旦那殿に宛てて書いた遺書でデビューを飾ることになった私は、その事実を当人にどうお伝えすれば良いのだろうか?

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

『選考の結果、御著が大賞として選出されました』


『つきましては今後、商業書籍化に向けて加筆、修正を進めていただきたく……』


 受賞。商業書籍化。刊行。


 それは商業プロを目指す物書きにとってのひとつの目標。公募の荒波に揉まれるアマチュア達にとっては、悪魔に魂を売り渡してでも勝ち取りたい言葉。


 気付けば小説を公募に送り続けて苦節18年。私も『悪魔が実在してるなら魂の5、6個はすでに売り払ってるっつーのっ!!』というアマチュア作家の一人だったわけだが。


「……うせやん」


 実際にそのメールを受け取った私の口から零れ落ちたのは、実に乾いた声だった。


「よりにもよって10000%以上美化した遺書でデビューするんすか私!?」


 そう、『安崎あんざき依代いよ』としてのデビュー作『余命ヨメイ−24hマイナス ニジュウヨジカン 』は、私が新型コロナウイルスに罹患して死んだ場合に備えて旦那殿宛に書いた、遺書の代わりだったのである。


(なお、『すずり朱華はねず』として『宮廷書庫長の御意見帳』でデビューすることも、この2週間後くらいに決まった)




  ※  ※  ※




 そもそも、世間が新型コロナ第一波の脅威にさらされていた頃。


 仕事はほぼなくなり、どこにも行けず、アパートにひたすら引き籠もる日々。元々過労気味だった私にとっては休養にちょうどよく、私は毎日ここぞとばかりに寝倒して体調回復に努めていた。ある意味私にとっては人生の春休みだったわけである。


 しかし世間の暗いニュースはそんな呑気な私の耳にも飛び込んでくる。


 その日私が耳にしたのは『新型コロナウイルスで亡くなった方は、病院に搬送されると親族も面会は許されない。万が一搬送先で亡くなった場合、次に対面した時にはすでに遺骨になっていて死顔すら見れないらしい』というものだった。


 その噂は、自覚していた以上に私の胸に突き刺さったのだろう。


 その晩、私は夢を見た。遠く離れた地にいる親友が急に会いに来てくれる夢だった。その夢の中で親友は、昇る朝日と一緒に水晶みたいに砕けて散っていった。私の目の前でだ。


 人生で一番最悪な悪夢だった。飛び起きた私は、しばらく動悸が収まらなかった。


 ──どうしよう、どうすればいいんだろう。不吉だ。万が一、本当に親友があんな風になってしまったら……!!


 今から思えば『勝手に殺すなや』という話だが、とにかく当時の私は真剣だった。思わず親友に安否確認の連絡を入れ、旦那殿を叩き起こして話を聞いてもらったが、まだまだ安心なんてできない。


 もっと安心材料が欲しい。どうすれば良いのか。


「……そうだ、原稿にして公開しよう、そうしよう」


 夢は人に話すと正夢にならないという。ならば小説に書いて公表すれば似たような効果を得られるのではないか。


 そう考えた私は、勢いそのままに見た夢をそのまま小説にした。そうして生まれたのが『余命−24h』の春の章である。web版ではあれが第一章に入っていて、正直言うとあれが私が書きたかったことの全てである。


 下書きをしながら号泣し、清書をしながら号泣し、校正をしながら号泣した。


 そんな感じで脱水症状になりかけながら完成させた原稿を公開し『ひとまずこれで大丈夫だろう』と私は満足したわけである。


 だが春の章を書き上げた後、私はふとあることに気付いた。


 ──今回、死ぬのは親友側であったけども、私側が死ぬ場合もあるよな?


 それも困るな、と思った私は、悪夢封じのついでに自分が死んだ場合のシュミレーションとして追加で第2章を書いた。残される旦那殿に向けて『私が死亡した場合は誰それに連絡を入れてほしい』『部屋の中のものはこう処分してほしい』『SNSのアカウントはこうしてくれ』『今後君にはこう生活してほしい』というあれやこれやを詰め込んで書いてみた。


 小説とは、得てして美化されるものだ。遺書として書きつつ、普段はあんまり口にしないあれそれこれやらを詰め込み、何だかもう気付けば色々と盛り込んで10000%以上美化された代物ができあがっていた。


 ──まぁしかし、遺書としてはいい感じじゃね?


 本式の遺書として残すのはさすがに仰々しいけれど、これならば多少フランクだし、何より存在に気付いた親友(依代作品ファン最古参ガチ勢)が必ず旦那殿に遺書としての存在を伝えてくれるはずだ。何より小説家らしくていいじゃないか、作品の中に遺書を残すって。


 気分を良くした私は、さらに調子に乗って、その頃使っていた小説投稿サイトで行われていた『泣ける作品募集!』的なことを謳う賞に作品を応募しておいた。どうせ公開するならばインセンティブを稼ぎたかったので。


 そんな感じで、私は己の悪夢封じ兼遺書を、実にお気楽にコンテストへ送り込んだのだった。




  ※  ※  ※




 ……そして今に至る。


 ──そりゃあさ、嬉しいんだけどさ。嬉しいんだけどさ……っ!!


 私はこの私小説もどきの商業化に関して、一体どんな顔で親友と旦那殿ネタ元にご報告に上がれば良いんでしょうかっ!? てかマジで赤裸々に書いてしまったんですがっ!! プライバシー侵害で訴えられたりしないよなっ!? しないよなっ!?


 出先で受賞決定のメールを見ていた私は、スマホを抱えたまま震えていた。


 ──親友は最悪大丈夫だ。ガチ勢である彼女はすでにあれを読んでいる。問題は……


 私が『小説を書いている』ということを、旦那殿は把握している。しかしネタ元にされたということは知らないはずだ。


 ──ていうか! あれを当人に読まれてしまうのは恥ずかしいんだがっ!?


 遺書というものは読まれてこそ効力が発揮されるわけだが、私は今更になってその羞恥に気付く。いやだって、生きてる間に読ませるつもりはなかったわけだし。


 しかしデビューが決定してしまい、旦那殿がネタ元になってしまっている以上、速やかに報告し、事後報告にはなるが掲載の許可はもらわなければならないだろう。


 私は意を決し、旦那殿に素直にこのことを報告した。


 そして私は旦那殿より衝撃のお言葉を賜ることになる。


「依代氏が小説書いてることは知ってたんだけども」


 ちなみに本当に旦那殿は私のことを『本名+氏』で呼んでいる。


「それって野球にたとえると、『小学生が近所の公園で野球してます』っていう程度だと思ってたんだよ」


 ちなみにこのお言葉が飛び出たのは私のご報告から一夜明けた後のことであり、旦那殿はその一晩でweb版の『余命−24h』を読破している。


「でも蓋を開けてみたら甲子園レベルでビックリした! ちゃんと小説だった!!」

「……。いや待てそこなんっ!?」


 どうやら旦那殿の中で私の『趣味:小説創作』というものは、中二病患者が書き散らす闇文章と同レベルであると思われていたらしい。おかしい。『新人賞の最終選考に残った』とか『出版社の編集さんとのやり取りが』とか、割と赤裸々に話していたのに理解されていない。


 世の小説創作の同志達よ、一般人パンピーの理解などその程度だぞ。


「え? いや貶したわけじゃ……メッチャ泣いたって! すごいって!! え、何でそんな拗ねてるの? ごめんってぇ〜!!」


 この時、旦那殿のご発言にその場でうずくまり、床に『の』の字を書き始めた私は知らない。私の遺書もどきが担当さんに大プッシュされ、表紙のモデルが我ら夫婦になることを。試し読みは本来作品冒頭になるはずなのに、異例の2章(遺書もどき)になることを。


 世の中の作家志望の諸君、新人賞へ送り込む作品にはくれぐれも注意召されよ。


 これはデビュー作が旦那殿への遺書ラブレターとなり、表紙を夫婦で飾ってしまうという中々ない体験をしてしまったしがない作家からの、ちょっとしたアドバイスである。



【了】

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