うつくしいひと
南雲 皋
めぐり、めぐる
サラにとって、フィフィは
初めてフィフィを見たのは、母親に連れられて訪れた都心のバス停だった。時刻表の裏に
その日から、ずっとフィフィに憧れ続けてきた。フィフィに少しでも近付こうと美容について調べ、
スカウトされるような美貌の持ち主ではなかったから、いくつものオーディションを受け、なんとか掴み取った職業だった。
血の
サラはカレンにフィフィの
自分は、フィフィにはなれない。そんなことはとうの昔に理解していたサラだったが、カレンに初めて対面した瞬間、更に深くサラに刻み付けられた。サラだけではない、他のモデルたちにとっても同様だった。カレンという
カレンには自分が類い稀な存在であるという自覚がなく、そのことがより一層彼女の神秘性を高めていた。
すぐさまカレンの周囲にはカレンを守りたいという人間たちが囲いを作り、彼女に対する恨み妬みのようなものは根絶やしにされた。おかげで
「サラ、あなたってフィフィさんのファンだったわよね?」
カレンにそう声を掛けられた時、サラは撮影を終え、
「あのね、先日の撮影でフィフィさんと初めてお会いしたのだけれど、その時に連絡先を交換したの。そうしたら、今度フィフィさんのお宅にお呼ばれすることになって。お友達をたくさん連れてきてって言われたから、サラさん、どうかしら」
「行く! 行くわ!」
サラは即座に返事をした。フィフィの家に行ける?日時を聞くまでもない。どんな大事な約束だって、フィフィの家に足を踏み入れることに比べたら。
カレンは優しく
サラは
カレンから連絡が来て、当日を迎えるまでの間、サラは夢見心地のままだった。フィフィに会ったら何を話そうか。話せなくても構わない、同じ空間にいられるだけで、フィフィの家に自分が立っているというだけで。それでも万が一、会話をする機会に恵まれたら。そんなことばかり考えて、当日までの自分の行動を思い出せないくらいに浮き足立っていた。
フィフィの家の場所は誰にも教えられないと、カレンを筆頭に招かれた人は全員、迎えの車に乗せられた。何台もの高級車が、次々と少女を乗せて出発する。サラたちの乗せられた後部座席の窓は全て
「あたしケリー、よろしく」
「私はジュディ」
「ジルよ」
「サラです、よろしく」
「みんな同じくらいでしょ? 敬語なんていいって」
「そうよ、それにみんなフィフィのファンだもん」
「楽しみすぎて眠れなかった、クマ、隠せてる?」
「あぁ、だからいつもより化粧がちょっと濃いのね」
「大失態だわ」
三人は同じ事務所なのか、
一時間ほど、
「カレン、皆さんも、今日はようこそ私のお屋敷へ。さ、中へ入って? 今日のためにお料理も用意したのよ」
唯一、カレンだけが嬉しそうにフィフィにお礼を
玄関ホールは吹き抜けになっており、大きなシャンデリアが
「ビュッフェスタイルにしたの。好きなものを取ってね。まずは乾杯をしましょ」
他の少女たちが透明なグラスを持つ中でひとりティーカップを持つ自分の
「たくさんの出会いに感謝を。乾杯」
フィフィがシャンパングラスを掲げ、少女たちがそれに
それからフィフィが広間内を歩いて少女たちに声を掛けて回った。サラは会場の端の方に立っていて、自分の元にフィフィがどんどん近付いてくるのを感じていた。
サラの意識が浮上したのは、冷えた身体に生温かな液体が伝った気持ち悪さのせいだった。フィフィと話す緊張のあまり倒れてしまったのかと慌てて身体を起こしたサラは、自分が何も身に付けていないことに気付いて
石造りの小部屋に寝かされていたらしく、周囲を見渡したサラは自分を目覚めさせた生温かな液体の正体を知った。それは、ケリーの身体から流れ出した血液。
床に横たわるケリーも何も身に付けておらず、その身体の至るところに小さな穴が空いていた。サラを
「なにが、どうなって……」
サラは震える身体を必死に
ここは、どこなのだろう。
サラはフィフィのことが心配になった。もし、フィフィの屋敷の場所が誰かに知られていたのだとしたら、自分たちが招かれたことをカモフラージュに、フィフィを
あまり力の入らない身体を
他にも扉が開いている部屋がいくつかあって、そのどこにも同じ状態の死体が転がっていた。ジュディも、サラも、生気のない青白い死体となって横たわっていた。
しばらく廊下を歩いていると、男たちの声がした。反射的に息を殺し、様子を窺う。
肌を舐める水音、皮膚と皮膚が激しくぶつかる肉音、男たちの
物言わぬ、穴だらけの少女たちを、男たちは好き放題
「そろそろ次の時間だ、行くぞ」
「あぁ、もうそんな時間か」
「ずいぶん夢中になってたな、当たりか?」
「顔の好みで決めたけど、当たりだった」
「ハハハハハ、最高じゃないか!」
男たちが部屋を出る前に、サラは手前の部屋の扉の影に身を隠した。
ちゃぷり、ちゃぷり、ぽちゃん、ぽちゃん。
サラは足音を立てないように、ゆっくりと音のする方へと歩みを進めた。
薄暗かった廊下から、眩しいくらいの明かりに照らされた部屋へ。サラは目を細め、入口から顔を覗かせるようにそっと様子を窺った。
フィフィの屋敷の玄関ホールにあったシャンデリアに似た照明が、室内をキラキラと照らしている。大理石で作られた室内は光を反射して白く輝き、中央に
プールの上部には、天井から何本もの鎖が垂れ下がっている。その鎖の先には何人もの少女たちが拘束され、
一人の男が壁際にあるハンドルを操作すると、少女たちの身体がゆっくりと下降してきた。残りの男たちの手には細いパイプのようなものが
サラの想像した通り、ぶら下がった少女たちの肉体に無数のパイプが突き刺さる。先端からぴゅうと血液が吹き出し、プールに溜まった大量の血に
再び少女たちの肉体が上空へと飾られ、がくがくと
吊り下げられている人間の中にはカレンもフィフィも見当たらず、サラは少しだけ安心した。どこかに囚われているのかもしれない。そう思い、しゃがみこんだ状態で部屋に足を踏み入れたサラの前に、生まれたままの姿のカレンが現れた。
「サラ、起きたのね」
「カ、カレン……! 大丈夫なの? いったい何がどうなって……」
「落ち着いて。ほら、フィフィが呼んでる」
ざばり。
プールの中から、真っ赤に染まったフィフィが姿を現した。頭の先から、とろりとした赤がフィフィの肉体を飾り立てている。形のいい乳房も、ピンと尖った乳首も、美しいラインを描く腰も、無駄な肉のない腹にある
フィフィの手が、ゆらり上下に揺らされる。誘うように向けられた手招きにサラはゆっくりと立ち上がった。背中に添わされたカレンの手は滑らかで暖かく、そこから感じる鼓動が心地いい。
ちゃぷり。
生温かな血液に足を付け、そのままプールに浸かっていった。フィフィの肉体が、どんどんとサラに近付いてくる。フィフィの肌が、サラの肌に触れ、まるで一人の人間になるかのように距離を縮めていった。サラの首に細長い腕が絡みつき、きつく抱きしめられる。
「美しさを保つ
耳元で、カレンの声がする。サラはフィフィの鼓動を感じながら、掛けられた言葉を飲み込んだ。
「誰よりも、愛する人」
「そう。サラにとって、それはフィフィでしょう?」
確かに、サラにとってフィフィは全てだった。誰よりも愛する人。その通りだと思った。
フィフィの顔が眼前に迫り、厚い舌がサラの唇を
いつの間にかフィフィの背後に回っていたカレンが、彼女の細い首にパイプを突き立てた。一瞬強い力で抱きしめられたかと思うと、びくりびくりと震える身体から、サラの身体に血液が降り注ぐ。それと同時に、サラの体内に何かが芽生えた。それは言葉に言い表せない何かで、しかし強い存在感を伴ってサラの身体を内側から満たしていた。
「ああ……サラ、綺麗よ……。私、ずうっとあなたが欲しかった。あなたがフィフィを見つめる瞳が欲しかった。それを私に向けてほしかった……」
ずるり。
フィフィの身体から力が抜けて、プールの中へと崩れ落ちていく。サラはぼうっとしたまま、手を伸ばしてくるカレンを拒むこともできない。カレンが自分に向かって何かを話しているような気がするが、それが明確な言葉となってサラに届くことはなかった。サラは自分の中に目覚めた何かの暖かさが、自分の肉体を作り替えているのを感じていた。
カレンの唇がサラの首に触れ、そして真っ白な歯が皮膚を突き破り肉を噛みちぎる。吹き出した血液がカレンに降り注ぎ、美しいブロンドや整った顔、引き締まった肉体を
カレンの持つ細いパイプがサラの右の瞳をくり抜き、
最期に見たカレンは、フィフィよりも、美しかった。
[END]
うつくしいひと 南雲 皋 @nagumo-satsuki
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