君と居たいから遠回りした

 席替え。

 学校生活に付き物のイベント。楽しみにしている人は多いだろう。あの人の隣になりたいとか、窓際が良いとか、後ろの方が良いとか人によって様々な楽しみ方がある。俺も例に漏れずある気持ちを抱きながら毎回くじを引いている。

 好きな人の隣になりたい。それが俺の願いだ。しかし、一年の頃から好きな人と同じクラスであったが、運が良くないのか彼女の隣の席を引くことは出来なかった。

 だが、今回の席替えでついに念願の隣の席を引き当てることが出来た。死ぬほど嬉しかったのを覚えている。

 でも、その席替えと今日の日直の仕事に何の関係があるのかと言うと、うちの高校は二人一組で日直の仕事をするのだ。

 好きな人と話すチャンスが目白押しである。普段の生活では緊張してあんまり話せないでいるが、否が応でも話さなければいけないからな。

 ちょっとは今日で仲良くなれるだろうか。期待半分不安半分の気持ちで、俺、高梨龍一たかなしりゅういちはまだ人も少ない校舎に入って行った。



 教室に着くと誰もいなかった。今日は部活が無い日なので、この時間に来る人は少ない。

 朝の教室は、普段と異なった雰囲気で少し好きだ。窓を開けるともうすでに温められた風が教室になだれ込んだ。今日も暑くなるな。

 やることもないので、自分の席に座ってスマホをいじる。

 数分後、廊下を駆ける音が聞こえてくる。おいおい、朝から騒がしい奴だなと思っていると、その人物は俺の教室に飛び込んできた。


「ごめん。遅れちゃったかな」


 少しだけ息を切らした様子で大槻結衣おおつきゆいは俺に尋ねる。


「いや、大丈夫だよ。まだ先生も来てないし」


「良かったぁ~」


 そう言って、俺の隣に座る。そう彼女こそが俺の想い人であり日直の相方である。

 息を整える彼女を横目に、担任を待っていると、


「おぉ、もう揃ってたのか。おはよう」


「「おはようございます」」


 声が重なっちゃった。少し恥ずかしい。


「じゃあ、ちょっと早いけど今日の仕事を頼む。一人は黒板の掃除と横に日付と日直の名前を。もう1人は職員室に配りもののプリントを取りに来てくれ」


「どっちいく?」


 担任の説明を聞いて、大槻さんは俺に尋ねてくる。

 黒板の掃除は簡単だろう。もうすでに綺麗だし。職員室はここからちょっと距離があって大変だ。でも、女性に大変なことはさせられないよな。


「じゃあ、俺が職員室行くから。黒板はよろしく」


「おっけ。わかった~」


「はっはっは。君も男だな、高梨君」


 うるせぇ…。


「では、行こうか」


 担任と共に教室から出る。小学校の頃は良くこうして連れていかれて怒られたもんだ。



 職員室に到着して、先生からプリントの束を貰う。結構な量だな。ダンボールに入れてもらう。


「日誌はこの上に乗せちゃってもいいか?」


「はい。お願いします」


 大量のプリントの上に日誌が置かれる。


「じゃあ、無くさないようにな」


 無くさないだろ、流石に。バカじゃないんだから。


「では、失礼しました」


 挨拶をして職員室を後にする。

 階段を上っていく。行くときも思ったけど、やっぱり結構距離あるな。

 教室に着くと、俺の姿を見て大槻さんが駆けよってくる。


「大丈夫?」


「あぁ」


「あ、この日誌貰っちゃうね」


「ありがと」


 プリントの上に載っている日誌を掴む。

 少しだけ軽くなったダンボール箱を教室の隅の机に置く。

 黒板を見ると、綺麗な文字で名前と日付が書かれていた。


「まだ時間あるし、日誌書いちゃう?」


「そうだね。書けるとこは…」


 大槻さんは筆箱を取り出して、今日の日付や授業を書いていく。


「なんかごめんね。任せちゃって」


「良いよ~。これぐらいなら」


 すらすらと綺麗な文字で埋められていく授業の欄。

 五分ぐらいして、彼女は日誌を差し出して来た。日直の名前の欄を指さしている。


「高梨くん、ここの名前、うちが書いちゃってもいい?」


「いや、自分の名前ぐらいは自分で書くよ」


「わかった~。はい」


 大槻結衣と書かれた空欄。その横に高梨龍一と書いていく。なんか好きな人の名前の横に名前書くって、ちょっとあれだな。ドキドキするな。


「日誌は俺が持っておくよ」


「そう? じゃあお願いしようかな」


「うん。授業のとことか書いてもらったし」


 日誌を机の中にしまう。まだ、下の学校生活の欄はまだだから放課後かな。



 その後はだんだんと教室の人口も増えていって、にぎやかになってきた。俺の元にも友達がやってきて話していたから、大槻さんとの会話はなかった。

 一時間目が終わり二時間目。いつものように時は過ぎていく。普段と違うのは、いつもは遠くから眺めるだけだった彼女の姿が真横にあると言うことだけだ。

 昼休みも終わり、午後の授業も不都合なく終わった。そして、いよいよ放課後となった。

 運動部も文化部も部活動が休みの今日。ワイワイと次から次へと教室から人が出ていく。


「結衣~。今日スタバ行かな~い?」


 声の方を見ると、廊下から原桜花さんと道上あさひさんが教室を覗いていた。大槻さんとは仲が良い二人だ。


「ごめん! 今日、日直だから。行けない~」


「わかった~。頑張ってね~」


「そうなんだ…。ならまた今度行こ!」


 原さんと道上さんはすぐに去っていく。確か、原さんはテニス部で道上さんは演劇部だったはずだ。

 生徒たちは帰宅し、教室には静けさが訪れた。


「じゃあ、書いていこうか」


「そうしよっか。もう誰もいなくなっちゃったし」


 誰もいない教室で二人きり。

 あのまま飛んで行ってしまうんじゃないだろうかと思うくらいに、天井の扇風機が一生懸命に回っている。

 机にしまっておいた学級日誌と書かれた分厚い紙の束を取り出す。


「先、どうする?」


「あ~。高梨くんからでいいよ。まだ何書こうか決めてないし」


「俺もまだなんだけど…」


「別にいいよ、急がなくっても。今日はなんにも無いし」


 そう言われても、後に待っている人がいるとなると急がなきゃって気持ちになっちゃうんだよな。

 ご丁寧に二人分の書くスペースが用意されているその紙にシャーペンを走らせる。


「そう言えば、高梨くんとは初めてだっけ?」


「そうだな。去年は隣になれなかったから」


「え? なりたかったの?」


「あ! いや! そういう訳じゃ…」


 思い切り口が滑った。いや、なりたかったけど。


「あっははは」


「笑うなよ…」


 恥ずかしいな。

 その後も少し会話をしながら、俺の分は書き終えた。


「はい。大槻さんの分」


「りょーかい」


 教室を徘徊していた彼女は、自分の席の戻ってくる。


「先帰っちゃってもいいよ~」


「いや、それは流石に出来ないよ」


「ふふふ。まぁ、冗談だよ。本気で帰ったら一生口きかないし」


「こわ…」


 こんな人だったっけか?い や、普段話してないから良く知ってるわけじゃないんだけど。まぁ、可愛さは変わらないからむしろプラス要素ではある。


「なになに~。今日は大槻さんと一緒に日直をした。可愛すぎてテンパってしまった。あぁ~、癒され…」


「そんなこと書いてないよね!!」


 突然何を言い出すんだ。ちょっと思ってることだから余計にびっくりするよ。


「あはははは。面白い~」


「もう…早く書いてよ…」


 すらすらとペンを走らせていく彼女。窓から入ってくる生温い風が彼女のセミロングの黒髪を揺らす。暴れる髪の毛を耳に掛ける。ドキッとしてしまう。

 数分後、彼女の手が止まる。


「はい。私も書き終わったよ」


「よし、じゃあ出しに行くか」


「ちょっとまって。今日ってまだ時間ある?」


「ん? まぁ、別に何もないけど…」


「なら、他の人が何書いてるか見てかない?面白いよ~」


 確かに他の人が何を書いてるか気になるな。見てみたい気持ちもあるし。


「ほら、ここで見よ」


 もっと近くに来いという意味だろう。手招きをする彼女。

 椅子の近づけて、大槻さんのすぐ横に座る。


「じゃ、見てみよっか」


「うん」


 肩が触れ合うような距離。めっちゃ緊張するんですけど!



 二人で他の人の日誌を見ていく。


「いつも見てるの?」


「うーん。うちは見たいから毎回提案するんだけど、相方さんが部活で忙しくて見れないってことが多いかな。だから今日はラッキーだよ」


「そうなんだ。俺はやったことないな」


 前のページからじっくりと呼んでいく。なんか悪いことしてる気分だけど、いろんな人の知らない一面が見られて楽しいな。

 二人で見ながら、この人はこんな感じなのかとかこの人は意外だったとかの話で盛り上がる。もちろん俺や大槻さんが以前に書いたものもあった。

 一番最初のページまで戻ってきて、全ての日誌を読み終えた。1時間くらいかかったな。もうすぐ5時になろうとしている。


「いや~。面白かったね~」


「確かに。色んな事が知れたよ」


「じゃ、帰ろっか」


「そうしようか。あ、カギ閉めなきゃ」


 教室の戸締りも日直の仕事だ。窓を閉めると一気に熱気を増す教室。扇風機も切って、荷物を持ち教室から出た。

 二人で職員室へと向かう。


「おう。ご苦労さん。確かに受け取った」


「「ありがとうございました」」


 担任に日誌を渡して、昇降口へと向かう。

 靴を履き替えて校門までやってくる。


「うちはこっちだけど、高梨くんは?」


「俺もこっちだよ」


「そっか。じゃ、一緒に帰ろ」


 図らずも一緒に帰ることに成功した。はたから見たら付き合ってると思われそうだな。

 すると、おもむろに大槻さんが口を開いた。


「結構押し付けられちゃうんだよね。いや、うちが聞くからってのもあるんだけどさ…」


「え?」


「あ、日直の仕事のこと。さっき先に帰っても良いよって聞いたじゃん?」


「うん」


「それで本当に帰っちゃう人とかいるんだよね。何度も担任に一人で日誌届けたよ」


「そうなんだ…」


 悲しそうな表情で語る。確かにそういう人もいるよな。俺からしたら信じられないけど。


「自分の欄だけ書いて、後やっといてとか。ひどいもんだよ。ま、それをやられたらマジで嫌うからそれ以降話してないけど」


 あははと笑う彼女。


「ひどいなそれは。俺は大丈夫だった?」


「もちろん。じゃなきゃ一緒になんて帰らないし」


「そうか…良かった」


 話しているうちに、T字路に到着した。いつもは右に曲がるが今日は曲がらない。もっと彼女と話したいから左に曲がった。



 その後も暑い日差しを浴びながら、道を歩いた。

 階段を下って、海沿いの堤防へと降りる。こんなところを普段歩いてるんだな。

 ここの海には砂浜はない。その代わりに無数のテトラポットが置かれている。

 綺麗なブルーの水平線が見える。普段は通らないから新鮮だ。


「普段ここ通ってるの?」


「いいや」


「え? 通学路じゃないの?」


「うん。ちょっと遠回りしてる。高梨くんと話すの楽しいし」


 素直な人だ。俺は嬉しくてなんにも言えなかった。


「あ、紫陽花だ」


「ん? ほんとだ」


「そう言えば、橋本くんの日誌に書いてあったよね」


「紫陽花の色だっけ。アルカリ性か酸性かで色が変わるってやつ」


「そうそう。不思議だよね~」


 道端に咲く紫陽花。青色ってことは酸性ってことかな。花言葉とかも書いてあったけど忘れちまったな。



 しばらくして彼女の家に到着した。


「じゃ、送ってくれてありがとね。全然違うでしょ、高梨くんの家は」


「まぁ、うん…」


 気付かれてたのね。


「あ、ちょっとまってて」


 そう言うと、家に入って行く彼女。

 数分後、再び彼女が出てくる。その手にはペットボトルが握られている。


「はい。これあげるよ。送ってくれたお礼」


「え? 良いの?」


「うん! 久しぶりに楽しかったし」


 彼女の手に握られている飲み物を貰う。


「うん。美味しい」


「じゃあ、今日はありがとね。また明日」


「また明日」


 パタンと小さな音と共に扉は閉まる。彼女の姿は扉に隠れて見えなくなった。


「さぁ、どうやって帰ろう…」


 ここに来るのは初めてだしなぁ。携帯で自宅までの経路を検索する。結構距離あるなぁ。


「まぁ、良いか」


 片手には彼女からもらったペットボトルを握りながら、自宅に向けて俺は歩き出した。








登場人物紹介

・高梨龍一(たかなしりゅういち)

サッカー部に所属している。スタメンにはなれていないが、本人がそこまでやる気があるわけではないので、悔しいとは思っていない。一年の頃から同じクラスである大槻結衣に恋をしている。席替えの度に彼女の隣の席を望んだが、一向に当たらず、二年生の夏にようやく叶った。この日直の後、彼女と少しは距離が縮まったかなと思っている。


・大槻結衣(おおつきゆい)

テニス部に所属する。仲のいい友達は、原桜花と道上あさひ。1年の頃から親交がある。昔、習字を習っていたために字が綺麗とよく言われており、本人も喜んでいる。優しさから人に物事を押し付けられがち。日直の仕事は良く押し付けられた。そのため、高梨龍一との仕事は久しぶりにワイワイできて楽しかったと感じている。そして、押し付けてきた奴とはもう一生口を利かないなど、意外な一面もある。

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High Memories ☆イサミ☆ @isami133

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