僕の”前の席”がラブコメしてる

雛田いまり

第1話 上

 学校は社会の縮図。それなら、その学校を構成する一つのクラスもまた、その縮小された社会なのかもしれない。

 7×9メートルの箱庭に男と女がいて、持てるものと持たざる者。いや、ここの場合はモテる者とモテざる者がいるんだから。

 そう考えると、僕は未だ14歳の社会に出た事も無い中学2年生だけど、今まさにその縮小された社会の洗礼を受けているのだろうか?


 最近そう思えてならない。

 特に前の席の2人を見ていると…


 「アンタ、また教科書に落書きしてるじゃ無い!」


 「別に良いだろ…俺の物なんだから」


 「私が見えずらいでしょ!?」


 「美菜が忘れて来たのが悪いんだろ!?」


 ◇◆◇◆


 窓側の後ろから2番目という教卓から見えずらいベストポジションを手に入れたと言うのに、僕は毎時間何を見せられているのだろう。

 

 僕の前の先いる2人——河上美菜さんと山内海里くんは所謂幼馴染と呼ばれる間柄らしい。

 らしいと言うのはあまり喋った事が無いので、あくまで彼等のやり取りから推測した物だからだ。


 この2人側からみると付き合ってるのかと思える程の距離感で授業中でもイチャついている。

 今日は河上さんが教科書を忘れたとかで、隣にいる山内くんのをシェアする為に席を密着させているのだが……

 

「それは昨日アンタの部屋で勉強してたから…」


「…そうだな」


 何だろう。

 後ろにいる僕からは見えないが、何処となく気不味いような、気恥ずかしそうな甘酸っぱい雰囲気を感じる。

 こいつら、昨日勉強一緒にしてただけじゃないのか?

 

 やばい気良いはずの僕の心の中に何か黒いものが溜まっていくのを感じる。

 幼馴染って普通、何かこう年を経るにつれて仲が希薄になっていくものじゃないのか?

 こいつら思春期という最大の難所を迎えてるくせに希薄になるどころか深まってんじゃねぇか。


 「海里…あのさ…今日ウチの親帰り遅いんだよね…」


 「へぇーそうなんだ。おばさん達も仕事大変だなぁ」


 大変だなぁ、じゃねぇんだよ。

 分かんねえのかコイツ、鴨がネギとプロパンガス背負って鴨南蛮作ろって言って来てんだよ。

 

 据え膳食わぬは男の恥という言葉を知らんのか?

 

 それもと山内、まさか君って奴は…

 今日日流行らない鈍感系って奴か?


 かぁーこれだから草食系って奴はいけませんわ。マンモス狩ってたやつらの子孫って自覚が足りないよね。


 いやでも、これで分かった。

 コイツら恐らく未だヤッてない…!

 何がとは言わないが、コイツの反応からして間違い無い。

 生まれてこの方、女子と付き合ったことのない僕でも分かる。


 「大変だなぁって……他に何か無いの?」


 河上さん、焦れて自分から突っ込んで言ったな。

 だが、無駄だ!僕には分かる。


 それはコイツが鈍感だからとかでは無いのだ。僕を含め、現代男子というのは臆病で繊細なのだ。

 頭の中では、アレ?これ行けるんじゃねとか思っていても手も出さないし、口にはしない。ガラスのような心を守るために最後まで予防線を張り続けてしまう。

 

 「何かって…何が?」

 

 ほらぁ!やっぱりぃ!!


 「もう良い!!」


 あぁ……これは終わったかな。

 河上さんが話を打ち切って窓の方を向いちゃったよ。

 それにしても、こうやって後頭部ではなく顔が、横からとはいえ見えると、彼女がどんな気持ちでさっきの話をしたのか分かる。


 耳が赤くなってるし、彼女の瞬きの回数も異様に多い。

 

 勇気を振り絞ったんだろうな河上さん…。

 彼女も今一歩のところで素直になれない年相応の少女なのだと気付かされた。


 最初、河上美菜という女子が同じクラスになると知った時は少し身構えたのが懐かしい。

 ウチはどこにでもある普通の公立中学校だから髪染めや制服の着崩しをする人は居ない。

 そんな中でも河上さんは校則の範囲内。先生達から注意されない程度には、自分流のオシャレを楽しんでいてる合法ギャルみたいな印象だった。


 そしていつもクラスの中心で、学内カースト最上位に居る。女子トイレでスクラム組んでそうな彼女。

 多少勉強が出来る程度の平凡な僕としては、出来るだけ近づきたくは無い人間だと思っていた。


 でも、同じクラスになったことで、そんなものは僕が作り出した先入観だと知った。

 河上さんは誰にでも気さくで、面倒見も良い。クラスの中心にいるのも頷けた。

 

 元々容姿が優れている人だが、陽キャ陽キャしているイメージから、このギャップ。

 すぐにこのクラスにいる有象無象の男子達は勘違いし、彼女の虜というか、ファンになった。


 かくいう僕もそのファンの1人なわけなんだが……


 そんな彼女には好きな人が居た。それが隣の席の山内くんである。

 正直なんで、山内なんだという気持ちはある。


 彼は勉強もスポーツも特に優れたイメージは無い。それに御簾のような、うざったい前髪で表情もよく分からない。

 何も知らない人達から見れば、僕と同じ有象無象の冴えない奴ら側だと思う。

 

 幼馴染というのは、そんなにもアドバンテージがあるのか?


 それとも、あの御簾の先には何かが眠っているとでもいうのだろうか。確かに、言いようによってはミステリアスな魅力がないとも言えない。

 側から見れば好意全開の河上さんの言動に対しても、あの鈍感さだ。そこが良いのかも知れない。

 

 彼の事をこんな風に、自分のことを棚に上げて分析してはいるが、そんな事が無意味だなんて僕だって分かっている……。

 


 「美菜……じゃあ今日も、勉強会してくれるか?」


 「!!…仕方ないわね」


 河上さんがああやって年相応の自分を見せるのは山内くんだけ。

 彼は普段は鈍いくせに、ここぞというところは抑える。


 結局そんな2人の仲を応援したいと思っている自分も。

 全部分かってるんだ。


 「今日は、海里の苦手な英語やるから覚悟しなさいよ!」


 「……お手柔らかに」


 きっと苦手な英語をやると言われて山内くんは苦い顔をしている事だろう。

 それに対して河上さんはきっと良い顔してる。


 僕はそんな光景を想像して、どこかホッとした気分になっていた。


 こうやってこの2人は少しずつ進んでいくのだろう。この先、彼女と彼がどんな関係性に落ち着くのは分からないけど、願わくば、2人に幸あれ。

 

 そして、神様どうかこんな僕の事を哀れだと思うなら早く席替えを!

 

 しかし、そんな願い……平穏はいつまでも続かなかった。


 が来てしまったことによって。


◇◆◇◆


「新しく転校してきた早乙女さんだ。早乙女、皆に簡単に自己紹介して貰えるか」


そう担任教師が言うと、教室内の空気が変わった。

この瞬間を待ち望んでいたかのように、クラスの女子達のテンションが上がっているのが分かった。


それはそうだ。

担任に連れられて教壇に立っているそいつは、男子の僕から見てもハッとする程に綺麗だったからだ。

 一見する女子と見間違うほどに、中性的で綺麗な顔立ち。艶々と光沢を放つ髪も男子にしてはかなり長かったが、身に着けている学ランが奴を男子だと証明していた。

 正直男装だといわれた方が納得できる。

 それほどまでに彼は、同性である僕でさえ見惚れてしまう程綺麗だった。


「初めまして、○○中学校から来ました早乙女明です。どうぞ宜しくお願いします」


 早乙女の男子にしては高めの抑揚の無い声の自己紹介が終わると、教室の中が黄色い声で満たされた。

 しかしそんな喧噪も、次の彼の一言によって一瞬で静まり返った。


「あれ?もしかして…美菜?」


 その言葉が発された瞬間、前の席にいた河上さんが驚いたように席を立った。


「……あ、明さん……」


 河上さんは絞り出すように声を出した後、よろよろと早乙女の目の前まで歩き出す。


「え?美菜、知り合いなの?」


 そんな山内君の声も河上さんには届いていないようで、彼女の足は止まらなかった。


「やっぱり、美菜だ」


 そう言って早乙女は、目の前に来た河上さんの頬に手を合わせ、彼女もそれに合わせるようにして手を添える。

 まるで昔離れ離れにあった想い人と再会したように。


 その瞬間、僕は察した。

 ラブコメ外来種ライバル来たぁあぁあぁ!!!

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