第7話
春になるのを待ちかねたように、亡命貴族軍は、オーストリアの大公カールの要請を受けてピエモンテ地方へ出陣した。すぐにドイツ戦線へ呼び戻された。
マレンゴでボナパルト率いるフランス軍が逆転大勝利を収めたのは、同じ年の6月のことだ。
そしてその年の年末には、ヨーハン……カール大公の弟で兄に憧れ軍人を志した、アメリーと同い年の大公……が、ホーエンリンデンで、軍を壊滅させるほどの大敗を喫した。時を置かずフランスとの間に休戦協定が結ばれ、それは、翌年の講和条約に結実した。
再びオーストリアは、フランス革命軍に膝を屈した。前回と違う点は、勝者の頂点が、革命政府から、第一執政ボナパルトにすげ変わっていたことだ。
◇
アンギャン公とロアン枢機卿の姪シャルロットとの秘密結婚の噂がヨーロッパを駆け巡ったのは、仏墺の講和から3年後のことだった。
祖父のコンデ大公は、孫が外国の王族の娘と結婚し、コンデ家を再興してくれることに期待をかけている。それゆえ、この結婚の詳細が詳らかになることはなく、ただ噂のみがヨーロッパを駆け巡った。
噂は、限りなくスキャンダルに近かった。シャルロット嬢への侮蔑的な悪意に憤り、ついに彼女との愛を形にしたアンギャン公爵への賞賛を覚えながらも、アメリーは複雑な心境だった。二人の幸せを祈りながら、なぜか失恋した気分になったからだ。
しかし、そんな甘やかな失恋気分もすぐに消え失せた。
結婚の噂から4ヶ月後。
突然、アンギャン公が逮捕された。
最後までアンギャン公は恐れず、端然としていたという。シャルロットは、連行される彼の後を追い、国境を越えてストラスブールへ密入国し、さらにはボナパルトに批判的なスウェーデン王にアンギャン公の救助を要請、と、半狂乱になって活動した。そして全てが徒労に終わると、公が処刑されたヴァンセンヌ城砦に男装姿で現れ、花を手向けたという。
だがしかし彼女は、自身とアンギャン公の結婚を決して公にしなかった。亡くなった彼と祖父との仲が、これ以上こじれるのを恐れたのだ。また、王政復古の後は、アンギャン公の妻であるがゆえに発生するコンデ家の財産相続を回避したともいえる。つまり彼女は、アンギャン公との愛の思い出を、永遠に純粋なままで保持したのだと、アメリーには理解できた。
まさに筋金入りの令嬢だった。
ただ相手を愛し。
慈しみ。
自分も相手も溺れるほどの深い愛を。
そして彼の死に臨み、自身をも社会から葬り去ってしまうほどの強い悲しみ、嘆き、苦痛……。
アメリーが結婚したのは、アンギャン公の死から5年後のことである。相手はオルレアン公ルイ=フィリップ、後の7月革命で即位する彼は、アンギャン公と同じく、フランス、ブルボン家の血脈だった。
アンギャン公が最後まで王制を信奉したのに対し、市民王を名乗ったオルレアン公は対極の立場に移ったのだけれど。
fin.
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お読み頂き、ありがとうございました。
こちらに、登場人物の肖像画(AI画伯の揮筆作品含む)があります
https://novel.daysneo.com/works/cf0da3a42652565ba15ddcbc3b1c6424.html
筋金入りの令嬢 せりもも @serimomo
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