。頭は良くない。赤点付近をうろうろしている。直近のテストでは友達に教えてもらって何とか赤点を回避することが出来た。勉強は出来ないが、絵の才能はあるらしく、去年の文化祭で飾った絵はかなり評判が良かった。後藤紗姫と毎朝一緒に登校しているが、待ち合わせをした覚えはない。勝手に駅前で待っている。
・冴木颯(さえきはやて)
写真部に所属する。海が好きで良く一人で見に行っている。去年の文化祭で見た後藤紗姫の作品が気に入って、彼女と話したいと思っていたが、教室ではなかなか話しかけられなかった。夏の恋愛をモチーフにした歌が好きでよく聴いている。
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