第7話 負け犬と負けヒロイン

慶福高校は主に2つの棟に分けられる。

中庭を囲むように建つ教室棟と呼ばれる本校舎。

そして本校舎の西側にある渡り廊下で繋がった特別棟と呼ばれる旧校舎。


本校舎については、学校生活のほとんどをそこで送っていることから馴染み深い。

しかし、旧校舎については存在は知っていても足を運んだことは無かった。

知っていることといえば、入学当初のオリエンテーションで聞いた文化系の部室があるという事くらい。


もしかしたら卒業まで足を運ばないと思っていたのに‥


雑に書かれた地図を頼りにギシギシと床板が軋ませ目的地を目指す。

足元は薄暗く、連鎖するように家鳴りが止まらない廊下。そういったものに耐性があるはず自分でも、帰りたくなる雰囲気を醸し出していた。


何でこんなとこにいるんだろう。

この旧校舎に足を踏み入れた瞬間から幾度となく思っていたことが溢れでる。

それと同時に思い浮かぶのはその元凶たる1人の教師の顔だった。


ーーーー

ーーー

ーー


「これ書いて」

社会科の北野先生は笑顔を浮かべ、僕に一枚の紙を渡してきた。

入部届。そう書かれたプリントはご丁寧にも署名欄以外が既に埋められていた。


「‥天文部‥えぇ何?どういうこと」


僕が困惑するのも当然のことだろう。

何の説明もなく、よく知らない先生に呼び出されたと思えば天文部への入部届を渡される。

わけが分からない。


「いや。お前さ部活入って無いだろう?助けると思ってさ入部してくれない?」


「そんな急に言われても‥というかなんで僕なんですか」


「えっ‥いやぁ、そんなの直感だよ。なんか、星とか好きそうな顔してたし」


星好きそうな顔って何だよ‥

自分がそんな純粋で輝いた目をしているはずがない。こちとら毎朝見たくも無い目つきの悪い自分の顔を誰よりも見ているのだ。


「いや、僕は部活とかは‥」


「遠慮すんなって、ほらお前教室で浮いてるらしいじゃん。どこかのコミュニティーに入った方が良いと思うよ」


グサグサとオブラートを知らない言葉が突き刺さる。確かに、あの告白騒動から自分がクラスで浮いていることくらい自覚している。

でも、それを他人から、よもや教師から指摘されるとは思わなかった。


「‥余計なお世話です」


強がりから出た言葉だった。

そんな一抹のプライドを見透かすように、先生は鼻で笑った。


「お前らは子供だからさ、クラスとかが世界の全てだと思ってるかもしれないけどさ。居場所なんてどこにでもあるし、あればそれだけで救われるよ‥悪いこと言わないから、行くだけ行ってこいよ」


その口調は強引なことに変わりは無かったが、最初の頃の理不尽さは無く、どこか親心のようなものを感じた。

心配されている。そう思うと、その好意を無碍にするのも憚られ、僕は結局その入部届とともに用意された雑な案内図を受け取っていた。



元凶なんて言い方をしたが、結局のところ自分が選んだことだ。それが分かっているからこそ、

こうして1人肝試しのようなことをしている。


そうやってぐずぐずと責任転嫁もできない自分を恨めしく思っているうちに、

階数と方向を示すだけの雑な地図が示す場所へと辿り着ついた。


ここだよな‥


錆びまみれの扉には確かに天文部と書かれたプレートが打ち付けられていた。

そしてそれを囲むように、あの有名なお菓子の当たりが、金と銀の天使が大量にテープで貼り付けられている。


缶詰何個分だよこれ‥というか何だこれ。


天文部とは全く関係がないものがあるせいで、本当にここが天文部なのか自信がなくなってくる。


もう一度改めて受け取った案内図を見ると、確かに目の前の場所が天文部だと示していた。


嫌な予感しかしない‥お菓子を広げて女子会でも開かれていたらどうしよう。場違いな女子会に招かれた自分を想像してブルブルと震える。


居た堪れない。ただただ、居場所のない場所を増やすだけじゃないか‥


そんな想像を膨らませていると、不意に扉が開いた。


「‥‥」


目の前に現れたその人と僕の目線が合った。

しかし、お互いに何を言うでもなく、ただ沈黙が落ちる。


恐らく扉を開けたその人は、突然知らない男子がいたことに普通に驚いたゆえに。

しかし僕は、その人に萎縮する余り声が出せずにいた。


気の強そうな印象を受ける少し釣り上がった目。

ツンとした小さな鼻と唇。

場所が場所だけに新雪のような白い肌は幽霊を彷彿とさせた。


系統は違えど、早乙女と同じ位の美人だった。


でも、両者を前にして感じたことは全く別だった。

早乙女が爽やかでキラキラとしているイメージなら、目の前の女子はギラギラとしたものを感じた。


整った顔立ちは時として人に威圧感を与える。

誰かが言っていたその言葉が今ならよく分かる気がした。


「‥あんた、確か‥中庭で告白してた‥」

先に口を開いたのは彼女がだった。


「あぁ‥はい‥振られましたけど」

 付け足すようにそう言うと、


彼女はまるで、捨て犬を見たかのように悲しそうな表情を浮かべた。


「そう‥残念だったね…きっと冴えない自分を変えようと勇気を振り絞ったのにね」


あれ、なんか急に辛辣なんだけど。

うんうんと頷いて私はあなたの味方だよ感を出しているが、言葉の一つ一つに嬲りたいという嗜虐的な色を隠しきれていない。


「いや‥あの」


「いいのいいの。分かってるから。辛いよね、でもさ太陽に近づきすぎたら翼は溶けちゃうものでしょう?分相応、身の丈にあったところから始めるのがお姉さんいいと思うんだ」


会って早々、イカロス扱い‥

僕のあれってそんなに分不相応だった?

側から見てたらそんなに醜い蝋の翼はためかせてた?


「力にはなれないけど話くらいは聞くよ‥でも勘違いしないでね。優しさを履き違えたらいけないよ」


「‥‥」


そうニコッと笑いかけてくるが、全然言動と一致していない。

この感じ、既視感しか無かった。

タイプは違えど系統としては、あいつと同じ‥早乙女と同じベクトルの人間だ。


そう思うと最初に感じていた萎縮する気持ちは無くなり、少しでもやり返したいという気持ちが芽生える。いつもやられてばかりの自分では無いのだと無駄に示したくなった。


「‥気持ちが分かるってことは先輩も振られたんですか?」


口に出した後にしまったと思った。

この相手は容姿の段階から自分とは違うステージにいることは明白だった。

振ることはあれど振られることなんてないだろう。


相手に反撃するどころか、格の違いを見せつけられて終わる。


そう思っていた‥しかし


「あ?何つった?おい、もういっぺん言ってみろ」


図星だった。

青筋を浮かべたその顔には、それまでの余裕ぶった年長者感は無かった。


負け犬とそれを嬲っていたら、手痛い反撃を喰らった負け犬の姿しかそこには無かった。

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