第5話 思春期

Side:早乙女


「早乙女さ、わざわざウチのクラスとかに来なくてもいいよ」


入学して少し経った4月の終わり頃。

放課後、いつものように駅前の方を歩いていると只野が急にそんなことを言ってきた。


「え?どうして?」


こんなことを言われたら普通なら何か嫌われることでもしたかな‥とか心配するところかもしれないけど、あいつも大概だからツンツン期かなくらいに思っていた私は、直球で聞いてしまった。


「いや別に‥同じ中学だからって無理にそんな構わなくても‥」


何を言ってるんだこの男は?

無理に構う?私が??

同じ中学だからそれだけの理由でわざわざ他のクラスに出向いたりするほど、私は優しくない。

そんなことは君が一番分かってるでしょ‥


「別に無理とかしてないけど‥」


「そう‥か‥ならいいんだ」


結局、その会話の後も予定していた寄り道をして私達は帰路に着いた。


でも、私は煮え切らない只野の態度が気になり、それが胸の中にしこりは残り続けた。


◆◇


あんな事があった後も、私は変わらずクラスに行ってたし、放課後の部活の見学にも連れ回したりもした。

それは私が、嫌がれれば嫌がられるほど構い倒しなるのは性分なのもあるかもしれないが、只野の真意を知りたいというところもあったのだと思う。


それでも結局それが何のなのか分からなかった私はもう一人の親友にその事を相談した。



「‥っていうことがあってね」


モヤモヤした感情を吐き出すように、あの日の出来事を話す。

それに目の前の親友‥中学からのクラスメイトである河上美菜は興味深々といった様子で前のめりになっていた。


「へー、あの只野くんが‥ねぇ、それってさあれじゃない?」


「あれって?」


「倦怠期!」


倦怠期って‥別に付き合ってるわけじゃないし、

只野の事をそんな風に考えた事もない。

弄り甲斐があって、人として信頼できる友達‥

あいつもそんな風に思ってると思う。


「倦怠期って‥別に私たちそういう関係じゃないから」


「えっ!嘘‥」


私が、前提としての私たちの関係について言うと、美菜は心底驚いたような反応を見せた。

しかもそれは美菜だけじゃなく近くで私達の会話が聞こえていたクラスメイト達も同様だった。


そのおかげで、私たちが普段周りからどんな風に思われているのかが分かってしまった。


只野と私が恋人‥そんな関係になった自分たちを頭の中で想像してみたが、あまり今と変わらないような気がした。


なんだかんだと今の関係が一番心落ちつく。

それを壊すリスクを抱えて、何かしたいとは思えないし、この関係を恋人なんてものにカテゴライズするのは、どこか穢されるようにすら感じた。



「じゃあ‥あれかな‥好きな人ができたとか?」


こちらの顔色を伺うように途切れ途切れにしながら美菜がそう言った。


只野に好きな人‥

だめだ、さっきよりももっと想像できない。

想像するよりも先に笑いが込み上げてくる。


「あいつに好きな人‥ないね、ないわ」


痛くなりそうなお腹を抱えて私がそう言うと、今後は美菜が腑に落ちないような顔をする。


こればっかしは美菜には分からないかもしれない。

なんだかんだとずっと一緒に居るわたしだからこそ分かることだろうから。


すると、この間のは一体何だったのだろうか?

他の人に相談しても分からないとなると、もうお手上げだ。


気難しいことこの上ない、まるで思春期入りたての娘を相手にしているみたい。


‥ん‥思春期‥そうか思春期!


「分かったよ美菜‥思春期だよ。只野の奴、きっと女子の私と一緒に居るところを見られて弄られでもしたんでしょ、だから恥ずかしく感じてあんなこと言ったんだ」


どうだ!と今思いついた名推理を披露する。

自画自賛になってしまうけど、これ以上の答えは出ないだろうと言う自信があった。


なるほどなぁ‥そう思うと倦怠期は近かったな。

それしても、恥ずかしくなってあんなこと言うなんて‥可愛い奴め。



「そ、そうかなぁ‥嫌なんでもないです。はい」


美菜もそんな自分の隙の一切無い完璧な推理に納得したようだった。


またしても、彼を弄るネタが出来てしまった。


この時の私は呑気にもそんな風に考えていた。

きっと息子が思春期に突入したお母さんも、こんな気持ちなんだろうなぁと温かい目で見守っていこうと‥


勘違いに気がついたのは、それから数週間後のことだった。


◆◇


「暇だ‥」


騒がしい廊下でストローを咥えて独りごつ。


最近は、思春期の息子の意思を汲んで、クラスに行くことを自粛していた。

そのせいで、昼休みを持て余し、こうして気分転換がてらミルクティーの紙パックを片手に廊下を闊歩する羽目になるとは‥


すれ違う楽しそうに友達達と談笑する同級生達を横目にフラストレーションが溜まるのを感じる。


原因は分かっている。

かれこれ数週間くらい昼休みに、只野のクラスにお邪魔していない。

放課後はお構いなしに通っていたけど‥


そろそろいいんじゃないだろうか‥我慢は体に良くないって言うし。

只野だってもう大人になる頃だろう。

他の同級生達を見れば異性と会話をすることがある種のステータスのように振る舞ってるじゃないか。


好きなやつには好きなように言わせておけばいいんだ。


問題は自分がどう思うかなのだから。


完全に只野の意思を無視した自分勝手な結論を出した私は、欲望に従って思うままに目的地を定めた。



只野の教室は、私のクラスの2つ上の階にあって少し離れていたが、足取り軽い私には大した苦でもない。


今日は何の話をしようかと、胸を弾ませ階段を二段飛ばしで駆け上がれば、自分のクラスの次くらいには見慣れた場所へと辿り着く。


いつもの様に教室の入り口で目当ての人物を探す。すると急に他のクラスの生徒が現れたせいか若干中の同級生たちが騒ついた。


なんかタイミングが悪かったかな‥。


落ち着かない視線と空気を感じながら、あいつを探すがどこにも姿がない。


おかしいな‥


「ねぇ、只野がどこ行ったか知らない?」


スマホを出すのも惜しかった私は手っ取り早く、近くにいた女子に尋ねた。


声を掛けられた大人しそうなその子は困ったように目線を漂わせる。


「えっ‥た、只野くん?‥私は知らない‥かな‥」


何だろう‥


明らかに何かを隠そうとしているような反応に引っかかりを覚えた。


「そっか‥ありがとうね」


「あぁ、只野くんだったら中庭で‥」


「ちょっと、友希!」


何かを言おうとしたその子の口を押さえながら大人しそうな子が小声で注意をした。


「もう!‥どうして貴女は」


「えぇっ、ごめんなさい」


只野が中庭にいるって?

あいつがそんな一番嫌いそうな場所に?


しかも今の会話から明らかに私に只野の居場所を教えたくない様に取れた。


最早、さっき迄の弾むような気持ちはどこかへと行った。


私が彼女達を見つめていると、2人の顔色が少しすつ青くなっていくのが分かった。


酷いなぁ‥何も未だしてないのに‥


「ねぇ‥その楽しそうな話教えてよ」


私はできる限りの笑みを浮かべ、優しくお願いした。


◆◇


飼い犬に手を噛まれるとはまさにこの事だろうか。

いやこの場合、飼い主がいけないのだろう。


中庭に佇む1組の男女を眺めてそう強く感じていた。


すぐそばで起きている事なのに、自分はどうしようもない部外者であることを目の前にある1枚のガラスが突きつけてくる。


「あの‥私達そろそろ‥あ、いえ何でもありません‥」


二人は何か言いかけたが途中でそれをやめてしまった。


私に無理やり連れ出される格好になった二人には申し訳ないが、目の前で彼が私じゃない誰かにその思いを告げているその現実を見せられている私には余裕なんてものはなかった。


出来ることなら今すぐにでも、目の前の扉を開けて滅茶苦茶にしてやりたかった。

それをしないのは彼に嫌われるかもしれないということと、他人の目があるからだった。



只野が軽く頭を下げて目の前の女子へと何かを告げる。

それに目の前の女子は悩ましげに頭を傾げた。


その動作が無性に癇に障り。

無意識に力が入ったせいで手に持っていた紙パックがひしゃげ、横でヒィという小さな悲鳴がこぼれた。


何でこんなにも腹立たしいのだろうか‥。


あぁ、そうか。


理解されないことよりも、自分だけが価値を理解していた宝物を他人の価値観で天秤に掛けられているのが我慢ならないんだ。


その時初めて、多くの人たちが関係性を明確し、線引きをしたがるのかを理解した。


自分のものだという他者への宣言なのだ。


今になってそんなことに気づくなんて、私も只野を笑えない。


そんな今の私に出来ることは、自分の過ちを認め、忘れることがないように目の前の光景を焼き付けること。


それだけだった。

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