第4話 なんでここにいるんだよ
ごめんなさい。
果たしてこれにどんな意味が込められていると考えられるだろうか。
まぁ、そんなもの言う人間や状況によって変わると思うが、単純に考えるのであれば、何か悪さや傷つけることををしたことへの申し訳なさだったり後悔がそこにはあるのだと僕は思う。
では、今の場合はどうだろうか?
春を超えて初夏の予感を感じ始めさせる5月。
少し前まで自分達たちを歓迎していた花びらも散り、葉桜が見せ始めた桜の木のそばだった。
僕は相手の顔を正面に捉えて、自分なりの精一杯の想いを吐き出した。
それを受け取った正面の彼女は、少し困惑した様子で、思案するように頭を傾げ、んーと小さく唸る。
もしかして、これはイケるのか?
即答できるほどでは無いけど、どちらかといえばアリよりなのか?
そんな淡い希望を僕が持ち始めた時、彼女の視線が僕の背後にある校舎の方に逸れ、大きく目を見開くのが見えた。
何事かと僕が後ろを向こうとした瞬間、僕を静止させるように彼女が勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい」
その、たった6文字の言葉は僕の微かな期待を打ち砕いた。
それはもう木っ端微塵に。
ほんの少し前は、恋人がいるという薔薇色の高校生活に思いを馳せていたのが嘘のように、視界は灰色一色に染まる。その後に続く彼女の言葉も分からず、ただただ言葉が上滑りしていった。
そうか、振られたのか…
ただそれだけが頭の中で反芻していた。
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー
ー
「君さ、なんでそんなに焦ってるのさ」
呆れたように、それでいて何処か面白そうな表情を浮かべたそいつはそう言って、項垂れる僕の前の席に座った。
「別に焦ってないし‥」
自分でも説得力に欠けるという自覚があったからか、声は小さくか細くなる。
そんな僕の胸の内を見透かしたように、目の前のそいつはやれやれといった様子で肩を竦めた。
その辺の奴がやったら、ダサいことこの上ない芝居くさい仕草もこいつがやると妙に様になる。
これだから、顔が良い奴はと無性に腹が立った。
いや腹が立つのはそこだけじゃない。
目の前にさも当然かのように座る女子‥早乙女明。
なんだって、こいつが僕と同じ高校にいるんだよ‥
「お前さ、なんでここにいるんだよ」
「えっ?なんでって‥君が落ち込んでいるから慰めてあげようと思っただけだよ?‥良い友達でしょ?」
それだけ聞くと本当にいい奴だよお前は。
でも、この女がそんな奴じゃないことを僕は知っているし、聞きたいのはそういうことじゃない。
なんなら、僕がそんな言葉を聞いても思うのは、お前に席を取られ所在なさげにこっちを見ている前島くんへの同情くらいのものだ。
学食を食べに行って帰ってきたら、こんなのが占領してたらそうなるしかないよね。
痛いくらい気持ちが分かるよ。
前島くん安心して僕もそっち側さ。
ほんと、こんな外来種をクラスに呼んだやつ誰だよ。ワシントン条約とか知らないのかな?
「じゃなくて‥‥なんでこの学校にいるんだよ」
今の今ままで我慢していたがついに我慢の限界だった。
この入学式からこの一ヶ月、幾度となく疑問に感じていたことをついに口にしてしまった。
本来なら、早乙女はもっと上の高校にだっていけたはずだ。
決して、この学校のレベルが低いというわけではないが、県内には早乙女にあったレベルの学校はあったはず。
なのになんでこの真新しさも無い平凡な高校に‥
「‥さぁ、なんでだろうね‥そうだ、当てたらアイス奢ってあげるよ」
予期せぬ質問だったのか一瞬、驚いたように目を軽く見開いた早乙女だったが、すぐにいつもの僕を揶揄う時の意地の悪そうな笑みを浮かべてそう言った。。
こいつの意地の悪い質問に乗っかるのもどうかと思ったが、ここで乗っかっておかなければ、ずっと謎のままだと思った僕はパッと思いついたことを言った。
「‥制服が可愛いとか?」
確か中学校の頃、クラスの女子がそんなことを言っていたような気がする‥
記憶が曖昧なのは、会話をしたわけではなく、盗み聞きだからだ。
情報が盗み聞きとか我ながら悲しいな‥
「んー、確かにここ制服は可愛いけど、それだけで選ばないなぁ」
早乙女はそう言って、同じ新入生のはずなのに制服に着られてる感がある僕とは違って、着こなしたブレザーを両手を広げて見せつける。
「じゃあ、家が近いとか…?」
因みに僕はこれが決め手だった。
朝の満員電車とか想像しただけで無理だ。なんだって、あと10年もすれば嫌でも経験することをこの歳から経験しなきゃいけないんだ。
父さんも、通勤時間と幸福度は反比例するとか言ってたし‥サラリーマンってなんで至言を言うと決まって悲しげになるのだろうか。
「それも違うなー、というかさ本当にわからないの?」
「どうせ僕の頭は鈍いよ。早乙女が女子だって分からなかったくらいだしね」
「あー、そういえばそうだったね」
ケラケラと笑ってお腹を抱える早乙女に反論してやりたくなるが、今のこいつの姿を見ると
そんな気持ちも萎んでいく。
転校初日の頃の、短めだった髪も伸びたし、下世話だけど学ランに隠れていた体の起伏もブレザーになったことで、鮮明になった。
こういったら失礼だと思うが、どう見ても女子って感じだ。だけどあの頃の中性的な面影も残っているからか、今は女子目線から憧れるかっこいい女子って感じに落ちついている。
そんなことを考えながら、黙り込んで早乙女を見ていると、早乙女はほんのりと頬を赤くして、伏し目ガチに睨んでいた。
「‥あのさ、そんなに凝視されると私でも恥ずかしいんだけど」
「ご、ごめん‥」
見れることに慣れている早乙女でも、そんな顔をするのだと少し新鮮な気持ちになったが、
急にしおらしい反応をされると、嫌でもどきりとする。
「‥‥‥‥」
むず痒い沈黙が2人を包む。
なんだこれ‥‥、早乙女の顔が見れない。
僕らは別にそんな関係でもないはずなのに、やけに心臓の音がうるさいし、意識すればするほど顔に血が集めっていくのがわかった。
時が経てば経つほどに醸成されていく気まずさを破るように、早乙女がわざとらしい咳払いをした。
「あ、あのさ、本当にわからない?‥なんで私がここにしたのか」
「‥ごめん」
なんでかわからないが、出てきた言葉はまたしてもそれだった。
どこかいつもと雰囲気が違う早乙女に、そう返すのが精一杯だった。
「‥例えばさ、誰かと同じ学校に通いたいからってのは理由にならない?」
早乙女が散々もったいぶっていた理由は、聞いた途端にあぁと納得するように声が出てしまう。
なのに、僕はどこか違和感も感じていた。
友達と同じ学校に通いたい。
僕も含めて進路というものをどこか甘く考えがちな、中学生達が持つありふれた理由だ。
言われればそんなことかと納得できてしまう。
だけど、同時に感じた違和感はそういった理由で進路を決める早乙女を想像出来なかったからだろう。
でも‥そうなると
ーー早乙女がそこまで想う奴は誰なんだろう。
当然降って湧いたその疑問は泡のように自分の中で膨れ上がっていく。
別に自分は早乙女と親友ってわけでも‥ましてやそういう関係でもない。たかが数年の付き合いで中学時代の元クラスメイトだ。
なのに、自分の知らない誰かと親しげにしている事や、そいつが早乙女に強い影響を与えていることを考えると何とも言えない気持ちになってくる。
知りたいけど知りたくない、そんな胸の内が顔に出ていたのか、目の前の悪魔はさっきまでのいじらし態度を何処かへとぶん投げ、見慣れた悪魔のような表情を浮かんべていた。
「ねぇ、それが誰か知りたい?」
「‥別に」
本当は、声を大にして知りたいと叫びかったが、なけなしのプライドが邪魔をする。
でもそんなしょうもない意地はすぐに意味を無くした。
「ほんっと素直じゃないなぁ‥じゃあヒントをあげる」
そう言って、早乙女はそっとすらりとした長い指先をピンと張って正面へと向けた。
ちょうど彼女の正面に座っている僕を指さすように。
‥僕?それってつまりそういうこと?
いや待て、勘違いするな。
思いだすんだ、こいつはそうやって僕を揶揄って遊んでるだけだ。
中学の頃だって、そんな罠に引っかかって何度も眠るときに悶絶していたじゃないか。
そう頭では分かっているはずなのに、もしかしてが消えてくれない。
悲しいかな非モテ男子の妄想は何度教訓を得たって止まってくれやしないのだ。
そして終いには、妄想が言葉になって溢れ出す。
「それって‥もしかして、ぼ」
どこにそんな自信があるのだと自分自身に問い正しくなるが、それって僕の事?‥そう続けるはずだった僕の口は、早乙女の示す指の先が少しズレていることに気がつきすんでのところで止まった。
さっきまで、確かに僕を真正面から捉えていた指先が左に外れ、僕を背後を指していた。
これはやったな、やってしまったな。
その疑念は早乙女の指先とそれに示し合わせたかのように、聞こえてきた声によって確信へと変わった。
「あー明!なんでこんなところにいるの!?」
早乙女を呼ぶその声の主は学時代よりも幾分か短くなった髪を揺らして、怒っていますという様子で、教室の入り口でこちらを見ていた。
「もう!探したんだよ!お昼ご飯一緒に食べようって言ったのに」
入学して最初に見たときは、中学よりも短くなった髪のせいか大人びた雰囲気になっていたが、すぐに分かった。それはその側に、見慣れた1人の男子が居たからのもあるがそれだけじゃなかった。
1年間という短い間ではあったが中学時代幾度となく見てきたからだった。
早乙女の親友で、僕のかつての想い人‥‥河上美奈。
そうだ、彼女もここに居たんだった…
恥ずかしいなんてもんじゃない‥穴があったら入りたいだけじゃなくて、そこを埋めて墓にして欲しい。
そんな気持ちを抱え、言葉にならない呻き声をあげて悶絶する僕に、目の前の悪魔はそこからさらに追い討ちを掛けてくる。
「正解は‥‥誰だろうねー?」
早乙女は指先を僕と教室の入り口で奴を呼ぶ河上さんを交互に向けてそう言った。
まさか最初からこいつの手のひらの上だったっていうのか‥あの妙な雰囲気すらも。
考えすぎかとと思うが、今の僕には全てが疑わしく見えてくる。
それを解消してくれる答えを知っているのは、目の前の悪魔だけ。
中学時代に幾度となく見た悪戯に成功した時の無邪気で、綺麗な笑顔を浮かべた彼女だけだった。
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