第6話 誰だあいつ

母校。慶福高校の教師として赴任して二度目の春。

教員生活2年目にして最大の窮地が、

俺、北野修一に訪れていた。


「北野先生は天文部の顧問だったよね」


「はぁ‥そうですが」


突然、学年主任に呼ばれた時は怒られるのかとビクビクしていた。

しかし、蓋を開けてみればなんて事は無い、書類上の顧問をやっている部活のことだった。


正直、廃部寸前の天文部の顧問であったことなど今思い出したくらいだ。

一年目の教育担当だった先生に無理やり顧問にさせられたものだったし、ほとんど活動にも顔出ししていない幽霊部員ならぬ幽霊顧問だった。


「天文部って卒業した三年生が抜けて今部員が3人でしょう?」


「‥そうですね」


そうなんだ。今3人しかいないのか‥。

適当に話を合わせているが、部員状況なんて全く知らないし、誰が所属しているかも知らん。


「それでね、北野先生、うちの規定だと部員が5人以下の部活動は認められていないんだよね」


「そうでしたね」


へぇー初耳。

いや絶対、新卒の時に説明されてるけど覚えてない。


ん、そうするとあれか?

天文部は廃部で‥ついにお役御免ってことかな?


おいおい、これは早めの誕生日プレゼントかよ。

幽霊顧問だったから‥休日出勤も無いし負担もほとんどなかったけど、責任の連判状から名前がなくなるのは何よりだ。


俺は責任という言葉が何より嫌いだ。

というか好きな大人なんていない。


「そうですか‥いや生徒になんて言ったら良いものか‥あそこは彼らの大事な場所ですから」


知らんけど。多分そうだろう。

ガキにとっての溜まり場が一つ無くなるのだから、近くのコンビニが潰れたくらいにはショックだろう。


「そうですよね‥自分たちが所属していた部活が無くなると知ったら卒業生達も悲しむことでしょう」


学年主任の山川先生は、俺がそんな事を思っているとは露知らず、生徒想いの顧問風の演技に釣られて沈痛な表情を浮かべた。


「でも‥規則であれば仕方ありません。きっと生徒達もしっかりと説明をすれば納得してくれる事でしょう」


説明とかだるいな。

部室の前にプリント一枚貼っとけばいいか。


「‥もし新しく2名部員が入れば‥廃部も回避できるのですが」


「お気持ちはありがたいですが、山川主任。この時期に新しい部員が入るとは‥」


冗談じゃない。廃部はすでに俺の中では既定路線なんだ。この時期から部員勧誘とか諦め悪すぎだろ。


令和の時代に、諦めたらそこで試合終了とか言うつもりか?

今の時代、”諦めたら試合終了で家に帰れます”が正解だろ。


「そうですね‥こんな事を言っても生徒達には帰って気の毒でしょう」


「‥致し方ありません。幸い所属しているのはまだ2年生です。これから熱中できることも見つかるでしょう」


「そうですね‥それでは天文部は5月末をもって廃部ということで‥」


俺の絶妙なアシストによって、望んだ方向へと話が進む。


よしよし。廃部万歳!

教師のサービス残業によって支えられている伝統とか淘汰されるべきだろう。


「それでは、私は生徒達に説明を‥」


煤けた背中を見せ付けるように、その場を後にしようとした俺だったが、山川先生に引き留められた。


「北野先生、それで相談なんだけどね。実は柔道部顧問の小西先生が副顧問をやってくれる人を‥」


「私は諦めません!必ず天文部の新しい生徒を集めて見せます!」


脊椎で考えたのかと思うほど、心にも無い言葉が飛び出した。我ながら、なんて鮮やかな掌返し。


「えぇっ、さっきと言ってること違う‥」


「生徒の大事な思い出の場所を守ることも顧問として‥大人として当然のことです!」


「えぇ‥」


山川主任の顔は引き攣っていたが、そんな事は関係無かった。


柔道部の副顧問?冗談じゃない!

何が楽しくてあんな一番ハードそうな部活に関わらなあかんのだ。


それに比べてれば天文部なんて天国みたいなもんだ。ブレザーに広がったフケみたいな点々を見るだけじゃないか!


こうして決意を新たに俺は、天文部の顧問として初めてとも言える義務感と熱意を持ったのであった。


◆◇



ダメだ‥全然入部希望者居ねぇじゃん。


天文部の顧問として決意を新たにしたはずの俺は、たった数日で失意に打ちのめされていた。

まるで即落ち2コマだ。


俺だって努力したさ、ここ数日、自分のクラスやらよく話をする生徒をあたって見たし、その辺にいる陰キャ学生にも押し売りもした。

まぁ、全滅だったけど…


突っ伏したデスクの冷たさが、そのまま世間の冷たさを表しているかのようだった。そうやってナメクジのようにウダウダしていると隣から椅子の軋む音が聞こえた。


「北野先生?起きてますかー。おーい」


「勿論ですよ!白梅先生」


さっきまでのナメクジさをおくびにも出さないようにハキハキとした様子で答える。

すると白梅しらうめ先生は何が面白かったのか、亜麻色の髪を小さく揺らしてクスクスと笑った。


「‥どうかしました?」


「北野先生、おでこに痕がついてますよ」


そう言われて慌てて引き出しの手鏡を出して確認すると、確かに額にデスクの痕が赤くクッキリとついていた。


「最近は本当に天文部の子達のために頑張っていますもんね。北野先生って生徒想いのですよね」



「いやぁ、まぁそれほどでも」


無駄に白梅先生からの評価が高くて辛い。


本当の事を言いたいよ。

全然違いますと、全く生徒のことなんて考えていません。

俺なんて、いかに自分が楽になるかしか考えていないダメダメ教師です。


しかし、そんなことは目の前にいる白梅先生には言えない。この人の場合本当に俺を生徒想いの教師だと信じている節がある。


そんな人に本当はあんなブレザーのフケ観測部なんてどうでもいいんです!

ただ柔道部の副顧問がしたくないだけなんです‥とは言えない。


そんなのキャベツ畑とかコウノトリを信じている娘に無修正のポ○ノを見せつけるようなものだ。


いや‥それはそれで興奮するな。


「私でよかったら何かお手伝いしますよ?」


俺がゲスな想像をしている一方で、白梅先生は上目遣いで本当に心配そうにこちらを見ていた。


あっ、好き。

何この人、ブラックな高校教師業界に現れた天使か何かかな?


正直、恥も外聞も捨てて泣きつきたい。

でも、そこをグッと堪え精一杯の意地を張る。


「そのお気持ちだけで十分ですよ。白雪先生だって合唱部で忙しいでしょう?」


白梅先生の好意は嬉しかったが、彼女を頼るのはちっぽけな男のプライドが邪魔をした。

可愛い同僚前でくらい格好を付けたい。

でも、それ以上に彼女に甘える度胸がなかった。


「えっ‥そんなこと」


「まだ数日ダメだっただけですし、本当に困ったらその時は頼らせて貰いますよ。それじゃあ、自分は挨拶当番なんで」


「あっ…北野く…ん」


思わず出てしまったのだろう昔の呼び方をした白梅先生の視線を振り切るように席を立った。

彼女の最後に見せた表情には気づかないフリをして。


まるで何かから逃げるように廊下を歩く。

ジッと耐えるように溢れないように、誰かにその顔を見られないように視線を下げておく。


こんな時ですら、人との関係を貸し借りだと思ってしまう自分が嫌いだった。あの頃から何も成長していない…

それを見せ付けるように、あの頃から置かれている玄関口の大鏡に写る今の自分は幼く見えた。


◇◆


月に一度はやってくる朝の挨拶当番。

あの教師が校門の前やら玄関の前に立って挨拶を強要してくるあれだ。

俺はこの当番が苦手だ。


朝からキラキラした目をする高校生を見ていると自分がなんて汚れた存在なんだと分からされる。

自分にもあんな青春のど真ん中みたいな時代があったんだと、それを無為に浪費したのだと見せつけつけられてるみたいだ。


そう特にあんなを見せつけられると‥


「昨日メッセ無視したでしょ‥」


「‥寝てただけだし」


「あんな早い時間に?嘘つくならもっと上手くついて欲しいなぁ‥悲しいなぁ」


「本当だし‥つーか全然悲しそうに見えねぇ」


朝っぱら見せつけるように戯れ付く男女

登校する生徒達の雑談と足音、車道の音が混じり合う中でもその男女の声はやけに鮮明に聞こえた。きっとそれは朝っぱら見せつけるように戯れ付く高校生の男女という嫉妬しか湧かない組合せだったこともあるが、その中でも異色だったからだろう。


女生徒の方は、教師失格の俺でも知っていた。

毎年、職員室でも噂になる生徒というのは良くも悪くもいるものだ。

彼女‥早乙女明の場合は前者だ。

ずば抜けた容姿に、品行方正で人望厚い、絵に描いたような優等生。


そして、そんな早乙女に絡まれている男子生徒は‥誰だアイツ。

知らない。普通に知らないわ。

ただ、奴が学年やクラスの中心にいるような奴では無いことだけはわかった。


世の中の何も知らないくせに、斜に構えたような、捻くれた目つき。

同窓会に行ったら一番ビフォーアフターしてなさそうな平々凡々な容姿。

まさに高校時代の俺の写し鏡のような奴だった。


異色すぎんか?

全く釣り合いというものが取れていない。

浦安風に優しい言い方をすれば、美女と陰キャ。

本家の野獣は美女のキスでなんかイケメンになっていたけど、奴は陰キャだ。

魔法とか呪いじゃなくてなるべくしてなったやつ。呪いよりタチが悪いのでキスしても変わらん。


まさに高校時代の俺が妄想してたやつだった。

なんか特に努力とかしてないけど、美少女に好かれて甘い青春を送る的な‥

自分がかつて思い描いていた理想を体現している奴が目の前にいる。


そう感じた瞬間、俺は決めた。

これは決して同族嫌悪とか大人気ない嫉妬なんかではない。ない。

可愛い彼女がいるくせに、世の中を舐めているような目つきをした生徒を更生するため。九分九厘くらいは善意の気持ちだった。


こいつを天文部に強制加入させよう‥。



⬜︎⬜︎

後書き


いつも私の拙作を読んでくださりありがとうございます。

感想もすごく励みになります。

一週間ペースくらいで更新できるように頑張りますので、どうかお付き合いください。



※すみません少し加筆修正しました。

シリアス風味ですが、ラブコメなんでご安心下さい。

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