第26話

西暦20××年5月××日


 GWが終わり、中間試験の日程が目前に迫っている。

 ついでに言えば、それが終わると思い出作りのための中学三年生独自イベント、修学旅行が待っている。

 この手のイベントにはクラス内でのグループ分けが付きもので、そこに無策で臨むと最後までどこにも所属できない人間の押し付け合いが起こるわけで。


 事前に相田との内密な打ち合わせを済ませていた俺は、あぶれる可能性が高い人物たちに当たりを付けておいた。

 そうした人物たちの内、男子は自分のグループへ、女子は相田のグループへと優先して引き込む。

 要は、真っ先に確保してしまうことで、気まずい雰囲気が醸し出されるのを避けたのである。

 中学校の最終学年の思い出に陰鬱なのは避けたいからね。

 さくっとグループ分けが済んでやれやれだわ。


 


 先月判明した新たな力の使い方。

 自分で指に針を刺して少量の出血を伴う傷を作り出し、試行錯誤を繰り返した末に成功に至りはしたものの、気軽に使うことができない現実が待っていた。

 これでは、意味がないよね?

 治癒の代償として使用されるのは、俺の生命力的な何か。

 力を使えば、大事なものを失う感覚だけは確かにある。

 それが事実だ。


 あ、力を使う方法?

 胸に左手を当てて、傷を目視している状態で「治れ」って念じるだけでした。

 いざやり方がわかってみると、なんか拍子抜けするもんだね。

 普通に、「こんな簡単なことに、なんでもっと早く気づかなかったんだろ?」ってなったよ。


 どうも、「胸に手を当てる」って部分が重要っぽい。

 何故なら、生命力が左手に吸い込まれる感覚があったから。

 今回は右手の指に針を刺したので左手を胸に当てる形になったけど、代わりに右手を当てても、あるいは両手を当ててもできるんじゃないかな。

 当面はそのへんの検証をしないけどね。


 検証しない理由?

 代償が大きいから気軽にできないだけですが何か?


 感覚的な話になるので他者には説明しにくいけれど、俺の生命力の全量を百とした場合に、小さな傷を治すのに失われた分は五くらいだ。

 ただし、永遠に失われるわけではなくじわじわと自然回復して行く。

 それが、一晩という時間を経ることで理解できた。


 思うに、傷が治るのに本来必要とする時間を掛けて、一旦失った生命力が徐々に戻るのではあるまいか?

 これは仮説の域を出ないけど、なんとなくそれが正解な気がするんだよね。

 問題は、失った分に比例して、身体能力の低下が起こること。

 ちょっと大きな怪我や重篤な病気だと、もし治癒の力を使えば、それによって引き起こされる身体能力の低下のせいで動けなくなるかもしれん。

 動けなくなるだけなら、まだギリギリで許容できるケースもあるだろうけど、俺が想定する最悪は「全ての生命力を使い切ったらどうなるか?」って部分。

 たぶん、死ぬと思うんだよね。


 そんなもん、途中で止めれば良いだろう?

 うん。そういう意見もあるかもしれんね。

 でもな。この能力にはブレーキ付いてないんだわ。

 たぶん魔法ってのは、「発動させたら止められない」ってのがお約束なんだよ。

 ま、俺の得た治癒の力が「魔法」なのか「別の似た何か」なのかは知らんけど。

 

 そこまでのことがなんとなく理解できたのちに、俺は更に1%ノートの力に頼ることを思いついた。

 自分の生命力を消費せずに、外部にある力を利用すれば良いんじゃね?

 それは、電池が切れて止まってしまった目覚まし時計の、電池を交換しようとしていて閃いたこと。

 その発想に至れば、あとは話が早かった。

 1%ノートに書き込んでみれば答えが出るから。


 太陽光を身体に浴びて変換するのはだめ。

 書き込んでも三十秒で消えた。

 電気もだめだ。

 少なくとも電池ではだめっぽい。

 ならば、空気中に漂う魔力ならどうだ?

 そんなものが「あるのかどうか?」なんて知らないけど書いてみた。

 もちろん、成立せずに綺麗さっぱりと三十秒で消えたさ。

 ちくしょうめ!


 そんなこんなで、1時間ほど「あーでもないこーでもない」と唸りながら頭を捻って書き込みまくり、最後に消えずに残ったのは「他の生物の生命エネルギーを使う方法」だった。

 これで俺は、「自分の生命力を消費せずに、治癒の力を使える入り口に立った」と言える。

 ノートに成立事案として書き込めただけでは、それが実現する可能性が一%あるってだけだからね。

 けれども、その一%の当たりを引くまで繰り返せば、確実に実現するってことでもある。


 それ、実現するまでに何日かかるんだよ?


 うん。そこはもう目を瞑るしかないよね。

 でも、「いつかは辿り着ける」ってわかっただけでもすごいこと。

 1%ノートさんの力は本物だからさ。

 今日も感謝の気持ちを込めて、手を合わせて拝んでおこうか。




 それはそれとしてですね。

 中間試験が終わった日のお昼過ぎに、雅の実母の兄、つまり伯父に当たる人の訃報が俺の母さんの元へ届いた。

 入院からようやく退院したばかりのはずの、旧綾瀬家の母方の婆さん。

 彼女は、これで実子を全て失ったことになる。

 まぁ、実子が全滅でも孫は沢山居るはずですけどね。


 ただ、状況的にいよいよ生活扶助義務ってのが、雅か麗華にやって来そうなのは腹立たしい。

 今回亡くなったのは婆さんの長男だから、その息子が直系の後継ぎってことでそちらに頼って欲しいけれど、はたしてどうなるかな。

 もっとも、雅さん情報によると、上の息子が就職に失敗して三年前から引き籠りしてるらしいけど。

 ちなみに、その下に大学生の弟と妹がいるはずって話だから、これからも学費とか大変かもしれんね。

 ま、亡くなった方は、たぶん生命保険とかに加入してたでしょ。知らんけど。

 婆さんは雅や麗華に頼らず、「長男の嫁&孫と、同居させて貰う」とよろしいんじゃないでしょうか。


 あ、死因?

 心臓麻痺ですって。

 自宅で奥さんが気づいた時には、雅の伯父はお亡くなりになっていたそうで。

 ちなみに、三月下旬に亡くなった雅の伯母さんの死因も心臓麻痺だった。

 もちろん、それらは偶然の一致でしかないのだけどさ。


 でもですね。

 1%ノートさん。

 心臓麻痺の連発とか、”アノ”ノートと被るからやめて貰えませんかね?

 それなら死因をちゃんとノートに書いとけ?

 ごもっともでございます。

 以後気をつけたいと思います。


 いやちょっと待て。

 旧綾瀬家のふたつの死が、ノートさんの力のおかげって決まったわけじゃない。

 俺が死因まで固定すると、実際にその死因で書き込んだ人物が亡くなったら、ノートの力って線が濃厚になってしまうじゃないか。

 少なくとも、俺はそう感じるだろう。

 うん。なんか今まで通りでも良い気がしてきた。

 そうしないと、俺の心の平穏がね?

 なので、検討課題ということで保留案件にしておこうか。


 俺や母さんは、綾瀬家の血縁者でも姻族でもないので、本来なら雅たちの伯父の葬儀に出る必要なんかない。

 けれども、出席しなければ雅と麗華だけを行かせるか、ふたりを不参加とさせるかのどちらかになってしまう。

 俺的には、「全員不参加で良くない?」って思うのだが、母さんは「ちゃんと顔を出した上で、相手に付け込む隙を与えないのが良い」って判断だった。

 雅と麗華は母さんの意見に賛成だったので、四人でお出かけと相成ったわけ。


 うん。相変わらず、故人を悼む場とは思えない展開が繰り広げられたよ。

 言い争いの主な部分は「婆さんの今後の生活について」だ。

 彼女は雅の伯父の仕送りと年金で、安アパートに一人暮らしをしていたわけだが、その仕送りが打ち切られる話になった。

 ま、実子じゃない嫁に来た奥さんはそんな義務がないしね。


 生活扶助義務があるのは孫全員で総数は八人。

 八人の中には大学を卒業済みの大人な孫が二名いるけど、彼らには援助できるほどの収入はない。

 そうなって来ると、個人資産の多寡で個々の援助できる余力を比較するしかないわけであり。

 そんな流れで、最年少の麗華がぶっちぎりの現金資産を持っているのがバレた。

 こうなると、年間百五十万円程度の婆さんへの仕送りを、麗華が負担する話に傾くのは避けられなかった。


 金額の算出根拠?

 生活保護費と比較しての兼ね合いと、婆さんの要求を勘案した上での切りの良い数字だよ。


 その次に話し合われたのは、「婆さんの独居状態を継続させるか否か?」だ。

 結論から言うと、「亡くなった伯父の家に婆さんが同居し、彼女は義理の娘と孫三人と一緒に暮らす。麗華が婆さんの生活扶助の一環として、『義理の娘』に年百十万円を支払い、別途四十万円を婆さん本人へ渡す」と、決まった。

 麗華に負担が来るのは腹が立つが、落としどころとしては妥当であろうか。


 その代わり婆さんの死亡時の財産については、「麗華以外の孫全員が相続権を放棄して、麗華のみで相続する内容の合意書を公正証書として作る」と、決められた。

 もっとも、「婆さんの死後にどれだけのものが残るのか?」は疑問だけどね。


 尚、義理の娘への金額が百十万円と決められたのは、後々に「贈与税がどーのこーの」と税務署からいちゃもんを付けられないため。

 贈与税の非課税枠の上限は、年百十万円なので。

 義理の娘は、「私が面倒をみる労働への対価を払え。百十万? せめて二百万くらいは寄こしなさいよ!」って主張してたけどな。


 俺が、「婆さんへの生活扶助義務は貴女の子供たち三人にもある。麗華の次に資産を持っているのはその三人だから、労働報酬が欲しいのなら残りは自分の子から徴収すれば良いだろ? それとアンタらが住んでて、婆さんがこれから同居する家は、購入時に婆さんからの資金援助がかなりあったんだろ? 前払いで貰ってるようなもんじゃないか」って横から口を出して黙らせたけどね。


「そうよ。私がお金を出した以上、私にもその家で孫と同居する権利がある!」


 婆さんが俺の発言に便乗して主張したのは、俺からすると「コントか?」ってなったけどね。

 頭を疑うって意味でな!

 ごめん、頭だけじゃなく人格も疑ってたわ。

 何はともあれ、事前に旧綾瀬家関連の情報を調べておいた俺の勝利である。

 実際、亡くなった雅の伯父の住んでいた家と土地には、婆さんの出資金に見合うほどではないが、持ち分が登記されているのだ。


 麗華が金銭負担するのを防げなかったのだけは残念だった。

 麗華すまない。

 不甲斐ないお兄ちゃんを許してくれ。

 また、麗華に宝くじが当たるようにノートに書き込むから!




「タカリをなんとかするのがめんどくさすぎる~」


 葬儀から帰宅した俺は、今日も今日とて聖域に籠って魂の叫びを放つ。

 雅の血縁者は、母方は婆さんだけだが、父方は祖父母と実父、実父の弟と妹の五人が健在だ。

 そちら側からのアプローチはこれまでのところ一切ない。

 しかし、「今後どうなるのか?」はわからない。

 俺的判決で「アウト」が確定している祖父母と実父については、もうノートに書き込んでしまっているけどね。

 母さんの言った通り、葬儀への不参加を決め込まないのは正解だったと思う。

 やっぱ関係者全員で”結論をその場で”出すってのは大きいよね。

 後から文句を付けられても、「お前あの時その場にいたよな? 反対してないし、意見も言わなかったんだから賛成してんじゃん」って言えちゃうから。

 母の偉大さを、今日は改めて感じました。

 俺が親戚連中の悪意から「守らなくちゃいけない」としか思えなかった昔の母さんはもう居ない。

 母さんは親として成長されているのですね。

 大好きです!


 万緑ばんりょくの候。

 とある一日。

 真剣な顔つきの雅から「話がある」と、自室に引っ張り込まれた。

 女の子の部屋に入るのは初めての俺。

 俺の初体験は雅に奪われてしまいました。

 なんかこう、良い匂いがするものなのですね。

 洗髪や洗体に使っているバスルーム用品は共用のはずなのに、何故にこうも差があるのでしょうか?

 お馬鹿丸出しの思索にどっぷり浸っていた俺は、雅からの言葉で現実に引き戻された。

 そうして、彼女から告げられたのは、「これ、1%ノートに書き込むことで解決させるのは無理じゃないか?」と、思う内容の話だった。



◇◇◇お知らせ◇◇◇


書き溜め分の投稿は今回で終わりです。

次回については、ある程度書き溜めた段階で投稿する形を予定しています。

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