第3話 下

「早乙女さん、また彼女いる人に手出したんだって。しかも今度は先輩らしいよ」


 くだらない。


「またぁ?この間だって3組の真田君と噂になってたじゃん。」


 私だって付きまとわれて迷惑してるのに。


「朝子が可哀そうだよね。あの子が真田君好きなの知らないわけないのに」


 知らないよそんなこと……。

 私からいつ近づいたっていうの。


 私は普通に学校に通いたいだけなのに。どうしてこうなるの。


 あんた達は何?友達が傷ついたからって何をしてもいいの?何を言ってもいいの?


 そんなものを免罪符にして、憂さ晴らしがしたいだけじゃないの。


 「朝子もそうだけど、あんたも真田くん気になってたじゃん。まぁ私もいいかなーって思ってたけどね」


 「っ!!別に私は……朝子が好きなこと知ってたし…」


 ほら結局、あんた達は建前では友達の敵討ちとかうたっていても、自分のために私に攻撃してるだけじゃない。


 他人の恋路を本気で応援する人なんてここにはいない。皆、自分に初めて芽生えた欲を持て余して、それどころじゃない。


 自己中心的で独善的。もし本気で自分の感情を抑えて、他人の仲を取り持とうとする奴がいるなら、そんなのよっぽどのお人よしか変人に違いない。


 大人になり切れない私たちがいるこの小さな箱庭には、誰誰が○○を好きだとか、○○先輩が気になるとか、そんなくだらない牽制をこめた情報で満ちている。


 そして、その情報ルールを知らなかったなんて言い訳は許されず、暗黙の了解を破ったものは処罰……孤立する。


 孤立させて惨めさを味合わせる。そうすることで、恋愛という競争で負けた自分を慰め、溜飲を下げる。


 そしてこうやって孤立した人間には、また別の者が群がってくる。


 なぜ、放っておいてくれないのだろう。


 孤立して可哀そうなのは庇護欲が唆られる?


 孤立している人間なら上に立てるから?


 全部、自分のためじゃない…


◇◆◇◆



 すべてに嫌気が差した私は、あんなに好きだった習い事にも通わなくなり、家に籠りがちになった。


 それを見かねた両親に転校を進められ、少し離れた公立の中学校に転入することになった。


 前の学校での反省を生かして、異性が近寄りにくい自分キャラクターになろうとした。


 制服は学ランの男子のものにしたし、長かった髪も少し切って結んだ。


 以前の私を知らない人から見れば、そういう趣向の人間だと思われるように……


 転校初日。教壇に立った向けられた視線は概ね、私の予想していたものだった。


 自分で言うのも何だが、私の男装風の姿は中々様になっていた。それに私の中性的な名前や容姿、場の雰囲気が相まって、女子生徒からは熱い眼差しを受け、男子からは好奇の目で見られた。


 これでいい。この第一印象で同性からは反感を受けにくくなる。


 男子にしてみても、中学生という多感で他人の目を気にしているこの時期に好奇の目で見られやすい私は難しいだろう。


 だから、これでいいんだ……。これが私の小さな王国で上手くやっていく術。


 ただ、美菜には少し心配させてしまったかもしれない。……それだけが後悔だった。



◆◇



 こうして私の新しい学校での最初の一歩は順調に始まった…かのように思われた。


 あいつがいなければ。


「あーそうだ、誰か空いてる時間でいいんだが早乙女に校内の案内を……」


「僕がやります!」


 私の横の席にいたそいつは担任の言葉を遮るように、大声で手を上げ、私の御守をかってでた。 


 確か、只野くんだったかな。


 態々、転校生の案内をかって出るような人には見えなかったけど…


 多分、碌な考えからくるものじゃないだろうな。


 転校生で見るからに事情がありそうな私なら、自分でも優位に立てるとでも考えているのだろう。


 下らない。所詮、どこも人の考えることは同じね。


 この時の私は偶々隣になった男子をそんな風に思っていた。


 その後、校内を嫌々といった様子で案内し、あまつさえ今日あったばかりの私に、


 色々と愚痴を言う彼からはそんな考えは微塵も感じられなかった。というか、あの馬鹿は私が女かどうかすらも分かっていない様だったし。


 転校した理由が理由だっただけに、警戒していたのが馬鹿馬鹿しく思え、つい笑ってしまい気づけば私も、前の学校の事などを色々と愚痴ってしまっていた。


 こうして、転校初日の私は奇妙な隣人に出会ったのだった。


 帰宅後、自意識過剰気味になっていたことに気づかされ、悶絶している所を両親に見られ色々と誤解されるという黒歴史も出来てしまったけど…


◇◆◇◆


 あの日以降私と只野は席が近いこともあって喋る機会が増えていた。


 といっても話の内容は、ほとんどがくだらないことだったんだけどね。


そんな日々を過ごしているうちに、私の中で只野について幾つか分かってきたことがある。


 1つは、こいつは優等生みたいな雰囲気を放っているくせに普通にバカだという事。


成績が悪いとかではなく、寧ろ少し良いくらいなのだが、やけに素直というか、騙されやすいのだ。


それはもう、一週間経っても未だに私の事を男だと思っているくらいだ。普通に体育の時間とかで分かりそうなものなんだけど、その辺こいつは鈍い。


私もそれが面白いので特に訂正することなく放置している。


 そしてもう1つは前の席にいる河上美菜が好きだという事。


これは、観察していればすぐ分かることだった。


只野が美菜と会話するときは少し声が上ずる。授業中は美菜の事ばかりを見ている。


そして山内くんと美菜が二人だけの世界を作り出している時はどこか寂しそうな表情をしている……


でも、私が美菜と会話している時には異様に割り込んでくる。


それも最初は、私を男子だと勘違いしているから、そんないじらしい事をしているのだと思った。


なのに、なぜかその会話に山内くんを参加させようとしてくる。


私から見ても、彼ら二人はそんなに親しそうに見えなかっただけに謎だった。 



もしかして、山内くんから何か頼まれているか、利用されているのかもしれない。

流石にそれは不憫だと思った私は掃除の時間に直接只野に聞いてみることにした……。


「只野ってさ、私と美菜が話してる時異様に絡んでくるよね。なんで?」


2人しかいない教室。回転箒を片手に私は、机を運んでいた只野に単刀直入に質問した。


只野は唐突な質問に驚いたのか、一瞬固まり視線を漂わせた。


「へっ!?な、なんのこと……」


こいつ嘘つくの下手だな。

しかし、この反応、私の予想が当たったか。


「それにさ、山内くんの事も会話に混ぜようとしてくるし、君なんか頼まれてるの?」


 もし本当にそうなら、私は山内くんにも一言言ってやるつもりだった。


 只野はバカだけど悪い奴じゃない。そんな奴を利用して、美菜か私かは分からないが近づこうとしているのは許せなかった。


 私が真剣な話をしていることが伝わったのか、只野は目を伏せ、暫く黙り込んでいた。


「……違うよ」 


やっと口を開いたかと思えば、只野は首を横に振りながら否定した。


「じゃあ、なんで」


「それは、いや、その実は――」


 言い募る私に只野は観念したかの様に喋り始めた。

 その後に続いた言葉は私の想像の斜め上をいくものだった。


 ◆◇


 「はぁっ!?私が美菜を山内くんから奪うってなによそれ、そもそも私は―」


 女子で、美菜は唯の女友達と続けようしたところで、こいつがバカなのを思い出した。

 そうだ、こいつにとって私はよく分からない転校生。それに嬉しくないけど……イケメンらしいし。

 こいつが危惧するのも仕方ない…いや無いだろう!

 どんな想像力してんだよと思ったがそっと押し殺した。


 その代わりに出てきた疑問が。


 「只野って、美菜のこと好きなのに何でそんな事としてんの」


そう、こいつは間違いなく美菜のことが好きだ。それは間違いないだろう。

なのに、その気持ちを押し殺して山内くんを後押ししている。

それだけは謎だった。


中学生に過ぎない私達にそんな報われない献身なんてあるわけがない。


「ッ!?き、気づいてたのかよ!」


 私の問いに只野は顔を真っ赤にして大声を上げた。


「気づくも何もあんなの見てたら誰だって気付くよ……」


「……好きだよ。河上さんが。でもそれ以前に河上さんが山内くんが好きなのも知ってる。好きな人が幸せならそれに越した事ないだろ」


只野の声は酷く小さなものだったけど、二人だけの教室ではやけにしっかりと聞こえてきた。


こいつはバカだ。

それはもうどうしようもないくらいに。


でも……とても好きなバカだ。


こんな奴も、此処にはいてくれたんだ……。


「ふふ、格好つけちゃって、ほんとにバカだ。只野は。自分の幸せより他人の幸せを優先するとか、どんだけお人よしなんだ」


 「う、うるさい。そういうことだから、お前も……やっぱりいいや、それは俺が決めることじゃないもんな。唯さ河上さんを悲しませることはしないでくれよ」


 只野は照れ隠しなのか、少し早口に捲し立てると、私の返事も聞かずに掃除を再開した。


 ここで私の正体をバラしても良かったが、止めた。もっといい方法タイミングを思い付いたからだ。

 それがきっとこいつに一番効くと思ったし、なにより、またしても勘違い、早とちりを私にさせたバカへの仕返しになる。


 だから、返事はしなかった。


◇◆


 長かった。本当に長かった。


 思い返せば、この席になってからは前の二人のラブコメ拷問から始まり、早乙女への牽制など本当に苦労の連続だった。


 しかし、そんな日々も今日終わる。


 なぜなら、今日が席替えの日だからだ!


 すでに席替え用のくじを引き、河上さんと山内くんコンビとは離れることが決定している。


 しかし、あの二人また隣同士かよ。ここまで来ると仕組まれてると疑うレベルなんだが、まぁ俺にはもう関係ない。

 新たな被害者が産まれることだろうが、その人には強く生きてもらおう。


「じゃあ、席移動しろー」


 担任の掛け声とともに、みんなが一斉に動き出す。


 俺も新しい席に移動するため立ち上がり移動する。


 とはいっても、1つ前に移動するだけなんだけどな。


 景色はそう変わらないが、河上さんが座っていたというだけで、プレミア感がある。


「全員移動し終わったなー」


一通り見渡し、確認を終えた担任がそう言ったが、俺の隣は空席のままだった。


ということは、俺の隣は今日欠席している早乙女か。


まぁ、知らない仲ではないし、特に問題は無いか。


それしても早乙女が欠席なんて何かあったのだろうか。



そんなことを考えていると、ガラリと扉を開ける音が教室内に響いた。


恐らく早乙女だろう。そう思って特にその扉を見ることなく、元河上さんの机に教科書を移していたが、やけに教室が静まり返っていることに気が付き顔を上げた。


 するとそんな僕を見下ろすように早乙女はニヤニヤした笑みを浮かべて立っていた。


胸元で結ばれたリボンを見せつけように。

そう奴はうちの学校の女子が着ているセーラー服を着ていた。


その瞬間、俺はこれまで、とんでもない勘違いをしていたことに気が付いた。


「ねぇ、今どんな気持ち?」


彼女はスカートを翻し、俺の目の前に立つと小馬鹿にしたような声で問いかけてきた。


「あ、穴があったら入りたいです」


顔面に血が集まり熱くなるのを感じながら、そう絞り出すようにそう答えると、早乙女はいままで見たことがないほど良い笑顔をしていた。



◆◇◆◇

Side:???

 どうして人生というのはこう不公平なんだろうか。

 最近そう思えてならない。

 特に今しがた前の席になった2人を見ていると…


 「ねぇ、只野くーん、なんだっけ。確か、あの人を悲しませないで―—」


 「早乙女、うるさい!やめろ!」


 「いや~格好よかったなぁ。私もあんな事言われてみたいなぁ。そういえば只野、私の事イケメンだの何だのって言ってたよね。じゃあ今の私は何なのかなぁ?」


「うぅ、そんなの忘れろよ……忘れてください」


「えぇどうして~言ってみてよ〜」


 早く席替えしてくれないかなぁ……

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