第6話
アンギャン公の愛人が誰かわかったのは、それからすぐのことだった。
彼女の名は、シャルロット・ド・ロアン=ロシュフォール。アンギャン公の従姉にあたる。年齢は、彼より5歳年上の33歳だ。
ロアン一族はブルターニュ王家の男子直系の家柄で、代々、フランスで高位の枢機卿や宮廷司祭を務めていた。
「なんてこと! アンギャン公が、あのロアン枢機卿の姪と恋仲だったとは!」
リンツはじめ、ヨーロッパのあちこちに問い合わせていた母のマリア・カロリーナが、興奮してまくしたてている。
「昔、ロアン枢機卿がウィーン大使だった頃、享楽的で自堕落なあの聖職者を、
ド・ラ・モット夫人の計略に騙された枢機卿が、王妃の名で、とんでもなく高額な首飾りを買わされた事件である。
アントワネットは全く無関係であったにも関わらず、これが彼女の評判を著しく貶め、人々の悪意を買うに至った。
シャルロットは、その枢機卿の姪なのだ。その上、亡命に際して、エテンハイム(バーデン公国)の伯父ロアンの元に身を寄せているという。
「彼女は、アンギャン公が布陣された先々に現れるそうよ」
市井の女性ではない。また、女優や踊り子などの専業の女性でもない。シャルロット嬢は、れっきとした王家の女性だ。それなのに、まるで商売女のように、あるいは、軍の追っ掛けの少女たちのように、アンギャン公につきまとっているという。
「しかもそれは、公子御自身がお呼びになっているの。戦闘の合間合間に、二人は愛を語り合っているということだわ。それでバーデン伯もロシア皇帝も、御息女との縁組に二の足を踏まれたのよ。
そうすると、やはりあの女性……シャルロットの愛は一方通行ではなかったのだと、アメリーは思った。グロリエッテの丘で彼女の言ったことは、少しの虚飾も奢りもなかった。真実、彼もまた、彼女を愛しているのだ。懐き、甘え、彼女を必要としている……。
やはりアメリーは、彼にとって単なる結婚相手候補にすぎないということが確定した瞬間だった。
……結婚。
それはそれで、誇れること……なのだろうか。神と制度に縛られた妻として、一生を共に過ごす許可を与えられることは。
アンギャン公にとっては、祖父の大公が望んだ結婚だ。コンデ家の体裁の為、軍の維持の為、ひいてはブルボン王家再興の為。豊かな南イタリアから迎える妻の価値は、それだけだ。
王族らしく、彼は素直に
母が深いため息をついた。言葉を選び、慎重に語り掛けてくる。
「そもそもコンデ家の男性は、雅量があると言えば聞こえはいいけれど、遊び好きで放埓であることで有名だわ。公子ご自身にとても魅力があるのは認めるけど、ねえ、アメリー。残念ながらこのお話は……、」
「残念なんかではなくてよ、お母さま。私、アンギャン公爵様と結婚する気は、少しもありませんから」
きっぱりとアメリーは言ってのけた。
驚く母を尻目に、アンギャン公には是非、シャルロット嬢の愛を末永く受け容れ、己の愛を保証してあげてほしいと、痛切に願った。
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※
余談その2です。
後に「ナポレオンの息子(後のライヒシュタット公)は僧侶になるしかない」と言ったのは、アメリーの母、マリア・カロリーナです
https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054885142129/episodes/1177354054885791930
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