一年越しのありがとう
ある日の昼休み。
僕、
ざわざわと騒がしい教室から出て来る生徒たちとぶつからないように入れ替わりで教室に入る。
窓側の席に座る僕の友達、
「よっ」
「お、星七。来たか」
二年生になり、クラスが分かれてしまった友達。
「あれ? 湊は?」
「先トイレ行ってる。もう少ししたら戻って来ると思うぞ」
「なるほどね。なら戻って来るまで待ってようか」
お弁当を机に置いてもう一人の友達を待つ。
「ってか、ずっと思ってたんだけどさ…」
「ん?」
突然、神妙な顔で和也が僕に問いかけてきた。
「お前、何で毎回毎回俺のところに来んの?」
「えっ…。迷惑だった…?」
「いやいや、全然そんなことはねぇよ。毎回毎回来てくれるから、大変じゃねぇのかなって思ってさ。だって星七のクラスは一番端だろ?」
「ま、まぁ…」
「ただ俺や湊と話すことだけが目的じゃないんじゃないか?」
「そ、それは…」
思わず声が詰まる。
「ズバリ言い当ててやろう! お前! 好きな奴がいるんだな!」
「ば、ばか! 声がデカいよ!」
和也は探偵のように僕を指さして、割と大きな声でそんなことを言う。しかし、教室は相変わらず騒がしいので僕たちの会話が周りに聞こえていることは無いだろう。
「なになに? 何の話?」
その時、トイレから戻って来た
全員揃ったということでお弁当を開けた。
「いや、こいつが毎日俺たちのクラスに来る理由の話さ」
「あ~、あれでしょ。神谷さんでしょ」
「えっ…」
好きな人の名前が出て来て心臓が急に跳ねる。
「ちょっ! なんで、知って…」
「星七のこと見てたら分かるよ」
「お前、時々他の所見てる時あるからな。そして、他の所を見ている時は決まって俺の話を聞いていない」
「バレてたのか…」
「そしてある日、お前が何を見ているか気になって俺も見てみたんだ。そうすると俺の目には神谷さんが写った」
「…」
「つまり、星七も神谷さんを見ていたってことになるね」
「そ、そんなに分かりやすかった…?」
「もちろん。せっかく話してんのに聞いてなかったとか言われる気持ちが分かるか?」
「ごめん…」
「まぁ、本気で怒ってるわけじゃ無いから安心しろ」
「で?」
「なに?」
「「いつ告白すんの?」」
「ブッ!」ゴホッゴホッ
突然のことでむせてしまう。口に入れていたご飯が何粒か外に飛び出してしまった。
「おい~! きたねぇなぁ」
「和也が変なこと言うからだろ!」
「すまんすまん」
「も~、ほら」
湊がティッシュを渡してくる。用意周到だな。
汚れてしまった机とそれで拭いていく。
「で? 本当の所はどうなのよ。告白しなよ」
「いや、それはしたい気持ちもあるけどさ…。そんなに仲も良くないし…」
「まぁ、確かにな」
「そうなんだよ…」
「でも、LINEは知ってるんでしょ。去年は同じクラスだったし」
僕たちは去年同じクラスだったのだ。クラス替えによって僕たちは引き裂かれてしまったのだ。
「だったらなんか話しかければ良いじゃん」
「えぇ! 無理だよ。それに、急に送られても迷惑なんじゃ…」
「そんなこと無い! …と、思うぞ」
「そうかなぁ…」
「ダメだったら現実で話しかけりゃいい」
「それが出来ないから困ってるんだけど。それに話すことも無いし…」
「まぁ、神谷さんなら普通に受け答えしてくれんじゃないの?」
確かに優しい子だから僕が急に話しかけても嫌な顔はしないだろう。
「そうだろうけど…。っていうか、僕のことさんざん言ってくるけど、和也はどうなんだよ。相沢さんは」
僕と同じクラスの
「あ~。それか…。俺はちゃんと告白した!」
「えぇっ!!」
「そして、振られた。今は人と付き合うのは考えられないって。あと、全然知らない人とは付き合えないって」
「あぁ、そうだったの? 結果聞いてなかったから」
「いや、振られたのなんて言えないだろ」
「なんか僕悪い事聞いちゃったかな…」
「全然大丈夫だ。もう結構凹んだから。気にするな」
振られたのに何故か元気な和也。本人が大丈夫と言っているのだから大丈夫なのだろう。嘘はつかない奴だから。
「まぁ、俺の話は良いんだよ。今は星七の話だ」
「結局僕か…」
「嫌われてるってことはまず無い。好印象ではあると思うぞ」
「一年の頃助けたことがあるんだっけ?」
「あるけど…。向こうは僕だって気付いてないよ」
確かに僕は一年の頃に彼女を助けたことがあるのだ。
―――――――――――――――――――――
これは一年生の頃の夏休み。
少し買い物がしたくて電車に乗って移動した僕は、降りた駅で男二人組にナンパされている神谷さんを見かけた。
ほとんど話したことのないクラスメイト。向こうはこちらに気が付いていないようだし見て見ぬふりも出来た。
しかし、流石に困っているクラスメイトを放っておいて買い物に行くことも出来ず、気が付いたら僕はそこに割って入っていた。
「…あの、彼女になんか用ですか?」
「ん? だれ? お前」
「えっ…」
「ごめんなさいお二方。僕が遅れちゃって、映画がもう少しで始まっちゃうのでもう行きますね」
「あ、あの…」
「じゃ、神谷さん。行こう!」
神谷さんの手を握って男どもから引きはがす。そのナンパ師たちは追いかけては来なかった。そんなに本気では無かったのだろうか。
少し走って彼らが見えなくなったところで慌てて手を離す。
「ご、ごめん…」
「あ、えっと…」
「じゃ、じゃあね!」
恥ずかしかったこともあって、すぐにその場を後にした。
―――――――――――――――――――――
僕はその時、鼻の下に出来たニキビが気になってマスクをしていた。そして、私服だったこともあり向こうには気が付いていないと思っている。その証拠に夏休み明けの学校で何かを言われることは無かった。
「だって、何にも言われて無いんだよ」
「うーん。じゃあ、知らないのかなぁ…」
湊は首を傾げながら言う。
そうして、昼休みは終わった。予鈴が鳴り、荷物をまとめて教室を出る。神谷さんは…、ってこういう所だよな。好きな人がばれたのは。
午後の授業が終わり、放課後となる。急いで校庭や体育館に向かう運動部を先頭に人々は教室から出ていく。
僕も他の人に遅れながら教室を出た。天文部という文化部である僕はそんなに急がなくても良い。
昼休みと同じように友人に会う。
「行こ」
「おう、行くか」
教室棟から渡り廊下を渡り、二人で理科棟に向かう。
しばらく部活という名の部員との雑談タイムを楽しんでいると、僕は忘れ物をしていることに気が付いた。
「あ! 忘れ物しちゃった」
「教室?」
「うん。ヘッドホン」
「あ~確かにいつも鞄に付いてるな。赤いのだろ?」
「そうそう。ちょっと取ってくるね」
理科棟から教室に戻る。もうほとんど人はいない。
先ほどまでの騒がしい場所とは打って変わって静まり返った教室たち。いつもと違う雰囲気に少しだけ心が躍る。
「あ…」
誰もいない他クラスを見ていたら、いつも休み時間に僕が行っている教室に一人の女子がいた。
思いがけない事象に心臓が高鳴る。
外を眺めている彼女の後ろ姿。肩に届くか届かないかくらいの長さの黒髪は、開けられた窓から入ってくる熱い風になびいている。
その姿に見惚れ、ふと、足を止めてしまう。
すると、ある邪な考えが僕の頭の中に浮かんだ。教室に一人でいる彼女。これはチャンスなのではないか。
勇気を振り絞って話しかける。
「あのさ!」
僕の声に驚いたみたいで、肩を小さく揺らして振り返る。
「えっ、赤羽君…」
「こ、こんなところで何してるの?」
心臓がバクバクしている。鼓動はブレーキをかけるどころかアクセル全開だ。
「えっと、美術部でね。夏に関係する絵を描かなくちゃいけないんだけど…。ここからの景色にしようと思って。どうかな?」
「どれどれ…」
僕は彼女の隣に行き、彼女が見ていたであろう景色を見てみる。開け放たれた三階の窓からは、蒼い空に浮かぶ大きな入道雲が見えた。上空まで伸びる白い塊。綿菓子のようで食べられそう。
「結構良いんじゃないの?」
「そう? じゃあ、ここにしようかな」
「でも、僕が決めちゃっても良いの?」
「うん!」
本当に良いんだろうか。僕は絵のことなんて全然知らないのだが。
「私ね。ここからの景色って結構好きなんだ。でも友達は他の場所が良いって言うからさ、賛同してくれる人がいて良かったよ」
「入道雲とかも夏っぽくて良いよね」
「うん! 空も大きく見えるし」
楽しそうに空を見上げる彼女。笑顔が可愛らしい。
「空、好きなの?」
「空っていうか、夏が好きなんだ。入道雲ってTHE・夏って感じだし。この青空も」
「そうなんだ。昔から?」
「嫌いじゃ無かったよ。でも、一年前ぐらいかな、好きになったのは」
「なんかあったの?」
「一年生の頃さ、夏休みに私を助けてくれた人がいたんだ。男の人にナンパされちゃって…」
「初めてだったし、すごく怖かったから逃げたかったんだけど、逃げられなくて。でも、ある人が私の手を引いて逃がしてくれたの。漫画みたいでドキドキしちゃった」
「あの時はありがとね。赤羽君」
「え…」
知られていないと思っていた。びっくりして声が出ない。
僕が何も言わないからか、だんだんと焦った表情になっていく。
「あれ? 違った…?」
「いや! 合ってる! まさか気が付いているって思わなかったから…」
「ごめんなさい。助けてもらったのに、お礼言わなくて…」
「気にしなくていいよ。そもそも僕って気が付いてると思ってなかったし」
「そうだったんだ。あ~、やっと言えた。なかなか言わないから怒っているんじゃないかと思ってたよ。ちょくちょく私のことを見てるの分かってたしさ…」
「そ、そっか。なんか、ごめん」
そこで会話は途切れる。
暑い風が吹き抜けた。
「…そう言えば、赤羽君は何か用があるんじゃないの?」
「え?」
「だって、こんな時間に教室戻ってくるなんて。忘れ物でも取りにきたんじゃないの?」
「あ! そうだった!」
「忘れてたの? あはは、変なの」
「ちょっと、笑わないでよ」
「ごめんごめん。私ももう美術部戻らなきゃだし、忘れ物取りに行こうよ」
そう言って神谷さんは窓を閉めてから教室を出た。
僕は急いで後を追いかけた。
「ここだよね」
「うん。良く知ってるね」
「まぁ、ね」
聞くことも無く僕のクラスに入って行く。
「忘れ物ってこのヘッドホン?」
「そうだけど…。良く分かったね」
「いつも鞄に付けてるじゃん。目立つから」
神谷さんはそう言って僕のヘッドホンを両手でつかむ。
「はい」
「ありがと…」
なんか、めっちゃドキドキする。
「…赤羽君って、星好きなの?」
「え? まぁ、うん。一応天文部だし」
「そっか。私も星空とか好きだよ。北斗七星とか」
北斗七星。僕の名前の由来にもなった星座だ。
「北斗七星か。僕も好きだな。まぁ、自分の名前だからってこともあるんだけどね」
「うん。私も好き…」
僕の目を見て、彼女はそう伝える。
「え…」
「あ、私そろそろ行かないと。じゃあ、またね!」
そう言って彼女はいそいそと教室を出ていく。突然のことで僕は呼び止めることも出来なかった。
一瞬のことで良く見えなかったが、彼女の顔が赤くなっていた気がしたのは夏の気温のせいだろうか。
静かになった教室で一人残された僕。
「じゃあ、また」
そう呟いて、僕も教室を後にした。
廊下を歩いていると、スマホが震えた。
『まだ見つからないのか?』
『ごめん。今すぐ行く』
『おっけ』
和也からのLINEに返信して、神谷さんのトーク画面を開く。
勇気を出して、僕はメッセージを送る。
『絵、頑張って』
そして、スマホをポケットにしまった。
○登場人物紹介
・赤羽星七(あかばねせな)
小さい頃から星に興味があり天文部に所属している。目立つことは苦手だが困っている人がいたら見過ごすことの出来ない性格。一年生の頃、駅でナンパされていた神谷を助ける。自分のクラスにも友達はいるが、中学の頃からの2人の友人のいるクラスへと良く足を運ぶ。理由は友人に会うためだけではないが…。
・渡邊和也(わたなべかずや)
赤羽の中学校からの友人。割とイケイケな感じではあるのだが、彼の影響で星に興味を持ち始め、一緒に天文部へと入部する。神谷と同じクラスであり、クラス替えで友人と離れてしまったことを少しだけ寂しがっている。少し前に相沢さんに告白して振られた。
・神谷いずみ(かみやいずみ)
美術部に所属する。ずっと、夏休みにナンパから救ってくれた赤羽にお礼を言いたかった。休み時間に友人に会いに来る彼の視線には気が付いており、助けたことのお礼を言えない自分に怒っているのだと思い込んでいた。季節の中では夏が一番好き。理由は一年生の頃に漫画のような素敵な体験をすることが出来たから。
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