二人きりの生徒会室
夏も過ぎ去った秋のある日。
全校生徒が集まった体育館。
大勢の前で俺は壇上に立っていた。正確には“俺たち”なのだが。
「次期生徒会はこちらの皆様になります」
前生徒会長がマイクを握って言葉を発する。女性らしい聞き取りやすい声だ。
順番に挨拶をしていく。
「新しくこの高校の生徒会長になりました
学年No.1の頭脳を持つ小林君が挨拶をする。
「副生徒会長になりました
続いて相沢さんが深く頭を下げる。長く綺麗な黒髪が水の流れのように肩から落ちた。
彼女が頭を上げ、落ちた髪の毛を左耳に掛ける。左目の涙黒子がちらりと見えた。そんな美しい横顔を眼の端で捉えつつ、俺は回って来たマイクを受け取った。
「…新しく会計になりました。
緊張で少し詰まってしまった。本来、俺はここにいるようなキラキラした人間ではない。
俺たちの体温で少し温まったマイクを隣に渡す。
「書記になりました
新生徒会の中で唯一の一年生が挨拶を終える。
大きな拍手が鳴り響き、新生徒会を祝う。そうして俺たちはゆっくりと壇上から降りた。
数日後前生徒会の持ち物が無くなって、少しスッキリした生徒会室に俺たちは集まっていた。
「じゃあ、とりあえずもう一度自己紹介でもしておきますか」
「そうしましょう」
「うん」
「まぁ、知ってる人もいると思うけど、俺は2年G組の小林優太です。部活はサッカー部で、趣味は体を動かすことかな。一応中学校でも生徒会長だったけど、やっぱり勝手とかは違うと思うし、みんなに迷惑かけちゃうこともあると思う。その時はよろしくお願いします」
「私は2年H組の相沢沙耶です。部活は弓道部で、趣味は、強いて言うなら散歩かな。休日は良くしているので。私も中学校では生徒会に入って、会長をしていました。これから一年間みんなで楽しくやっていけたら良いなって思います。よろしくお願いします」
「俺は、2年E組の相原湊です。部活には入ってなくて、趣味は、まぁ、ゲームとか。生徒会の経験とかは全く無いんですけど、やってみたいって気持ちはありました。よろしくお願いします」
「私は1年F組の桜井遥陽です。部活は水泳部で、趣味は動物の動画とか見てます。生徒会は中学の頃、委員長をやっていたくらいで。そんなにがっつりって訳じゃ無かったんですけど。よろしくお願いいたします」
それぞれが挨拶をする。
「じゃあ、はい!」
小林君が腕を前に出す。所謂円陣というものだろう。
「はい」
「…はい」
「はい!」
全員の手が合う。
「これから一年間。よろしくお願いします。頑張るぞ~!」
「「「お~!」」」
THE・サッカー部のようなノリ。こういうのは苦手だが、嫌いではない。
こうして新生徒会は結成された。
初めての生徒会という仕事は大変だが楽しいものだ。
部活には入っていないのでほぼ毎日の放課後を生徒会室で過ごしていた。時間潰しにもなる。
生徒会が始まってしばらく経ち、冬の気配が辺りを包んでいた。生徒会のメンバーや他の委員長、部長とも仲良くなってきたような気がする。
「よっ、お疲れ~」
「お疲れ」
天文部の部長、もとい友人の星七が生徒会室に入ってくる。
「これ、頼まれてたやつ」
「おう、ありがとな、星七。早いな」
「まぁ、湊に迷惑かけらんないし。っていうか、他の人たちは?」
「基本的に俺しかいないよ。今はほとんど仕事なんて無いし。俺はただの時間潰し」
そんな雑談をしていると一人の女子生徒が入って来た。
「あっ! 赤羽君も来てたんだ」
「うん。神谷さんも会計の書類?」
「そうそう。はい、相原君」
「あんがと。美術部もおっけいと」
チェックシートの天文部と美術部の欄に印を入れる。
「お互い部長だと大変だね」
「そうだね。でも、生徒会室なんてなかなか入れないから僕はラッキーだと思ってるけど」
「あはは。確かにそうかも。あ、私そろそろ戻らないと。じゃあね、赤羽君も相原君も」
「神谷さん、待って。僕も戻るよ。じゃあね、湊」
「お、おう…」
そう言って二人は仲良さそうに生徒会室を出ていった。
「イチャイチャは他所でやって欲しいけどねぇ…」
また一人になった生徒会室で俺はそっと呟く。
「相原君、お疲れ~。提出書類はどんな感じ?」
二人の代わりに相沢さんが生徒会室に入ってきた。
「まだそんなに出てない。まぁ、まだ一週間あるしな」
「そうね。…そう言えば、さっきすれ違ったんだけど、
「どう、なんだろ。結構良い感じではあると思うんだけど」
「そうだよね~。さっきすごい仲良さそうだったし。羨ましいなぁ~」
「相沢さんって、恋愛とか興味あるの?」
「え? そんな興味なさそうに見える? 私だって人を好きになることくらいあるよ。今は、いないけどね。そういう相原君は?」
「俺もいないよ」
「そっか。あ、私も手伝うよ」
書類に不備が無いかを確認していると、隣に彼女がやってきて俺の持つ紙束を覗き込んだ。
突然近くに来るから驚いてしまう。
「…まぁ、あいつらのことですし不備とかは無いと思うけど。相沢さんは美術部の方見て貰っても良い?」
「うん。任せて~」
そう言いながら、椅子に腰かける。
その様子を横目に俺も書類に目を通す。目を動かしつつパソコンに情報を書き込む。
しばらく無言が続き、カタカタというキーボードを叩く音だけがここを支配した。
読み終わったのか彼女は重ねられた書類を机に置いた。
「…こっちはおっけい。相原君の方は、なんか不備あった?」
「ううん。無かった」
「後はこの2つをパソコンに入れて終わりかな」
「そうだね。あ、後やっとくから帰っても良いよ」
「そう? うーん、もうちょっとここで暖まってくよ。外寒いし」
そう言って彼女は隣でスマホを取り出した。生徒会室にはエアコンがある。夏は涼しく冬は暖かい。
再び沈黙が流れた。
夕陽が差し込む生徒会室。サッカー部や野球部の掛け声、吹奏楽部の音色が窓越しに耳に届く。
オレンジ色の室内。彼女の美しい横顔もその鮮やかな暖色に染まる。
30分ほど経って、俺はパソコンを閉じた。
「終わった?」
「うん。俺もう帰るけど、相沢さんは…」
「私も帰ろうかな。相原君が終わったなら」
もしかして終わるのを待っていてくれたのだろうか。
そんなことは無いだろう。自意識過剰にもほどがある。
荷物をまとめて鍵を閉める。
「俺が鍵返してくるから、そっちは先に帰っても良いぞ」
「別に良いよ。私も副会長って言ってもそこまでえらくないし。一緒に行けばいいでしょ」
「…まぁ、そうか」
少し暗くなった校舎を歩く。部活をしている人たちはもう少しかかるらしい。
先生に鍵を返して下駄箱で靴を履き替えた。
「相原君は自転車?」
「あぁ」
「結構家遠いんだ」
「そこまでじゃないけど。雨の日とかは傘さして歩いてくるし」
俺が駐輪場へと向かうと彼女も付いてくる。
カラカラと自転車を押しながら歩く。もちろん俺は車道側を歩いていた。
「そう言えば、こうやって相原君と帰るのは初めてだね」
「…そうだな。というか、こんな風に女子と帰るのも初めてかもな」
「そうなんだ。なんか意外かも」
会話はなかなか続かない。あんまり女子と話したことなんて無いし、一対一なんて余計に経験が少ない。
途切れ途切れの会話。向こうから話題を振ってくれることが多い。
夜の帳が降りてきた頃、学校から10分ほど歩いて、分かれ道に来た。
「私はこっちだから」
「俺はこっちだ」
「そっか。じゃあ、気を付けて帰ってね。ばいばい」フリフリ
「お、おう…」
そう言って彼女は一人で歩いていく。
突然手を振られたせいで驚いてしまう。少し指先が曲がっている所を見るに、彼女もこういうのは慣れていないのだと思う。
そう思うと振り返せなかったのは残念だ。
「…なんか、可愛かったな」
不意に可愛いことされると反応に困る。
少し熱くなった顔を冷ますように俺は自転車を漕いだ。
ある春の初めの時期。
俺はいつものように生徒会室にいた。しかし、今日は一人ではない。後輩兼書記の桜井が向かいのテーブルでスマホをいじっていた。
今日は友達を待っているらしい。部活は無いが、先生に呼び出されているようだ。
「…そう言えば、湊先輩。会長と副会長って付き合ってるんですか?」
「えっ!? そ、そうなの?」
「いや、私も分からないんですけど。そういう噂があるんです」
「はぁ…。噂か。それこそ、本人に直接聞けば良いんじゃないのか」
「聞けませんよ。というか、この噂が出てきたのは月曜日くらいなので」
「めっちゃ最近じゃん。なんで?」
「なんか、休日に二人で居るところを見かけた人が居たみたいですよ。まぁ、あのお二人ならお似合いだとは思いますけど。サッカー部のイケメンと弓道部の美人さんなんて」
「…確かにな」
桜井の話に俺は上手く頷くことが出来なかった。
彼女の言う通り、この学校のほとんどはそう言うだろう。
しかし、本当に付き合っているのならば、相沢は俺と帰らない方が良いし、俺たちが放課後一緒の生徒会室で過ごすのは憚られる。
「…今度、それとなく聞いてみるわ」
「お願いします。私もちょっと気まずいですし…。あ、ちょっとすみません」
そう言うと後輩はスマホを耳に当てる。
「もしもし、みお? 終わった?」
友達だろうか。楽しそうになにやら話している。
「ばいば~い。という訳で、私はこれで失礼しますね。鍵、よろしくお願いしても良いですか?」
「あぁ。じゃあな」
「お疲れ様でした」
静かに扉が閉められて、小走りの足音が遠ざかっていく。
「…俺も帰ろうかな。
上着を着て鞄を持つ。
鍵を持って扉を開ける。
「「うおっ(きゃあ)!!」」
扉を開けると、目の前には副会長の姿があった。
突然のことでお互い驚き、揃って声をあげた。
「び、びっくりしたぁ」
「すまん…」
「いや、わざとじゃ無いんでしょ。謝んなくていいよ」
「…なんかやることでもあったのか?」
「うーん、別にない、けど。誰かいるかな~って」
「そうか。もう俺は帰っちまうけど…」
「えっ、そうなの? そっかぁ。なら私も帰ろうかなぁ」
という訳で、俺たちは一緒に帰ることとなった。
あれから何度も一緒に帰ってはいた。しかし、噂が本当であればもうこうして共に帰ることも無くなるだろう。
「…なぁ、一つ聞いても良いか?」
「なに? 急に」
「その、これは噂なんだが。…相沢って、会長と付き合ってるのか?」
「えっ? そうなの?」
「そうなのって…。自分のことでしょうよ」
「私は告白もされて無いし、しても無いんだけど。だから、付き合ってないよ」
「…そうなのか」
ホッとする。
「…で? 誰から聞いたの? そんな噂」
「誰って、桜井だよ」
「遥ちゃんから?」
「あいつが直接噂を流したわけじゃないと思うけどな。なんか、休日に相沢と会長が一緒に居るところを見たって」
「休日…。あ、この前の土曜日かな」
「土曜日…。あぁ、買い出し」
「そう。相原君も遥ちゃんもいなかったから、それかも」
「それを誰かに見られたってことか。なるほどな。じゃ、桜井にはそう伝えておくわ。噂の真相を確かめてくれって言われてたから」
「直接聞いてくれたらよかったのに…」
そんな話をしているともう10分経ったらしい。いつもの分かれ道にやってくる。
「こうやって一緒に帰ってたら、私たちも、言われるかもね」
「…そうかもな。そっちが迷惑なら、もうこういうのは…」
「迷惑だなんて思わないよ。少なくとも私は…。って、何でもない! じゃあ、また明日ね」フリフリ
「ま、また明日」フリフリ
街灯の光の下、彼女は去って行く。俺はしばらくその背中を眺めていた。
去年の生徒会発足から季節が一周回った秋頃。
高校生活最後の文化祭も終わって、部活も3年生が残っている所はほとんどない。
そういう俺たちも、先日新生徒会役員が全校生徒に紹介された。引継ぎも済んで、俺たちは生徒会室の片付けと掃除を行っていた。
しかし、今生徒会室にいるのは二人だけだ。
「そっち終わった?」
「もう少し」
「二人だと結構きついね」
「しょうがないよ。会長と桜井は先生と話してるんだから」
「次期生徒会長は遥ちゃんかぁ。けど、あの子しっかりしてるし勝手も分かってるし安心だね」
「そうだな」
俺はかなりの時間をここで過ごした。そのため自分の荷物は他の人に比べて多い。
「手伝おっか?」
「あぁ、助かる」
自分の仕事は終わったのだろう。
相沢が横にやってきた。掃除だからだろう、ポニーテールにした長い髪が揺れ、甘い女の子特有の匂いが鼻をくすぐった。
「…なんか、一年間ってあっという間だったなぁ」
「そうだな。もう生徒会も終わりか」
「楽しかったよ。本当に」
「会長も良い人だし、桜井もちゃんとしてたし。…もちろん、相沢も」
「相原君もね。良いメンバーだったね」
俺たちが初めて一緒に帰った日のように、夕陽が窓から差し込んでいた。あの日のように運動部の掛け声が聞こえてくる。違うのは窓が開いているせいでより大きな音で聞こえるところだろうか。
「もう、これで最後なんだね…。なんか、悲しいね」
「うん、悲しい。これから受験に向けて一気に走っていかなきゃいけなくなるし、ここのメンバーとも会えなくなるんだろうって考えると」
数秒、沈黙が流れた。
俺は勇気を出しておもむろに口を開いた。伝えたいことがある。
「…俺は、もっと関わりたいと思ってる」
「…そうだね。またみんなと…」
「みんな、じゃなくて。俺は、相沢との繋がりが消えるのが寂しい。だから、生徒会が終わっても、一緒に帰ったりとか休日に出かけたりとかしたいと思ってるんだ…」
彼女の目をしっかりと見つめる。
向こうも真っ直ぐにこちらも見つめて来ていた。
「相沢沙耶さん。好きです。俺と付き合って貰えませんか?」
お互い片付けの手は止まっている。終わったわけではないけど。
「…はい。よろしくお願いします」
数時間にも感じた静けさの後、返事と共に彼女は俺の手を取る。
埃が付いていて汚いだろうに、彼女の細く綺麗な指は俺の左手を包みこんだ。
「先輩方~。終わりました~?」
扉が開かれて俺たちはお互いの手を離す。
見られていないかの不安と告白の緊張で、心臓がドキドキしているのが分かる。
「…あとちょいだ。待っててくれ」
「は~い。というか、告白するんなら片付けてからにしてくださいよ」
「「…えっ!?」」
「ごめんなさい。全部聞こえちゃってました…。いや、扉開ける前に話してることに気が付いただけえらいと思いません!?」
「ま、まぁ…」
「とりあえず、おめでとうございます。私も手伝いますから、早く片付けてくださいよ~。湊先輩荷物置き過ぎなんですよ」
後輩に急かされて俺たちは生徒会を片付けた。
全てのことが終わり、俺たちは帰路についていた。
「明日から勉強漬けかぁ」
「相沢は、頭良いから大丈夫なんじゃないか?」
「慢心はだめだよ。相原君も」
「心に刻んでおくよ」
色んな話をしていたら分かれ道までやってきていた。
「じゃあ…」
「いや、俺も行く。家まで送るわ」
「…ありがとう、湊君」
「えっ…?」
「…せ、せっかく付き合ったんだし///」
「…そうか。沙耶、愛してる///」
「…私も///」
明日から歩いて学校来ようかな。
ちょっときついけど…。
○登場人物紹介
・相原湊(あいはらみなと)
興味があったので生徒会会計に立候補した。中学時代も興味はあったがならなかった。クラスではあまり目立つタイプではなく、友達も赤羽や渡邊くらいしかいない。部活には面倒なので入っていない。勉強はそこそこでき、20位くらいで安定しているし本人もそこで満足している。副会長の相沢とは違うクラスだったので生徒会に入るまでは話したことも無かったが、一緒に過ごす中で段々と彼女に惹かれていった。タイプが違う会長の小林とも主に買い出しがメインだがたまに二人で出かけることがある。
・相沢沙耶(あいざわさや)
会長と副会長は絶対に男女でなければいけないという校則のために副会長になった。昨年の会長が女子だったので小林が会長となることになったが、副会長でも満足している。弓道部に所属しており、腕もいい。頭も良く総合点では1桁台が当たり前であり、数学が得意で1位に何度も輝いている。割と交友関係は広めであり、部活仲間やクラスメイト達とも仲が良い。書記の桜井とも仲が良く、休日に2人で遊びに行くことも。学年の中でも上位に入る可愛さで、告白は時々されるが何故かチャラついた人からされることが多く、そう言う人は眼中にないので断っている。
・小林優太(こばやしゆうた)
泣く子も黙る生徒会長。部活はサッカー部だが、会長になったため実力はあるがレギュラーは他の人に譲った。学年1位の頭脳を持ち、スポーツ万能な完璧イケメン。分け隔てなくみんなと仲が良く、ここぞという所で決断が出来るので書記や会計からも頼りにされている。
・桜井遥陽(さくらいはるひ)
生徒会唯一の一年生。部活は水泳部。頭はそこまで良いとは言えないが、中学校の頃から委員長などは任されており、信頼はされている。高校生活は中学校の頃から仲のいいみお、七海、彩花の三人と過ごすことが多い。休日は4人で遊ぶことがほとんど。噂に敏感。
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